第三十一話 鉄を継ぐ者
ゴルデンハイムの城、その一室が、内政の会議場として使われるようになっていた。
元は貴族の応接間だったのか、壁には色褪せた装飾が残っているが、今は簡素な木机と椅子が並べられているだけの、質素な空間だった。
「次に、進めておきたいのが、製鉄・鍛冶と炭鉱の整備です」
ヴィルヘルムは、集めた面々を前に、そう切り出した。
「槍の穂先は、鉄がなければ話にもなりません。農具や、建材の金具も、鉄があれば、今よりずっと効率よく、長持ちするものが作れます。この街の周辺に、鉄鉱石や、燃料になる木炭の材料が採れる場所はありませんか」
その問いに、コンラートが答えた。
「南の山沿いに、昔から使われていた坑道があると聞いたことがあります。ミダースの頃は、放棄されていたはずですが」
「候補として、頭に入れておきましょう」
ヴィルヘルムは、フリッツに向き直った。
「炭鉱、製鉄・鍛冶、どちらも重要な部門です。まずは、任せられそうな責任者と、実際に動ける人材を、洗い出しておきたい」
「既に、大方は把握しています」
フリッツが、記録を手に答えた。
「この街には、元々何人かの鍛冶職人が住んでいました。ミダースの頃は冷遇されていたようですが、生き延びた者もいます。その中でも、まとめ役として頼れそうなのが、バルトという男です」
「坑道の方は」
「街の記録と、募集への応募者から、既に何人か、坑道仕事の経験がある者が見つかっています。その中でも、まとめ役に向いていそうなのが、ヨーゼフという者です」
「それぞれの現場を、まず見てきてほしいのですが。私も同行したいところですが」
ヴィルヘルムは、そこで一度、言葉を切った。
「今は、他にも山積みの用件があります。申し訳ないですが、視察は任せる形にさせてください」
「気にするな」
エルサが、すぐにそう答えた。
「隊長一人が、この街の全部の現場を見て回れるわけがない。適材適所で任せるのも、統治というものだ」
その言葉に、ヴィルヘルムは小さく頷いた。
「ヨーゼフさんには南の坑道の視察を、バルトさんには鍛冶場の状態の確認を、それぞれお願いします」
数日後、ヴィルヘルムの元に、二人からの報告が届いた。
「鉄鉱石は、まだ十分に採れそうです。ただ、入り口付近の柱が朽ちておりまして、補修が必要かと。水も溜まっている箇所がありました」
ヨーゼフの報告に、ヴィルヘルムは頷いた。
「排水も、必要ということですね」
「へえ。それと、他にも坑道仕事の経験がある者が、何人か見つかっています」
「鍛冶場の方は」
続けて、バルトが口を開いた。
「今のままじゃ、まともに火も入れられません。まずは、炉から作り直す必要があります。それと、こちらも他に、生き延びた鍛冶職人が何人かいます」
「では、まとめて顔を合わせましょう」
その日のうちに、坑道仕事の経験者と、鍛冶職人たちが、一堂に会した。
「これから、皆さんに、それぞれの部門として動いてもらいます」
ヴィルヘルムは、集まった面々を見渡した。
「炭鉱技術部門は、ヨーゼフさんに。製鉄・鍛冶技術部門は、バルトさんに、まとめ役をお願いします」
「久しぶりだな、お前もまだ生きていたか」
「そっちこそ、しぶといもんだ」
旧知の間柄らしい者たちの間から、そんな声が上がる。
「よろしく頼む。皆で、力を合わせよう」
ヨーゼフの一声に、その場の空気が引き締まった。
「……この歳で、また坑道に戻れるとは、思っていませんでした」
ヨーゼフは、感慨深そうにそう呟くと、深く頭を下げた。
「精一杯、務めさせていただきます」
「まさか、こうして陽の目を見る日が来るとは」
冷遇されていた過去を分かち合う鍛冶職人たちの間にも、静かな熱気が広がっていた。
「いずれ、製鉄と鍛冶、それぞれの専門に分かれる日も来るかもしれませんが、まずは一丸となって進めてください」
「腕によりをかけて、務めさせていただきます」
バルトが、力強くそう答えた。
「それと、もう一つ」
ヴィルヘルムは、続けて言った。
「農具について、俺の方でも、いくつか考えていることがあります。形にしたら、設計図として渡しますので、鉄で作れるものは、バルトさんたちにお願いしたい」
「隊長が、自ら設計を?」
「私が、昔から考えていた農具の形があるんです。それを、形にしてみようと思います。効率よく畑を耕せる道具があれば、それだけ皆の負担も減るはずです」
(本当は、前世の知識なんだけど)
そこまでは、口にしなかった。
「面白い話だ。腕の見せ所ですな」
バルトは、興味深そうに頷いた。
その日のうちに、炭鉱技術部門と製鉄・鍛冶技術部門の設立が、正式に決まった。
「これで、この街も、少しずつ自分たちの足で立てるようになりますね」
ヴィルヘルムの言葉に、エルサが小さく笑った。
「食料も、鉄も、自分たちで賄えるようになれば、それだけ、誰かに奪われる隙も減る」
「はい。……この先、何が来ても、しっかり備えられるように」
その言葉の裏に、エーレンガルトから来るであろう脅威への警戒が滲んでいた。
ヴィルヘルムは、静かに拳を握りしめた。
(第三十二話へ続く)




