第三十六話 見過ごされた恵み
ゴルデンハイムの門に、また新たな難民の一団が辿り着いていた。
「よく来てくれました。ここでなら、住む場所も、働く場所も、用意します」
ヴィルヘルムの言葉に、疲れた顔の中にも、安堵の色が浮かぶ。
新しい人々の受け入れを終えた頃、街を見回っていたエルサが、妙な光景に出くわした。
中肉中背、これといって特徴のない男が、道端にしゃがみ込み、何かを口に運んでいる。
「……お前、それ、何を食ってるんだ」
エルサが、思わず声をかけた。
男が振り返る。目だけが、やけに生き生きとしていた。
「ん? ああ、そこいらに生えてた草だよ」
「草、だと?」
「見た目は地味だがな、茹でりゃ、立派な菜になるんだ」
その、あまりに事もなげな返答に、エルサは眉をひそめた。
「毒はないのか」
「そこは、ちゃんと見分けてるさ。伊達に、諸国を渡り歩いてきたわけじゃねぇからな」
エルサは、しばらくその男を見つめていたが、やがて興味を隠しきれない様子で尋ねた。
「他にも、そういうもんがあるのか」
「そりゃあ、山ほどな」
男は、にやりと笑った。
「木の実の中にも、そのままじゃ食えねぇが、灰汁を抜きゃ食えるもんもある。飢饉の時に、そういうのを食い繋いで、生き延びた村を、いくつも見てきたぜ」
その言葉に、エルサは、すぐさま踵を返した。
「隊長のところへ、来てもらおうか」
城に呼び出された男は、名をハインツと名乗った。
「ハインツさん、先ほどの話を、詳しく伺えますか」
ヴィルヘルムが尋ねると、ハインツは、得意げに胸を張った。
「川辺に生える、あの背の高い草の根っこ。あれも、粉にすりゃ、なんとか腹の足しになる。それと、この辺じゃ見かけねぇが、西の方じゃ、木の皮を煮出して、飢えを凌ぐ知恵もあった」
「木の皮まで、ですか」
「贅沢は言ってられねぇ時ってのが、あるもんさ」
ハインツの声には、これまでの旅の苦労を物語る、確かな重みが滲んでいた。
「ただ、中には、見た目は似てても、毒のあるもんも混じってる。そこの見分けが、肝心だ」
「その見分け方も、伝えていただけますか」
「もちろんだ。命に関わることだからな」
その話に、ヴィルヘルムは、確かな手応えを感じていた。
(これは、この街にとっても、大きな力になる)
「ハインツさん。あなたの知識を、この街のために、活かしてもらえませんか」
「俺の、知識を?」
「これまで、見向きもされなかったものの中に、食べられるものがある。それを見つけ、調理の仕方まで、皆に広めていく。そういう部門を、作りたいんです」
「……そりゃまた、面白ぇ話だな」
ハインツは、にやりと笑った。
「俺みたいな、大した能もない奴に、そんな大役、任せていいのかい」
「内政や、戦のことは分からなくても、食べることに関して、あなたほど詳しい人を、俺は他に知りません」
その言葉に、ハインツは、しばらく黙り込んでいた。
「……分かった。やらせてもらうぜ」
ハインツは、力強くそう答えた。
「腹が減っちゃ、戦にも、仕事にもならねぇからな。俺の知ってることを、全部、この街のために使ってやる」
その日のうちに、食料技術部門の設立が、正式に決まった。
「これで、また一つ、この街の食を、支える力が増えましたね」
ヴィルヘルムの言葉に、エルサが小さく頷いた。
「毒の見分けまで含めて、記録に残していけるなら、これから先、飢饉が来ても、被害はぐっと減るはずだ」
「はい。それに、ただ食べられるものを見つけるだけじゃなく、どう調理すれば美味くなるか、そこまで広めてもらいたいと思っています」
「贅沢な話だな」
エルサが、面白がるように言った。
「食えりゃいいってもんでもない、ってことか」
「せっかくなら、少しでも、皆の暮らしが豊かになる方がいいですから」
その言葉に、エルサは、小さく笑った。
「奪う以外の道を、また一つ、増やせたな」
「はい」
ヴィルヘルムは、静かにそう答えた。
これまで見過ごされてきたものの中にも、確かな価値がある。
その事実が、この街の未来に、また新たな厚みを加えていた。
(第三十七話へ続く)




