表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢餓の玉座 〜血に属さぬ予知者、群雄割拠を征く〜  作者: レオ
第二章「玉座なき統治者」
39/40

第三十九話 冬支度

ゴルデンハイムの城、作業場の片隅に、ヴィルヘルムは何枚もの図面を広げていた。


前世の記憶を辿りながら、幾晩もかけて描き上げた設計図だった。


「これが、隊長の考えていた道具ですか」


バルトが、興味深そうに図面を覗き込んだ。


「はい。まず、こちらは、踏み込んで土を耕す道具です。柄が長く、足で踏み込む力を使えるので、腰への負担が、これまでより軽くなるはずです」


()(すき)、ってやつだな」


バルトが、感心したように呟いた。


「刃の部分は、鉄で。柄の部分は、木で作ってもらいたいと思っています」


「なら、木工のリーザとも、話を詰めねぇとな」


「もう一つ、こちらは、脱穀(だっこく)のための道具です」


ヴィルヘルムは、別の図面を指した。


「穂先を、この歯の間に通して引くだけで、効率よく実を落とせます」


「面白ぇ形だ。……見たことねぇが、理屈は分かる」


バルトは、しばらく図面を睨んでいたが、やがてニヤリと笑った。


「よし、試しに一つ、作ってみるか」


「今すぐ、量産というわけにはいかないでしょうから」


「ああ。まずは、試作を重ねて、形を詰めていく。使い物になると分かってから、本格的にやらねぇと、無駄が出る」


「農作業が本格化する、来年の春までに、間に合わせられればと思っています」


「それなら、十分な余裕がある」


バルトは、静かに頷いた。



「学びの場についても、進めておきたいですね」


ヴィルヘルムが、続けてマティアスに向き直った。


「場所の当てはあります。あとは、教える者を、どう揃えるかですね」


「私一人では、さすがに手が回りません。読み書きができる者を、少しずつ集めていきましょう」


「隊長も、教える側に立てるんじゃないですか」


マティアスが、ふと思いついたように言った。


「俺で、務まりますかね」


「人並みには、読み書きができるでしょう。それだけでも、十分ですよ」


その言葉に、ヴィルヘルムは小さく頷いた。


(子供の頃、幼馴染や、家族と一緒に、教わったんだったな)


誰に教わったのか、記憶はどこか朧げだった。


(今思えば、教えてくれた人は、貴族みたいな身なりをしていたな……あの人は、貴族だったんだろうか)


確かめる術は、もうない。


(まあ、考えても、仕方ないか)


そこまでは、口にしなかった。


その時、話を聞きつけたのか、リーゼルが顔を覗かせた。


「私も、字は読めますよ。父さんに、少しだけ教わったので」


「読めるんですね。では、書く方は」


その問いに、リーゼルは、途端に目を逸らした。


「……そっちは、あんまり」


「あんまり、というと」


「自分の名前くらいなら、なんとか。それ以上は、ちょっと……」


その歯切れの悪さに、ヴィルヘルムは思わず口の端を上げた。


「では、今度、俺が教えましょうか」


「け、結構です!」


リーゼルが、慌てて首を振った。


「隊長に教わるとか、恥ずかしすぎます!」


「そんなに、恥ずかしがることでも」


「あります! 絶対あります!」


その慌てぶりに、その場に小さな笑いが起こった。


「まあ、いつでも待っていますから」


ヴィルヘルムが、からかうようにそう言うと、リーゼルは、真っ赤な顔のまま、逃げるようにその場を後にした。


「時間は、かかりそうですね」


「教える内容も、一から整えねばなりません。……こちらも、来年の春の開校を、目標にするのが現実的でしょう」


「では、そのつもりで、準備を進めましょう」


ヴィルヘルムの言葉に、マティアスは頷いた。



それから、街では、冬に向けた準備が、静かに進められていった。


バルトの工房では、幾度も試作が繰り返され、少しずつ、道具の形が磨かれていった。


「柄の角度が、まだしっくりこねぇ」


「では、もう少し、緩やかにしてみましょうか」


リーザとバルトが、試行錯誤を重ねる様子を、ヴィルヘルムは時折、見に訪れていた。


「刃の角度も、少し変えてみたんですが」


バルトが、新たな試作品を差し出す。


ヴィルヘルムは、実際にそれを手に取り、感触を確かめた。


「前のものより、握りやすくなった気がします」


「だろう? 使う者の手に馴染むよう、少しずつ、詰めていってるところだ」


その一つ一つの工夫が、着実に道具の完成度を高めていた。


マティアスもまた、教材となる文字の一覧や、簡単な計算の手ほどきを、コツコツと整えていた。


「隊長、少しは、様になってきましたか」


「はい。この分なら、きっと良いものになります」


「街の子供たちだけじゃなく、大人にも、興味を持ってもらえるといいのですが」


「その点は、心配していません。……この街の人たちは、皆、貪欲に学ぼうとしていますから」


ヴィルヘルムの言葉に、マティアスは満足げに頷いた。


春の完成に向けて、それぞれが、着実に歩みを進めていた。


やがて、冬が訪れようとしていた。



その頃、エルサもまた、冬に向けた備えに追われていた。


「保存食の蓄えは、どうですか」


ヴィルヘルムが尋ねると、エルサは帳面を片手に答えた。


「塩漬けと、乾燥させたものを合わせれば、この街の全員が、冬を越すには十分な量がある。地下の貯蔵施設も、完成してから、随分と助かってる」


「良かった」


「それに、街の外の畑では、麦が、雪の下で無事に冬を越そうとしている。収穫は来年の夏になるが、今のところ順調だ」


その報告に、ヴィルヘルムは深く頷いた。


昨年の今頃は、まだ荒れ地を耕し始めたばかりだった。


それが今では、こうして冬を越す備えを、確かな形で語れるようになっている。


(積み重ねてきたものが、少しずつ、実を結んでいる)


その実感が、ヴィルヘルムの胸に、静かな温かさを広げていた。


「北の大河沿いの水路も、凍結対策は済ませてある。水路の爺さんが、しっかり見てくれてるからな」


「頼もしい限りです」


「炭鉱の方も、冬の間は掘り進めが難しくなるが、それを見越して、既に十分な鉄鉱石は確保済みだそうだ」


エルサが、一つ一つ、指を折りながら確認していく。


「屯田の兵たちの防寒具は」


「そこは、木工と、布を扱う職人たちに、急ぎ手配させている。凍える兵を出すわけにはいかないからな」


「ありがとうございます、エルサ」


「礼はいい。……これが、私の仕事だ」


エルサは、素っ気なくそう答えたが、その口元には、僅かな誇らしさが滲んでいた。


街全体が、冬を迎える準備を、着実に整えていく。


それぞれの部門が、それぞれの持ち場で力を尽くす様子を、ヴィルヘルムは、静かな頼もしさと共に見つめていた。



(第四十話へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ