第二十七話 暁の旗
ゴルデンハイムを手に入れてから、数日が過ぎた。
街の中央広場に、主だった仲間たちが集められていた。
千を超える兵たちの視線が、一斉にヴィルヘルムへと向けられる。
「これから、この街を拠点に、新しい体制を作っていきます」
ヴィルヘルムの言葉に、集まった面々が静かに頷いた。
「まず、旗を決めましょう」
エルサが、あらかじめ用意していた布を広げた。
そこには、地平線から光の筋が差し込むような、太陽を思わせる図案が描かれていた。
「これは……」
「隊長が、村を守った日の朝、絶望から一転して光が差したような話を聞いた。それにちなんで、こんな図案にしてみた」
ヴィルヘルムは、その旗をしばらく見つめていた。
グリューンヴァルト村での、あの朝の光景が、脳裏に蘇る。
絶望の中、視界が割れ、初めて予知に目覚めたあの瞬間。
そこから続く、長い道のりの果てに、今この場所がある。
「……いいと思います。これを、俺たちの旗にしましょう」
「呼び名は?」
「暁の旗、でどうでしょう」
その言葉に、皆が頷いた。
こうして、新しい旗が、風にはためき始めた。
広場に集まった兵たちからも、感嘆の声が漏れる。
「隊長の旗印、か。悪くねぇ」
「これで、俺たちも、どこの誰の下で戦ってるか、はっきり示せるな」
これまで、ヴィルヘルムの部隊は、正式な旗印を持たないまま戦い続けてきた。
その事実に、改めて気づかされた者も少なくなかった。
「次に、役割を正式に決めておきたいと思います」
ヴィルヘルムは、集まった面々を見渡した。
「エルサ。あなたを、内政の責任者に任命します」
「……私が?」
エルサが、珍しく驚いたように目を見開いた。
「これまでも、実質そうだったでしょう。今更、驚くことでもありません」
「まあ、それはそうだが」
エルサは、小さく笑いながら頷いた。
「分かった。……この街の飯と、この先の暮らしは、私が背負う」
その言葉には、これまでにない重みが込められていた。
追放された村の出身、飢えを誰よりも知る彼女にとって、この役目は、単なる仕事以上の意味を持っているのだろう。
「ジークハルトさん。あなたには、軍事の責任者を」
「望むところだ」
ジークハルトが、力強く頷いた。
「防衛も、兵の再編も、俺に任せろ」
「頼りにしています」
「任せろと言った以上、期待は裏切らん」
その場に集まった皆から、拍手が湧いた。
傭兵として長く冷遇されてきた彼にとって、正式に軍を任されるという事実は、これまでの人生の全てが報われるような重みを持っていた。
「最後に、一つだけ、皆に伝えておきたいことがあります」
ヴィルヘルムは、改めて口を開いた。
「これから、様々な人材を登用していきます。出自も、これまでの立場も、問いません」
「それは、敵だった者もか」
フリッツが、静かに尋ねた。
「はい。誰しも、必ず何か得意なことがあるはずです。それを見つけて、活かせる場所を用意したいと思っています」
その言葉に、コンラートやフォルカーが、顔を見合わせて頷いた。
「俺たちのような者にも、当てはまるということですね」
「ええ。血や、過去より、これから何をするかです」
その方針に、誰も異を唱える者はいなかった。
「今後、この街には、様々な事情を抱えた者たちが集まってくるはずです」
ヴィルヘルムは、続けて言った。
「難民も、逃げてきた者も、拒みません。この街を、そういう場所にしたい」
その言葉を聞いていたエルサが、小さく笑った。
「隊長らしい話だ」
「……そうでしょうか」
「ああ。損得だけで考えりゃ、面倒事を抱え込むだけかもしれん。それでも、お前はそっちを選ぶんだろう」
その言葉に、ヴィルヘルムは静かに頷いた。
「エルサ、内政に関しては、これからやるべきことが山積みです」
「分かってる。戸籍の調査、税の仕組み、法の整備……数え上げればきりがない」
「それに、農地の権利関係も、今のままでは曖昧すぎます。誰が何を耕していいのか、はっきりさせないと」
「街の水路も、手を入れなきゃならん箇所が多い。まずは、優先順位をつけて進めるしかないだろうな」
エルサは、既に頭の中で算段を巡らせているようだった。
「一人で抱え込みすぎないでください」
「分かってる。……お前こそ、な」
二人は、顔を見合わせて小さく笑った。
「軍の方も、同じです」
ジークハルトが、口を挟んだ。
「兵の再編に、防衛の見直し。それに、いずれ本格的な訓練体制も整えねぇとな」
「エーレンガルトが動くまで、猶予はそう長くないでしょうから」
ヴィルヘルムの言葉に、その場の空気が、僅かに引き締まった。
「やることは多いですが、少しずつでも、進めていきましょう」
会議が終わった後、ヴィルヘルムは、一人街の外れに立ち、暁の旗が翻る様子を眺めていた。
(ここから、本当の意味での始まりだ)
戦って、奪い返すだけでは、何も変わらない。
この街を、この先の世界に恥じない場所にする。
その決意を胸に、ヴィルヘルムは、静かに拳を握りしめた。
(第二十八話へ続く)




