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神への階と十五柱の花嫁  作者: 輝夜月愛


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第18話:流星の夜と、森の精霊の祝福

十五歳の誕生日を数日後に控えたある日の夜。

ライルは自室の窓辺にある執務机で、一通の書簡を広げていた。


それは王宮から届いた、豪奢な装飾の施された封筒。

差出人は、国王アルセイド三世。

中には、フィリア(本名:フィリア・アナスタシア・アウローラ)との正式な婚約に向けた儀式の日取りが記されていた。


「……いよいよ、だな」


Sクラスダンジョンを踏破し、救国の英雄となった今、この婚約を阻む者はいない。

ライルが書簡を読み終え、机に置いた、その直後だった。


《カチリ》


何かが、自分の中で音を立てて“はまった”気がした。

それは心臓の鼓動でも、時計の音でもない。

世界の因果律という巨大なパズルが、あるべき形に組み上がったような――運命の音。


「……今の音は?」


ライルが顔を上げると、窓の外の夜空を、ひと筋の流星が落ちていくのが見えた。

その光は地上に近づくにつれて四つに分かれ、王都、東の森、南の火山、そしてここへと降り注いだように見えた。


「……これが、“幸運”の加護?」


まるで見えざる糸が空中を漂って、すべての運命の端を編み直していくような、不思議な感覚。

背後で控えていたサクヤが、静かに窓辺に歩み寄る。


「主さま。……道が、開かれたようですね」


「ああ。僕の意志を超えて、世界が『次のステージ』へ進もうとしている気がする」


「ふふ。それが英雄というものです。

さあ、お休みください。明日は……忙しくなりますよ?」


サクヤは悪戯っぽく微笑んだ。

その予言通り、翌朝、ローレンツ家の屋敷は早朝から騒然となることになった。



「――ライル様! お迎えに上がりました!」


朝霧の中、屋敷の正門に現れたのは、森の民エルフの大行列だった。

先頭に立つのは、先日ライルが助けたエルフの姫、セレナ。

豪奢な緑と金の儀礼服に身を包み、緊張と期待に頬を紅潮させている。


「セ、セレナ……? その格好は?」


「はい! 本日は、ライル様を我らが聖地『世界樹の森』へご招待するために参りました。

長老会が、貴方様との謁見を望んでおられるのです!」


エルフの聖地。

そこは人間にとって不可侵の領域であり、通常なら国交のある王族でさえ立ち入りが許されない場所だ。

だが、セレナの瞳は真剣そのものだった。


「行きましょう、ライル。……僕も、君たちの森には挨拶に行かなければと思っていたんだ」


ライルは着替えると、フィリアとサクヤを伴い、セレナの案内で馬車を走らせた。



数時間後。一行は深い森の奥、結界に守られたエルフの集落へと足を踏み入れた。

木漏れ日が輝き、精霊たちが舞う幻想的な風景。

だが、集落の中央にある広場の空気は張り詰めていた。


ずらりと並んだ、長老たち。

数百年を生きる彼らの眼差しは厳しく、人間という種族への警戒心がありありと見て取れる。


「……人間よ。姫を助けたことには礼を言う」


筆頭長老が、重々しく口を開いた。


「だが、種族間の盟約となれば話は別だ。

我らエルフは、穢れなき森の守護者。短命で欲深き人間と契りを交わすなど、前例がない」


周囲のエルフたちも、不安そうに囁き合っている。

やはり、壁は厚いか。

フィリアが心配そうにライルを見るが、ライルは静かに一歩前へ出た。


「長老。僕は、森を穢すつもりはありません。ただ、セレナとの縁を大切にしたいだけです」


「口先だけなら何とでも言える。

……ならば示してみせよ。この森の主、神木『ユグドラシル』の御前で、その魂の色を」


長老が杖を掲げると、広場の奥にある巨大な古木――神木への道が開かれた。

樹齢数千年を超える、天を突くような巨木。

その幹は白銀に輝き、葉はエルフたちの魔力の源となっている。


ライルは頷き、神木の根元へと歩み寄った。


(……頼む。僕の想い、伝わってくれ)


ライルが神木の幹にそっと手を触れた、その瞬間だった。


ゴオォォォォォッ……!!


突如として、神木が眩い光を放った。

緑色の風が巻き起こり、森中の精霊たちが一斉にライルの元へ集まってきたのだ。

風の精霊、水の精霊、光の精霊……無数の光がライルを包み込み、踊るように旋回する。


『――待っていた。風の愛し子よ』


頭の中に、慈愛に満ちた声が響いた。


「な、なんだと……!?」


長老たちが目を見開き、ガタガタと震え出した。


「神木様が……数百年の沈黙を破り、言葉を!?」

「それに、精霊たちがこれほどまでに懐いている……!」

「あり得ん……人間ごときが、精霊王クラスの寵愛を受けているというのか!?」


ざわめく広場。

だが、それだけではなかった。

ライルの背後で控えていたサクヤが、ふわりと微笑み、神気をわずかに漏らしたのだ。

そしてフィリアもまた、Sクラスダンジョンで得た「聖獣の加護」を解放していた。


神木はさらに輝きを増し、一枚の葉をライルの手のひらに落とした。

それは「最上級の祝福」の証。


『彼こそは、森に繁栄をもたらす者。

我らが姫の伴侶として、これ以上の者はいない』


神木の託宣オラクルが、広場全員の脳裏に直接響き渡った。


「おお……おおお……!」


長老たちは次々とその場にひれ伏した。

警戒心は消え失せ、そこにあるのは畏敬の念のみ。


「も、申し訳ございませんでした……!

貴方様は、神木様に選ばれた『祝福の王』であらせられたか!」


「ど、どうぞ姫を! いや、我ら一族を導いてください!」


異例の早さどころではない。

通常なら百年かかる交渉が、たった一瞬で「全面降伏」に近い形で成立してしまったのだ。


「……不思議です。何もしていないのに、みんなが当然のように受け入れてくれる」


その夜。

宴の喧騒を離れ、森の静かな泉のほとりで、セレナはライルの腕にそっと身を預けた。


「長老たちは頑固で有名でした。まさか、あんなに手放しで喜んでくださるなんて」


セレナが潤んだ瞳で見上げてくる。

月明かりに照らされた彼女は、この世のものとは思えないほど美しかった。


「それが、僕の“幸運”……いや、きっと君との縁が強かったんだよ」


ライルは優しく彼女の肩を抱いた。

神木の祝福も、長老たちの変心も、すべては「幸運」が引き寄せた結果かもしれない。

だが、今この腕の中にある温もりは、本物だ。


「……ライル様」


セレナが頬を染め、震える声で告げる。


「神木様が言いました。貴方は『風』だと。

自由に空を駆け、すべての種族を繋ぐ、優しい風。

……わたくしは、その風の中で咲く花になりたいのです」


「セレナ……」


「これからは、森だけでなく……貴方の人生も、共に歩ませてください」


エルフにとって、伴侶への誓いは魂の契約に等しい。

ライルは彼女の手を取り、その甲に口づけを落とした。


「ああ。誓うよ。君を一生、大切にする」


森の精霊たちが祝福の光を降らせる中、二人の影が重なる。

エルフの姫との「運命の開花」。

それは、世界を変える四つの契約のうち、最初の一つに過ぎなかった。


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