第12話:夏草の終わりと、王家の呼び出し ~S級への挑戦状~
長いようで短かった夏休みが終わった。
セラフィード魔法学院の正門をくぐるライルとフィリアの姿は、一学期とは明らかに違っていた。
「……おい、見たか? あの二人」
「ああ。空気が違うというか……なんだか、近寄りがたいほどの威圧感が」
すれ違う生徒たちが、思わず道を空ける。
夏休みの最後、ローレンツ領にあるA+ランクダンジョン《嘆きの古城》を、まるでピクニックのように「楽しく」攻略してきた三人にとって、学園の平和な空気は少し物足りなくすら感じられた。
特にフィリアの変化は劇的だった。
以前の儚げな深窓の令嬢の面影は消え、隣を歩くライルと堂々と肩を並べ、その瞳には自信に満ちた輝きが宿っている。
「久しぶりの講義ですね、ライル様。実技演習、手加減できるかしら」
「そこはサクヤに調整してもらわないとね。校舎を壊したら退学だ」
二人が談笑しながら歩いていると、校舎の入り口に整列した一団が目に入った。
煌びやかな鎧に身を包んだ、王宮近衛騎士団だ。
その先頭に立つ騎士団長が、ライルたちの前で足を止め、恭しく礼をとった。
「――ライル・フォン・ローレンツ殿、並びにフィリア・アウローラ・アルセイド殿下。
国王陛下より、直々の召喚命令であります」
周囲がざわめく。
ただの呼び出しではない。最上位の近衛兵が迎えに来るなど、国家的な重要事案だ。
ライルは動じることなく、静かに頷いた。
「承知いたしました。……サクヤ」
「はい、主さま。お召し物は馬車の中に用意してございます」
サクヤは涼しい顔で微笑む。
彼女には分かっていたのだ。王女を無断で連れ回し、しかも「心身ともに劇的な変化」をさせて帰したのだから、王家が黙っているはずがないと。
◇
王宮、謁見の間。
張り詰めた緊張感の中、ライルとフィリアは玉座の前で跪いていた。
正面には、この国の最高権力者である国王アルセイド三世。
その左右には王妃と、第一王子、第二王子の姿もある。
「……面を上げよ」
国王アルセイド三世の重々しい声。
その両脇には、屈強な近衛騎士団長と、宮廷魔導師長が控えている。
「ライル・フォン・ローレンツ。
フィリアをひと夏の間連れ回し、あまつさえ危険なダンジョンへ潜らせた罪、万死に値する」
国王の覇気が玉座の間を震わせる。
だが、ライルは眉一つ動かさず、静かに頭を下げたまま答えた。
「陛下。フィリア殿下は、自らの意思で強さを求められました。私はその意思を尊重し、共に歩んだに過ぎません」
「ほう? 口が減らない男だ」
「お父様! おやめください!」
フィリアが声を上げる。
以前なら父の威圧に怯えて震えていたはずの彼女が、今は堂々と王を見返している。
「わたくしは、ライル様と共に生きます。
彼こそが、わたくしの英雄であり、未来の夫となる方です!」
広間がどよめいた。
王女による、公衆の面前での求婚宣言。
国王は目を丸くし、それから……ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「……よかろう。そこまで言うなら、その『強さ』とやらを見せてもらおうか」
国王は立ち上がり、窓の外を指差した。
王都の北西、雲を突き抜けるように聳え立つ白亜の塔。
「あれは王家が管理する未踏領域、Sクラスダンジョン《白銀の聖獣塔》。
歴代の騎士団長ですら、最上階へ到達した者は数えるほどしかいない」
国王はライルを見下ろす。
「ライルよ。其方がフィリアに相応しい男だと言うなら、あの塔を登りきり、最上階にある『聖獣の証』を持ち帰ってみせよ。
……期限は三日だ」
「三日……!?」
近衛騎士団長が絶句する。
「陛下、それは無茶です! あの塔はSクラス、通常なら攻略に一ヶ月はかかります!」
「できなければ、フィリアは他国の王子へ嫁がせる。……どうだ?」
試すような視線。
だが、ライルは不敵に笑った。
その背後で、フィリアも、そしてサクヤも、同じ笑みを浮かべていた。
「――謹んで、お受けいたします」
「なっ……!?」
「ただし、三日も要りません。……今日中に戻りますので、夕食の準備をお願いできますか?」
ライルの言葉に、玉座の間が静まり返った。
それは若さゆえの過信か、それとも――。
「……面白い。行ってこい、若造!」
王の許可が下りると同時に、三人は踵を返した。
◇
《白銀の聖獣塔》、第一階層。
入り口の扉をくぐると、そこは無限に続く螺旋階段と、神聖な光に満ちた空間だった。
「ここがSクラス……。空気が澄んでいますね」
フィリアが杖を構える。
現れたのは、純白の翼を持つ《聖域のグリフォン》。
通常なら一体でパーティを半壊させる天空の覇者だ。
「ギャァァッ!」
グリフォンが急降下してくる。音速を超えた爪の一撃。
だが――
「遅いな」
ライルが一歩踏み込む。
聖風剣が閃き、すれ違いざまにグリフォンの翼を切り裂いた。
殺さず、飛行能力だけを奪う神業。
「フィリア!」
「はい! ――《氷檻》!」
墜落したグリフォンを、フィリアの氷が優しく、しかし強固に包み込む。
「先を急ぎましょう。魔物は殺さず、無力化して進みます」
「了解です、主さま」
サクヤが指を鳴らすと、三人の体に加速の加護がかかる。
彼らは走った。
Sクラスの魔物たちが次々と現れるが、ライルの剣技、フィリアの魔法、サクヤの結界の前では、赤子の手をひねるようなものだった。
十階層、二十階層……。
通常の冒険者がキャンプを張って休息する地点を、彼らは息も切らさずに駆け抜けていく。
「……主さま。この塔、魔物の配置がいやらしいですね」
「ああ。連携を分断するように配置されている。でも――」
「わたくしたちの絆は、切れません!」
フィリアが背後の死角から襲ってきた《光の精霊》を撃ち落とす。
ライルが前方の道を切り開き、サクヤが背後を完璧に守る。
その速度は、登るごとに加速していった。




