第25話:神界パニック ~崩れ落ちた柱と、前代未聞のバグ報告~
遥か天空の彼方。
人間界の理を管理する至高の領域――現世神界。
そこは本来、永遠の静寂と秩序に満ちた白亜の神殿であるはずだった。
だが今、その場所は「神々の悲鳴」と「警報音」で埋め尽くされていた。
『緊急警報! 緊急警報! 第八セクター、霊脈の消失を確認!』
『おい、誰かモニターを見ろ! 数値がおかしいぞ!』
『システムエラーです! 因果律の計算が追いつきません!!』
神殿の中央にある円卓会議場。
この世界を統べる最高神たちが、顔を青ざめさせ(あるいは発光させ)て走り回っていた。
「ええい、何事だ! 騒々しい!」
ダンッ! と円卓を叩いたのは、髭を蓄えた厳格な老人――【天空神ゼウス】(仮称・現世神界の議長)だ。
「議長! 大変です!
たった今、地上の『ローレンツ領』周辺で極大の神気反応を観測!
直後……我らが構成員の一人が、反応をロストしました!」
「なんだと!? 誰だ!」
報告に来た下級神が、震える指で円卓の空席を指差した。
「……【黎明の女神アルシェラ】様です。
彼女の座が……物理的に爆散しました」
「ば、爆散だとぉぉぉッ!?」
神々が振り返ると、アルシェラの座っていた玉座が粉々に砕け散り、そこから伸びていた「黎明を司る光の柱」が、ポッキリと折れて消滅していた。
神が死ぬなどあり得ない。
信仰が尽きない限り、神は不滅だ。
だというのに、彼女は「消された」のではない。「移動させられた」ような不可解な消え方をしたのだ。
「す、すぐに原因を特定せよ! 邪神の復活か!? それとも次元の歪みか!」
「解析班、急げ!」
円卓の中央に巨大なホログラム(神界の監視鏡)が展開される。
そこに映し出されたのは、ライルの屋敷の一室。
サクヤの腕に抱かれ、産声を上げる赤子――アフロディテの姿だった。
◇
「……信じられん。これは……アルシェラ様の気配……!?」
モニターを覗き込んだ【知識の神】が、眼鏡をズレさせながら絶句した。
「バカな! アルシェラ様は地上に降臨などしていない!
我々の誰も、召喚承認のハンコを押していないぞ!?」
「あり得ない……いや、待て。この赤子の母親は……“あの女神”か!?」
画面に映るのは、異界の女神サクヤ。
彼女もまた、出産と同時に消滅するはずだった「エラー存在」だ。
やがて、解析を終えた【運命の女神】が、真っ青な顔で報告書(石版)を持ってきた。
「ぎ、議長……。事実が判明しました。
読み上げます……心して聞いてください」
神々がゴクリと唾を飲み込む。
『対象名:アフロディテ。
その魂には、確かに“アルシェラ”の神性が宿っています。
すなわち……アルシェラはこの世に再臨し、新たな形を得て“転生”したとみなされます』
シーン……。
神殿に、気まずい沈黙が流れた。
「……は?」
天空神が間の抜けた声を出す。
「つまり、なんだ。
アルシェラは死んだのではなく、**『あの赤ん坊に吸い込まれた』**と言うのか?」
「左様でございます。
しかも、その母は異世界の女神サクヤ。
本来混ざり合うはずのない『異界の神』と『現世の神』が、一人の赤子の中で融合している……。
これは、神界法第1条における**“異界交配”**に該当する重大なバグです!!」
神々が頭を抱えた。
OSの違うパソコン同士を無理やりケーブルで繋いだら、なぜか起動してしまったようなものだ。
「どうなっているんだ!
通常、神の力を持ったまま転生などできん!
そんなことができるのは、因果律そのものを『ご都合主義』に書き換えられるような、デタラメな干渉力を持った存在だけだ!」
「そ、それが……いるのです」
下級神が、震える手でモニターを操作し、赤子の隣にいる男を拡大表示した。
ニカっと笑う、金髪の青年。
ライル・フォン・ローレンツ。
「解析結果が出ました。
この現象のトリガーは……**“あの男の幸運”**です」
「「「またあいつかぁぁぁぁぁッ!!!」」」
神々の絶叫がハモった。
「以前、Sクラスダンジョンの難易度を緩和させたのもあいつ!
古龍を『気合』で消滅させたのもあいつ!
そして今度は、妻を助けたい一心で、あろうことか**『現世の女神を身代わりにして』**妻を救ったと言うのか!?」
「滅茶苦茶だ! 神界をなんだと思っている! 命の洗濯場じゃないんだぞ!」
「しかし議長! 彼のステータスを見てください!
【幸運:測定不能】……もはや、神の奇跡すら『運が悪かった』で片付けられるレベルです!」
天空神は玉座に崩れ落ちた。
頭が痛い。胃も痛い。
「……落ち着け。まずは状況を整理しよう。
アルシェラは消えたが、魂はあのアフロディテとかいう赤子にある。
ならば、成長を待って回収すれば――」
『緊急警報! 緊急警報!』
再び、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
今度は一回ではない。連続して鳴っている。
『第三セクター【風の座】に亀裂を確認!』
『第五セクター【火の座】の神気が逆流しています!』
『第七セクター【闇の座】、応答なし! 沈黙しました!』
「な、な、なんだとぉぉぉッ!?」
モニターには、ライルの屋敷にいる他の四人の子供たちが映し出されていた。
フィリアの子、ベイラ。
セレナの子、リーフェ。
ミアの子、ヘスティアー。
アナスタシアの子、ヘカッテ(闇)。
彼女たちが、キャッキャと笑うたびに、神界の柱がグラグラと揺れる。
「ほ、報告します!!
あの男の他の妻たち……彼女らも『神話級』に進化した影響で、その子供たちが無意識に**『対応する属性の神』の力を吸い取っています!!**」
「ひいいぃぃッ! 私の力が! 私の魔力が吸われるぅぅッ!」
風の神が悲鳴を上げて薄くなっていく。
「やめろ! 引っ張るな! 私はまだ現役だぞぉぉ!」
火の神が必死に玉座にしがみつくが、ズルズルと地上へ引きずり込まれていく。
天空神は、ガクガクと震えながら天を仰いだ。
「……こ、これは、神界の崩壊だ。
たった一人の人間の『家族計画』によって、我々の職場が解体されようとしている……!」
神界は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
地上では「オギャー」という可愛らしい産声が上がるたびに、天界では「ギャー!」という神々の断末魔(転生への悲鳴)が木霊する。
ライルの幸運は、ついに世界管理システムそのものをバグらせ、強制アップデートを開始してしまったのだ。
「……誰か、あの男を止めろぉぉぉッ!!
いや、止めるな! 下手に手を出して『不運』に見舞われたら、我々が消えるぞぉぉぉッ!!」
神々の明日はどっちだ。
そして地上では、何も知らないライルが「みんな元気に育つといいな」と、満面の笑みで子供たちをあやしていた。




