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飢餓の玉座 〜血に属さぬ予知者、群雄割拠を征く〜  作者: レオ
第二章「玉座なき統治者」
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第三十二話 東への使者

ゴルデンハイムの城、会議の場に、ヴィルヘルム、エルサ、マティアス、ジークハルトが顔を揃えていた。


「今日は、周辺の国々について、話し合いたいと思います」


ヴィルヘルムが切り出すと、マティアスが興味深そうに顔を上げた。


「外交、ですか。珍しく、私の得意分野が来ましたね」


「東に、ラウレンティアという、海に面した国があります。豊かな国だとか」


「ええ、旅の途中で、噂程度には耳にしたことがあります。海運(かいうん)が盛んで、他国にはない品も多く出回っている、と」


マティアスの言葉に、エルサが身を乗り出した。


「他国にはない品、というと、具体的には」


「海産物や、香辛料、この辺りでは見かけない布地なども出回っているとか」


「それが手に入れば、兵站の幅も、随分と広がる」


エルサは、既に頭の中で算段を巡らせているような顔をしていた。


「その国と、まともに渡り合えれば、この街にとっても得るものは大きいはずだ」


「特に、あの国には米というものがあると聞いたことがあります」


マティアスの言葉に、ヴィルヘルムは思わず息を呑んだ。


「米、ですか」


「ええ。麦とは違う、粒状の穀物だとか。この辺りでは、まず見かけない代物です」


その一言に、ヴィルヘルムの中で、前世の記憶が強く(うず)いた。


(米が、あるのか……)


表には出さなかったが、内心の高鳴りは、隠しきれるものではなかった。


「ただ、慎重に進めるべきかと」


マティアスが、億劫そうにしながらも、釘を刺すように言った。


「相手の国がどんな体制で、どんな考えを持っているか、分からないまま使者を送るのは、危うい。まず、情報を集めるところから始めるべきです」


「情報、というと」


「商人や旅人から、それとなく話を聞く。()いては事を仕損(しそん)じます」


その言葉に、ヴィルヘルムは頷いた。


「では、まず情報収集から進めましょう。コンラートさん、街に出入りする商人の中に、東の国と行き来のある者はいますか」


呼ばれたコンラートが、少し考えてから答えた。


「何人か、心当たりがあります。聞き込みをしてみます」



数日後、コンラートが集めた情報が、会議の場に持ち込まれた。


「王家は、比較的開かれた気質で、他国との交易にも積極的だとか」


「悪くない話ですね」


「ただ、一つ気になる点が」


コンラートが、声を落として続けた。


「近年、他国からの使者を、無下に追い返した例もあるとか。理由までは、掴めませんでしたが」


その話に、マティアスが顎に手を当てた。


「見極めが必要ということですね。……こういう時は、大仰(おおぎょう)な使者団より、まず小さく、様子を見る形で近づく方がいい」


「具体的には」


「商人に(ふん)した使者を、先行させましょう。正式な国交を持ちかける前に、まず向こうの空気を探る」


その提案に、ヴィルヘルムは頷いた。


「誰か、適任は」


「私が、行きましょう」


マティアスが、意外にもあっさりとそう申し出た。


「マティアスさんが?」


「元々、諸国を渡り歩いていた身です。商人のふりをするのも、慣れています」


「危険は」


「多少はあるでしょう。ですが、この街の内政に詳しく、かつ他国の事情にも通じている者となると、私以外に適任はいないかと」


その言葉には、いつもの気だるさとは違う、確かな自負が滲んでいた。


その物言いに、その場に小さな笑いが起こった。


だが、ヴィルヘルムは、笑いきれずにいた。


「……一人で行かせるのは、正直、気が進みません」


これまで、共に議論を重ねてきた相手だからこそ、危険な役目を、簡単に任せきりにはしたくなかった。


「ジークハルトさん、護衛をつけられますか」


「もちろんだ。商人のふりをするにしても、護衛の一人や二人、連れているのが自然だろう。それに、いざという時、逃げ足だけは確保しておきたい」


「それは、確かに」


マティアスも、素直に頷いた。


「では、腕の立つ者を、数人つけましょう。あくまで、商人の護衛という体裁で」


「フリッツの部下から、口の堅い者を選ばせる」


ジークハルトが、すぐにそう請け合った。


ヴィルヘルムは、改めてマティアスに向き直った。


「護衛の目処は立ちました。……マティアスさん、この使者の役目、改めてお願いできますか」


「ええ。ただし、無理な交渉はしません。あくまで、様子見です」


「それで構いません。まずは、危険のない範囲で」



出発の前夜、ヴィルヘルムはマティアスの元を訪れていた。


「本当に、行っていただけるんですね」


「今更、断る理由もありませんよ」


マティアスは、荷物をまとめながら、いつも通りの気だるげな様子で答えた。


「一つ、聞いてもいいですか」


「何でしょう」


「この街に来てから、ずっと文句を言いながらも、随分と骨を折ってくれていますよね。……何か、理由があるんですか」


その問いに、マティアスは、しばらく手を止めた。


「……理由と言うほどのものでは。ただ、あなたが、私のような人間の意見にも、真面目に耳を傾けてくれる。それだけで、十分な理由になります」


「そう、ですか」


「それに、正直に言えば」


マティアスは、僅かに口の端を上げた。


「久しぶりに、面白い仕事をさせてもらっている、という気もします。……体を動かすのは、相変わらず嫌ですがね」


その言葉に、ヴィルヘルムは静かに笑った。



旅支度を整えたマティアスが、翌朝、城門の前に立っていた。


「行ってきます。……あまり、期待しすぎないでくださいよ」


「気をつけて」


ヴィルヘルムの言葉に、マティアスは軽く肩をすくめると、東へと続く道を歩き出した。


その背中を見送りながら、ヴィルヘルムは、静かに期待と不安を抱えていた。


(この街の未来に、繋がる一歩になればいいが)


遠く(かす)む東の空の下に、まだ見ぬ可能性が広がっているような気がした。



(第三十三話へ続く)


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