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第七話 値踏みする狼

エルサが加わってから、部隊の物資繰りは目に見えて変わった。


傷みやすいものから先に配給し、保存の効く乾物や穀物は温存する。


村々との融通の交渉も、彼女が間に入ってから驚くほど円滑になった。


荷駄の再配置により、行軍の速度そのものも上がっていた。


気づけば、あと十日も保たないと言われていた物資が、今なお底を突かずに残っていた。


「……大したもんだ」


ジークハルトが、素直に感心したように呟いた。


「傭兵稼業をしていた頃も、これほど鮮やかに兵站を回す者は見たことがない」



そのジークハルトが呼び出されたのは、エルサの加入から数日後のことだった。


バルドゥインの天幕に一人で赴いたジークハルトは、しばらくして戻ってくると、どこか苦い顔をしていた。


「……何を言われたんですか」


ヴィルヘルムが尋ねると、ジークハルトは肩をすくめた。


「俺に、直属につけとさ」


「え」


「『お前ほどの男が、なぜあの小僧の下にいる』とよ。俺を側近に据えたいらしい」


その言葉に、ヴィルヘルムの胸がざわついた。


「……断ったんですか」


「当たり前だ」


ジークハルトは、鼻で笑った。


「損得だけなら、あの男につく方が旨みはあるだろうよ。だがな」


彼は、ヴィルヘルムの肩を軽く叩いた。


「俺は、お前に首を預けると言った。前言を撤回するほど、安い男のつもりはない」


その言葉に、ヴィルヘルムは何も言えず、ただ頭を下げた。


「……ありがとうございます」


「礼はいらん。ただ、あの男が大人しく諦めるとも思えん。気をつけろ」



その忠告は、すぐに現実になった。


陣を歩いていたヴィルヘルムは、天幕の陰から、こちらをじっと見つめる視線に気づいた。


まだ幼さの残る、しかし刺々しい目をした少年だった。


茶色の髪に茶色の瞳、育ちの良さを思わせる、やや肉付きの良い体躯をしている。


歳の頃は、ヴィルヘルムと同じくらいだろうか。


「……お前が、噂の?」


少年は、値踏みするような口調でそう言った。


「予知だか何だか知らないが、しょせん血もない癖に」


「……どちら様でしょうか」


ヴィルヘルムが問うと、少年は苛立たしげに舌打ちした。


「バルドゥインの息子だ。名乗るまでもないと思ったが」


その言葉に、ヴィルヘルムは息を呑んだ。


同い年で、しかも主君の息子。


だが、その目に宿るのは親しみではなく、明らかな敵意だった。


「父上が、お前のことばかり気にかけている」


少年は、吐き捨てるように続けた。


「血も持たない、どこの馬の骨とも知れない小僧を、だ。……俺は、これでも次期当主だぞ」


「そんなつもりは」


「お前のつもりなど聞いていない」


少年は、鋭くヴィルヘルムを睨みつけた。


「覚えておけ。俺は、お前のような者に父上を惑わされるつもりはない」


それだけ言い残すと、少年は踵を返し、足早に去っていった。


ヴィルヘルムは、その背中をしばらく見送っていた。


(あれが、バルドゥインの……)


同い年でありながら、まるで違う世界を生きてきた少年だった。


その胸に渦巻くものの正体を、ヴィルヘルムはまだ知らなかった。



その晩、バルドゥインに呼び出されたヴィルヘルムは、開口一番にこう告げられた。


「ジークハルトの件は、聞いているな」


「はい」


「良い判断だ、あの男を手放さなかったことは評価する。……だが」


バルドゥインの目に、値踏みするような色が浮かんだ。


「あまり、目立ちすぎるな」


「……と、言いますと」


「傭兵隊長を降し、兵站の女まで抱え込んだ。お前の名は、もう陣中の隅々にまで届いている」


バルドゥインは、酒杯を弄びながら続けた。


「私の耳は、存外どこにでも届く。……お前の部隊に、私の目がないとでも思ったか」


その一言に、ヴィルヘルムは背筋が冷えるのを感じた。


「私は、能力ある者を重んじる。だが……重んじすぎた駒が、いつか主の手を離れることもある、という話だ」


その言葉には、明確な牽制の色があった。


「肝に銘じておきます」


それだけ答えて、ヴィルヘルムは天幕を辞した。


夜風に当たりながら、ヴィルヘルムはバルドゥインの目に浮かんでいた色を思い返していた。


あれは、信頼でも、期待でもなかった。


(あの人は……俺のことを、まだ測りかねている)


そしてそれは、疑念という名の刃が、いつ自分に向くかも分からないということでもあった。



(第八話へ続く)


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