第三十七話 学びの種
城門に、見覚えのある一団が姿を現した。
「隊長! マティアスさんたちが、戻ってきました!」
リーゼルの声に、ヴィルヘルムは急いで門へと向かった。
旅装のまま、疲れた様子のマティアスが、億劫そうに手を挙げた。
「ただいま戻りました。……ああ、疲れた」
「お帰りなさい。無事で何よりです」
「無事、というほど、平穏な道中でもありませんでしたが」
マティアスは、苦笑しながらそう答えた。
「詳しい話は、後ほど改めて」
「ええ。今日は、ゆっくり休んでください」
その日の夜、城の一室で、マティアスからの報告が行われた。
「ラウレンティアとの間で、不戦の約定を結んでまいりました」
「本当ですか」
ヴィルヘルムが、思わず身を乗り出した。
「はい。交易については、まだ様子見といったところですが……エーレンガルトとの戦を、こちらが乗り越えられれば、その先の道も開けるはずです」
「よくやってくれました」
「褒美は、しばらくの休暇でお願いしますよ」
マティアスの軽口に、その場に笑いが起こった。
「それにしても」
ジークハルトが、感心したように腕を組んだ。
「平民一人で、一国の王と渡り合ってくるとは、大したもんだ」
「渡り合った、というほどでは。……ただ、粘っただけです」
マティアスは、億劫そうにしながらも、僅かに誇らしげな表情を浮かべていた。
「まずは、これで、背後を突かれる心配はなくなりました」
ヴィルヘルムの言葉に、皆が頷いた。
「あとは、エーレンガルトだけに、集中できるということだな」
エルサの言葉に、その場の空気が、僅かに引き締まった。
数日後、落ち着きを取り戻したマティアスと共に、ヴィルヘルムは孤児院へと向かっていた。
これまでも、時折り足を運びながら、何ができるか考え続けていた場所だった。
その道中、偶然、ハンスとリーゼルとも顔を合わせた。
「隊長、どこへ行くんです」
「孤児院です。前々から考えていたことが、ようやく形になりそうなので」
「なら、私たちもついていっていいですか」
リーゼルが、興味津々に尋ねた。
「もちろんです」
訪れた孤児院は、簡素な建物だったが、掃除は行き届いていた。
「ヴィルヘルム様!」
子供たちが、駆け寄ってくる。
「皆、元気そうですね」
ヴィルヘルムが微笑むと、子供たちの顔にも、笑みが広がった。
「わあ、大きな人だ!」
一人の子供が、ハンスの太い腕を、興味深そうに触った。
「おう、触ってもいいぞ」
ハンスが笑いながら、子供を軽々と肩車する。
「私とも遊びましょう!」
リーゼルも、すぐに子供たちに囲まれ、鬼ごっこが始まった。
「待てー!」
「捕まえてみろー!」
賑やかな笑い声が、孤児院の庭に響き渡る。
孤児院を切り盛りする、初老の女性が、出迎えに現れた。
「いつも、お心遣いをいただき、ありがとうございます」
「いえ。何か、困っていることはありませんか」
「食料は、おかげさまで、以前より安定してきました。ただ、子供たちの数が増えてきて、寝る場所が、少し手狭になってきています」
「分かりました。近く、住居の整備も進めていますので、この孤児院にも、優先的に手を入れさせてください」
「ありがとうございます」
その中に、一人、真剣な表情の少年がいた。年の頃は、十二、三といったところだろうか。孤児院の中でも、年長の一人だった。
「あの、お願いがあります」
「何でしょう」
「俺を、兵士にしてください」
少年は、拳を握りしめながら、まっすぐにヴィルヘルムを見た。
「俺、ここじゃ一番の年上なんです。この街に来てから、隊長やジークハルトさんたちに、ずっと守られてきました。……今度は、俺が、誰かを守れる側になりたいんです」
その必死な訴えに、ヴィルヘルムは、しばらく少年を見つめた。
「気持ちは、嬉しいです。……ですが」
ヴィルヘルムは、少年の目線まで屈み込んだ。
「今のあなたには、槍より先に、覚えるべきことがあります」
「覚えるべきこと?」
「読み書きや、計算です。それができれば、いずれ、兵士になるにしても、それ以外の道を選ぶにしても、必ずあなたを助ける力になります」
「……そんなもので、皆を助けられるんですか」
「はい。ただの兵として稼ぐより、知恵を身につけた方が、いずれもっと多くの人を、助けられるようになります。この街には、様々な部門があります。あなたに向いた道が、きっと見つかるはずです」
その言葉に、少年は、しばらく黙り込んでいたが、やがて小さく頷いた。
「……分かりました」
その様子を見ていたマティアスが、静かに口を開いた。
「なるほど、そう来ましたか」
「本音を言えば、今すぐにでも、力を貸してほしいところですが」
ヴィルヘルムは、小さく笑った。
「それでも、遠回りに見えて、それが一番、この子のためになると思うので」
孤児院を出た後、ヴィルヘルムは、マティアスに向き直った。
「この機会に、学びの場も、作りたいと思っています」
「学びの場、というと」
「字の読み書きや、簡単な計算を教える場です。子供だけでなく、望めば大人も通えるようにしたいんです」
「それは、また大きな話ですね」
「はい。ですが、この街の未来を考えれば、必要な投資だと思っています」
マティアスは、しばらく考え込んだ後、頷いた。
「悪くない話です。……私にも、何か手伝えることがあれば」
「もちろん、お願いします」
こうして、この街に、また新しい取り組みが生まれようとしていた。
(第三十八話へ続く)




