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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第19話:炎の山の猫娘、あるいは魂の共鳴

エルフの森での婚約成立から数日後。

ライルたちは、大陸南部に位置する「火竜山脈」へと足を運んでいた。

名目は、エルフ族との同盟を記念した視察旅行。実態は、増え始めた婚約者たちとの親睦を深めるハネムーンのようなものだ。


「あーん、してくださいまし、ライル様」

「こらフィリア、抜け駆けはずるいです! 次はわたくしの果物を!」


豪華な馬車の中、ライルは両側からフィリアとセレナに挟まれていた。

フィリアがフォークで果物を差し出し、セレナが反対側から腕に抱きついてくる。


「……二人とも、少し落ち着いて。馬車が揺れるから」


ライルが困ったように言うと、向かいの席で優雅に紅茶を飲んでいたサクヤがくすりと笑った。


「ふふ。モテる男は辛いですね、主さま。

ですが、これも『王の器』を広げるための訓練です。全員の愛を均等に受け止めてくださいね?」


「サクヤ、他人事だと思って……」


「あら、私も混ぜてくださるのですか? では……」


サクヤが艶然と微笑み、身を乗り出したその時。


ズドォォォォォン……!!


突然、地響きと共に馬車が大きく跳ね上がった。


「きゃっ!?」

「な、何事ですか!?」


窓の外を見ると、目指していた火山の山頂から、どす黒い噴煙と紅蓮の炎が吹き上がっていた。

ただの噴火ではない。山全体が怒り狂ったように振動し、麓の村へと溶岩流が迫ろうとしている。


「……魔力の暴走? いえ、これは精霊の怒りです」


セレナが青ざめた顔で森の方角を見る。

風が、悲鳴を上げていた。


「行こう! このままじゃ麓の村が全滅する!」


ライルが叫ぶと、三人の表情が一瞬で「英雄の伴侶」のものへと切り替わった。

甘い空気は霧散し、戦場の緊張感が走る。



麓の村はパニックに陥っていた。

逃げ惑う人々。迫りくる溶岩。

そして、その溶岩流の先頭に――たった一人で立ち向かう、小さな影があった。


「――下がってな! あたしが食い止める!」


燃えるような赤髪に、ぴんと立った猫耳。しなやかな肢体を革鎧に包んだ少女。

キャットピープル族長の娘、ミアだ。


彼女は両手に巨大な戦斧を持ち、迫りくる溶岩の精霊マグマ・ゴーレムに斬りかかっていた。


「オラァッ!!」


一撃。岩が砕ける音が響く。

だが、相手は流動する溶岩だ。砕いてもすぐに再生し、さらに熱量を増してミアを飲み込もうとする。


「くっ……! まだだ、まだ終わってたまるか!」


ミアの体は限界だった。

全身が火傷だらけで、呼吸も荒い。

それでも彼女が退かないのは、背後に逃げ遅れた子供たちがいるからだ。


「グルァァァァッ!!」


ゴーレムが巨大な腕を振り上げる。

ミアの戦斧が砕け散った。


「しまっ……!?」


死の熱波が彼女の顔を焼く。

(ごめん、みんな……守れなかった……)

ミアが死を覚悟し、目を閉じたその刹那。


ヒュンッ!!


蒼い閃光が、ゴーレムの腕を両断した。


「え……?」


目を開けると、そこには風の鎧を纏った少年が立っていた。

その背中には、氷の杖を持った王女と、弓を構えたエルフ、そして神々しい光を放つメイド。


「――間に合った。怪我はないか?」


ライルが振り返る。

その瞳の輝きに、ミアの心臓が早鐘を打った。

恐怖ではなく、種族の本能的な「恋」の鼓動。


「あ、あんた……誰……?」


「通りすがりの婚約者一行だ。……サクヤ、フィリア、セレナ! やるぞ!」


「はいっ!」


三人の美女が同時に動いた。

フィリアが絶対零度の氷で溶岩を冷やし固める。

セレナが風の矢で熱気を空へと逃がす。

サクヤが結界を張り、村への被害を遮断する。


「す、すげえ……」


ミアは呆然と見つめていた。

自分一人が命懸けでも止められなかった災害を、彼らは連携だけで制圧していく。


だが――危機は去っていなかった。


「主さま! 山頂を見てください! 『火の神』の本体が顕現しようとしています!」


サクヤの警告通り、火口から神話級の炎の巨人が姿を現そうとしていた。

通常の物理攻撃も魔法も通じない、純粋なエネルギー体。


「あれを鎮めるには、物理的に倒すのではなく、溢れ出した『神気』を受け入れる器が必要です!」


「器……!?」


その言葉に、ミアが弾かれたように立ち上がった。


「……あたしがやる!

あたしは火の一族の巫女だ。あいつの怒りを、あたしの体に取り込んで……一緒に自爆すれば、村は助かる!」


「なっ、死ぬ気か!?」


ライルが止めるが、ミアは寂しげに笑った。


「これしかねーんだよ! あんたたちのおかげで時間は稼げた。ありがとな、イケメン!」


ミアは炎の巨人に向かって走り出した。

自らの魂を燃やし、巨人と同調シンクロしようとする。

だが、巨人のエネルギーはあまりに強大すぎた。

ミアの体が光に包まれ、ひび割れていく。


「ぐ、あぁぁぁぁっ!!」


「ミア!!」


ライルは走った。

「運命視」が告げている。このままでは彼女は確実に死ぬ。

助ける方法はただ一つ。

彼女一人では支えきれないエネルギーを、誰かが肩代わりすること。

だが、火の属性を持たない者が触れれば、即座に灰になる。


(……関係ない! 僕の『幸運』なら、相性なんてねじ伏せる!)


ライルは炎の渦に飛び込み、崩壊しかけたミアの体を抱きしめた。


「放せっ! あんたまで死ぬぞ!」


「放すもんか! 一人で背負うな、僕にも半分よこせ!」


ライルが叫んだ瞬間、二人の魂が激しく共鳴した。

ライルの持つ「風」の力が、ミアの暴走する「火」に酸素を送り、爆発ではなく「安定した燃焼」へと昇華させたのだ。


ドクンッ……!!


二人の胸に、同じ紋章が浮かび上がる。

それは、火の神が二人を「対なる伴侶」として認めた証。


巨人の怒りが鎮まり、優しい光の粒子となって二人に降り注ぐ。

契約は成立した。

もはや、二人の魂は不可分なほどに結びついてしまったのだ。


「……はぁ、はぁ……」


炎が消えた荒野で、ライルはミアを抱きしめたまま膝をついた。


「……バカ。大バカ野郎……」


ミアの目から涙が溢れる。

助かった安堵と、魂が繋がったことによる強烈な幸福感。


そこへ、サクヤたちが駆け寄ってきた。


「主さま、ご無事ですか!」


「ああ……なんとかね」


ライルが苦笑すると、サクヤは二人の胸に浮かんだ紋章を見て、ふぅと息を吐いた。


「……どうやら、事後承諾になってしまったようですね」


「え?」


「その紋章は『比翼連理の炎』。火の神が認めた夫婦の証です。

今の主さまの魂の一部はミアさんに、ミアさんの魂の一部は主さまの中にあります。

……もう、離れることはできませんよ?」


フィリアとセレナが顔を見合わせ、そして微笑んだ。


「命を救うためでしたもの。仕方ありませんわ」

「ええ。それに……あんなに必死に助けたのです。ライル様らしいですわ」


誰も反対しなかった。

スリリングな危機一髪の救出劇と、魂を分かち合うほどの奇跡。

それを目の当たりにして、彼女を「家族」に迎えない理由など、どこにもなかったのだ。


ミアは顔を真っ赤にして、ライルの胸板をポカポカと叩いた。


「責任……取りなさいよ!

あたしの魂、全部あんたに混ざっちゃったんだから……!」


「ああ。責任を持つよ。

……これからよろしく頼む、僕の可愛い猫さん」


ライルが微笑むと、空には火の精霊の祝福である「赤い雪」が降り注いだ。

こうして、四人目の花嫁との契りは、炎と熱狂の中で結ばれたのだった。


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