第三十三話 木々と大地の礎
ゴルデンハイムの城、いつもの会議の間に、ヴィルヘルムたちが顔を揃えていた。
「今日は、林業と木工について、話し合いたいと思います」
ヴィルヘルムの言葉に、エルサが頷いた。
「建材にも、燃料にも、木は欠かせない。だが、無計画に伐り続ければ、いずれ山が禿げる」
「はい。伐った分だけ、植える。それを、当たり前にしたいんです」
「植林、ということですね」
それまで黙っていたグレゴールが、興味深そうに口を挟んだ。
「グレゴールさんも、詳しいんですか」
「昔、そういう話を、旅の商人から聞いたことがあります。木を育てるのにも、案外知恵がいる、と」
「では、事前に、任せられそうな人材を調べておきたいですね」
ヴィルヘルムの言葉に、フリッツが頷いた。
「街の記録と、聞き込みで当たってみます」
数日後、フリッツが調査の結果を報告に来た。
「森の近くに住んでいた、猟師上がりの男が、街に流れ着いています。名を、クヌートと。森の様子には、誰よりも通じていると聞いています」
「木材を加工する方は」
「腕のいい木工職人が、街に何人かいると聞いています。その中でも、まとめ役に向いていそうなのが、リーザという女性です」
「女性、ですか」
「腕は確かだと、評判です」
「大工衆の棟梁についても、当たっていただけますか」
「既に、目星はついています。ゲオルクという者が、長らくこの街の大工をまとめていると」
「三人とも、まずは会って話をしてみましょう。それで見極めればいい」
呼び出されたクヌートは、日に焼けた、がっしりとした体格の男だった。
「森のことなら、任せてくれ。伐るのも、育てるのも、心得はある」
「頼りにしています。まず、伐採と、植林の計画を立てていただけますか」
「承知した。それと」
クヌートは、少し声を落として続けた。
「北の大河沿いの森は、根が水を蓄えてる。あそこを、無計画に伐ると、大水が出やすくなるぞ」
その言葉に、ヴィルヘルムは目を見開いた。
「詳しく、聞かせてください」
「木の根は、土を抱え込む。それがなくなりゃ、雨が降った時、土ごと水路に流れ込む。街の水路が詰まりゃ、洪水にも繋がりかねん」
「治水にも、関わってくるということですね」
「そうだ。伐る場所は、慎重に選ばねぇとな」
ヴィルヘルムは、深く頷いた。
「治水については、いくつか考えていることがあります」
「聞かせてくれ」
「まず、老朽化した水路の補修。それから、大河沿いに堤防を築くこと。それと、大雨の時に一時的に水を溜められる、貯水池のようなものも、作れないかと」
「大掛かりな話だな」
「はい。それと、もう一つ」
ヴィルヘルムは、少し声を落として続けた。
「これは、治水だけの話ではありません。街の周りに、水を引き込んだ堀を作れば、それは同時に、この街を守る備えにもなります」
その言葉に、クヌートは、目を見開いた。
「……なるほど。水を治めることと、守りを固めることを、一緒にやろうってわけか」
「エーレンガルトが、いずれ攻めてくることは、分かっています。備えられるものは、全て備えておきたいんです」
「面白ぇ話だ。悪くねぇ」
クヌートは、不敵に笑った。
「実は、水路の整備を任せている老人がいます。後日、私の方で場を設けますので、一度顔を合わせていただけますか」
「構わねぇ」
「それと、水門や、鉄の留め具が必要になる場面も出てくるはずです。この街には、新しく製鉄・鍛冶技術部門というものを設けています。そちらの責任者とも、後日、顔合わせの場を用意させてください」
「分かった。任せる」
「木工の方も、伺えますか」
呼び出されたリーザは、小柄ながらも、力強い眼差しをした女性だった。
「木を扱う仕事なら、任せてください」
「木材があっても、それを形にする者がいなければ、意味がありません。リーザさんに、まとめ役をお願いしたいんです」
「光栄です。……この街の木工職人たちを、まとめればいいんですね」
「はい。それと、農具についても、いずれ相談させてください。木と鉄、両方を組み合わせて作るものも多いはずです。この街には、製鉄・鍛冶技術部門という部門を、新しく設けています。そちらとも連携をとってもらいたいので、後日、私の方で顔合わせの場を用意します」
「承知しました」
「それと」
ヴィルヘルムは、少し考えながら続けた。
「家庭で使う道具や、細かな木工の仕事は、力仕事とは違います。女性でも、十分に担える分野だと思うんです」
「……そう言っていただけると、心強いです」
リーザは、意外そうな顔をした後、静かに笑った。
「これまで、木工は男の仕事だと、決めつけられがちでしたから」
「大きな建材や、力のいる仕事は、これまで通り男の方にお願いすることになるでしょう。ですが、それ以外の分野は、性別に関わらず、腕のある人にお願いしたいと思っています」
「今まで、女性の職人は、どれくらいいたんですか」
エルサが、興味深そうに尋ねた。
「片手で数えるほどです。夫や父の仕事を手伝う形で、細々とやっていた者がほとんどでした」
「今も、続けている人は」
「……ほとんど、いません。腕があっても、嫁いだり、子を産んだりすれば、それきり仕事から離れる者が大半でしたから」
その答えに、ヴィルヘルムは、しばらく考え込んだ。
「その方たちに、また声をかけられませんか」
「……戻ってきていただく、ということですか」
「はい。一度培った技術は、簡単に消えるものじゃないはずです。子育てで手が離せない間だけ休み、落ち着いたら、また戻ってこられる。そんな形にできればと」
「そんな話、聞いたことがありません」
リーザは、驚いたように目を見開いた。
「これから、作っていけばいいんです」
ヴィルヘルムは、まっすぐにそう答えた。
「出産や育児のために、長く休む必要があっても、腕のある人が、また働ける場所に戻れる。それを、当たり前にしたい」
「その仕組みは、私も、一緒に考えたい」
エルサが、身を乗り出した。
「木工だけの話じゃない。この街全体で、そういう体制を整えるべきだ」
リーザは、しばらく言葉を失っていたが、やがて深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。声をかけてみます」
「腕によりをかけて、務めさせていただきます」
「ゲオルクさんにも、伺えますか」
呼び出されたゲオルクは、白髪混じりの、頑固そうな顔つきの男だった。
「棟梁のゲオルクだ。何の用件だ」
「これから、この街に、新しい住まいを作っていきたいと考えています。難民や、家を失った民のために、一つの建物に、複数の家族が住める形の集合住宅です」
「複数の家族が、一つの建物に……そんな造りは、聞いたことがねぇな」
ゲオルクは、腕を組みながら、興味深そうに眉を寄せた。
「木を組んで、二階、三階と積む腕は、この街の大工衆にも、当然ある。だが、これまでの二階建て、三階建てってのは、代々続く一つの家族が住むためのものだ。血の繋がらねぇ何家族もが、一つ屋根の下で暮らすとなりゃ、話は別だ」
「はい。今回は、それだけ多くの人が住む分、これまでにない強度や、部屋割りの工夫が必要になるはずです。まずは、寝る場所だけを個別に分け、炊事場などは共有にする形で、当面はやりくりしたいと思っています」
「臨機応変にってわけか。悪かねぇ」
「それと、これで終わりにするのではなく、皆さんの手で、より住みやすい形を、これからも研究し続けてほしいんです」
「研究、ねぇ」
ゲオルクは、しばらく黙り込んだ後、ニヤリと笑った。
「面白ぇ。俺は、そういう挑戦は嫌いじゃねぇ」
「ゲオルクさんに、建築技術部門のまとめ役をお願いしたいと思います」
「任せておけ。この街に、恥じねぇ建物を、これから積み上げてやる」
「それと、もう一つ、お願いがあります」
ヴィルヘルムは、続けて言った。
「街全体で、食料を蓄えておける、地下の貯蔵施設を作りたいんです。各家庭ごとではなく、街全体で使える、大きなものを」
「地下に、か。掘るだけなら、できねぇことはねぇが」
「農耕技術部門のグレゴールさんや、内政のエルサとも、相談しながら進めさせてください」
「承知した」
その日のうちに、林業技術部門、木工技術部門、建築技術部門の設立が、正式に決まった。
「これで、この街の産業も、また一つ形になりましたね」
ヴィルヘルムの言葉に、エルサが小さく笑った。
「あとは、皆がそれぞれの仕事を、しっかり形にしてくれるのを、待つだけだ」
「はい。……この街が、少しずつ、確かなものになっていくのを感じます」
ヴィルヘルムは、静かにそう呟いた。
会議を終え、一人になった部屋で、ヴィルヘルムは、これまで積み重ねてきた部門の名を、頭の中で数えていた。
内政、軍事、農耕、炭鉱、製鉄・鍛冶、林業、木工、そして建築。
まだ足りないものも、これから先やるべきことも、山のようにある。
(それでも、少しずつ、形になってきている)
かつて、ただ逃げ惑うしかなかった村の少年が、今は、これだけの人々の暮らしを背負っている。
その重みを噛みしめながらも、ヴィルヘルムの胸には、不思議な充足感があった。
(まだ、やれる。まだ、進める)
窓の外、暮れかけた空を眺めながら、ヴィルヘルムは、静かに次の一手を考え始めていた。
(第三十四話へ続く)




