第26話:地上神界のシステム障害 ~404 神が見つかりません~
【ローレンツ領・ライルの屋敷】
サクヤが無事にアフロディテを出産し、母子ともに健康であるという奇跡。
その夜、サクヤは揺りかごの中で眠る我が子を見つめながら、隣にいるライルに静かに語りかけた。
「――あなたの“幸運”は、運命を越えてしまったのね。
私を消さずに、現世の神すら救ってみせた……。これはもはや、奇跡ですらないわ」
「え? ただ運が良かっただけだよ」
ライルは能天気に笑っているが、サクヤの表情は真剣そのものだった。
そう。彼の“幸運”は、ただ道を切り開くだけではない。
世界の理そのものを、自分にとって都合の良い方向へ“再定義(書き換え)”してしまうのだ。
「……あちらの世界(神殿)の方々、今頃胃に穴が空いているかもしれませんね」
サクヤの予言は、残酷なほど正確だった。
◇
【聖都・光の大聖堂】
時を同じくして、世界最大の宗教組織「聖光教会」の総本山は大パニックに陥っていた。
「おい! どうなっているんだ! 朝の『定時連絡』が降りてこないぞ!」
怒鳴り声を上げているのは、教会の最高指導者である枢機卿、ガニス。
彼は毎朝、祭壇で女神アルシェラからの神託を受け、その日の吉凶を占うのが日課だった。
だが、今朝は違った。
祭壇に祈っても、最高級の魔石を捧げても、返ってくるのは「シーン……」という無慈悲な静寂だけ。
まるで、電話線が切れた受話器に向かって話しかけているような虚しさだ。
「も、申し訳ありません、猊下!
通信術式を再起動しましたが、やはり繋がりません!
女神様からの応答……ありません!!」
部下の神官が、青ざめた顔で報告する。
「バカな! 女神様が寝坊されたとでも言うのか!?」
「そ、そんなはずは……ああっ! 猊下、大変です!」
別の神官が、水の入った瓶を持って駆け込んでくる。
「聖水製造ラインに異常発生です!
今朝汲み上げた聖水が……ただの『濁った水』になっています!」
「なんだとぉ!?」
ガニスが瓶を奪い取ると、確かにそこには神聖な輝きなど微塵もない、ただの泥水が入っていた。
聖水とは、女神の加護が水に溶け込んだもの。
それが濁るということは、源泉である女神の力が供給されていない証拠だ。
「こ、これでは全国の教会に卸す商品(聖水)が出荷できん!
今月の売上がゼロになるぞ!」
「猊下、それどころではありません!」
さらに別の神官が、血相を変えて飛び込んできた。
「治癒院から苦情が殺到しています!
『ヒール』の効き目が今朝から3割減だとか!
『骨折が治らない』『切り傷が塞がるのに時間がかかる』と、患者たちが暴動寸前です!」
「ひぃぃぃッ!?」
ガニスは祭壇にしがみついた。
神聖魔法の成功率低下、回復術の効果減退。
これは、ただのトラブルではない。
「……まさか、女神アルシェラ様は、我々を見捨てたのか?
それとも……『家出』でもされたと言うのか!?」
◇
【現場の混乱 ~神官たちの悲鳴~】
その頃、街の教会でも異変は起きていた。
若い神官が、信者の前で「浄化の儀式」を行っていた。
「穢れを祓いたまえ、清浄なる光よ!」
普段なら、ここでキラキラしたエフェクトが出て、信者の肩こりや悪霊が消え去るはずだった。
しかし――
「……光よ? ……おーい、光さーん?」
杖を振っても、何も起きない。
ただの棒を振る不審者である。
「あ、あれ? おかしいな。接触不良かな?」
神官が杖をバンバンと叩く。
信者が冷ややかな目で見ている。
「あの、神父様……まだですか?」
「ちょ、ちょっと待ってね! 今、回線が混み合ってて……!
――アーメン! 頼むよアーメン!」
必死の形相で神に祈るが、空からはカラスの鳴き声しか聞こえてこない。
神官は冷や汗で脱水症状になりかけていた。
◇
【大聖堂・緊急対策本部】
夜になっても混乱は収まらなかった。
枢機卿ガニスは、円卓に地図を広げ、震える手で一点を指差した。
「……霊力探知班の報告によれば、世界中の神聖力が、この一点に吸い寄せられているらしい」
地図の中心。
そこは、聖都でもなければ、古代遺跡でもない。
辺境の貴族領――ローレンツ領だった。
「どういうことだ……?
なぜ、神の力が教会ではなく、こんな田舎貴族の屋敷に流れている?」
そこに、老齢の予言者が入室してきた。
彼は水晶玉を抱え、ガクガクと震えていた。
「げ、猊下……見えました……。
女神アルシェラ様は……消えたのではありません」
「ど、どこにおわすのだ!?」
予言者は、信じられないものを見る目で、ローレンツ領の方角を指差した。
「あろうことか……あそこの屋敷で、**『バブバブ言っている』**のが見えます」
「は?」
大聖堂に沈黙が落ちた。
「……バブバブ?」
「はい。女神様は……転生なされたのです。
あろうことか、あの『調停王』ライル・フォン・ローレンツの娘として!!」
「「「な、なんだってぇぇぇぇッ!!??」」」
聖職者たちの絶叫が木霊する。
「女神様が!? 人間の子に!? しかもあの規格外英雄の娘に!?」
「なんてことだ……。
我々が必死に祈りを捧げていた相手は、今頃オムツを替えてもらっていると言うのか!」
「これでは神託など降りるわけがない!
赤ん坊に『世界の平和』を説いても、『マンマ』としか返ってこんぞ!」
枢機卿ガニスは、祭壇に崩れ落ちた。
信仰の崩壊。組織の瓦解。
そして何より、自分たちの立場(中間管理職)の消滅。
「……行くぞ」
ガニスは立ち上がり、悲壮な決意で告げた。
「総員、ローレンツ領へ巡礼(突撃)だ!
女神様(赤ん坊)を確保し、なんとしてでも神殿にお戻りいただくのだ!
さもなくば……我々は来月から無職だぞ!!」
「「「おおおおおおッ!!」」」
こうして、聖光教会の全戦力が、ライルの屋敷へ向けて進軍を開始した。
それは聖戦ではない。
必死すぎる「再就職活動」の始まりだった。
一方その頃。
何も知らないライルは、屋敷でアフロディテを「高い高い」してあやしていた。
「きゃっきゃっ!」と笑う女神(赤子)の声が響くたびに、教会の水晶玉にヒビが入っているとも知らずに。




