第二十四話 千の絆
夜、焚き火が幾つも組まれ、酒が振る舞われた。
千人を超える大所帯となった部隊が、一夜だけの祝宴に沸いていた。
「乾杯だ! バルドゥイン討伐、そして新しい仲間たちに!」
ジークハルトの音頭に、割れんばかりの歓声が上がる。
新参のフォルカーをはじめ、投降兵たちも、戸惑いながらも杯を手にしていた。
「……本当に、こんな風に迎えてもらえるとは、思っていませんでした」
フォルカーが、ぽつりと呟く。
「バルドゥイン様の下では、こんな空気は一度も」
「もう、様はいらねぇよ」
隣に座ったハンスが、豪快に笑いながら酒を注いだ。
「今は俺たちの仲間だ。堅苦しいのはなしだ」
その言葉に、フォルカーは、少し驚いたように目を見開いた後、静かに笑った。
「……失礼を承知で伺いますが」
フォルカーが、少し声を落として続けた。
「あなたは、なぜここまでするんですか。俺たちは、つい先日まで敵として槍を向けていた身です」
ヴィルヘルムは、少し考えてから答えた。
「敵か味方かは、その時の立場が決めることです。あなた方が、好んでバルドゥインに従っていたわけではないと、分かっていますから」
「……それだけで、信じるんですか」
「信じる、というより」
ヴィルヘルムは、静かに笑った。
「疑ってばかりでは、何も始まらない。それに、疑って生きるのは、もう見飽きました」
その言葉に、フォルカーは、しばらく黙り込んでいた。
「……俺は、あなたのような人の下で、初めて槍を振るう意味を、見つけられる気がします」
その一言に、ヴィルヘルムは小さく頷くことしかできなかった。
少し離れた場所では、リーゼルが、コンラートの部下だった若い兵たちに絡んでいた。
「ねえねえ、コンラートさんの下にいた時って、どんな感じだったの?」
「そりゃあ、規律には厳しかったですけど……悪い人じゃなかったですよ」
「へえ、意外」
「意外は失礼だぞ、リーゼル」
コンラート本人が、苦笑しながら割って入った。
その周りで、笑いが起こる。
エルサは、相変わらず数人の兵に囲まれていた。
「なあエルサ殿、この戦の後は、少し落ち着いた場所に……」
「その話、もう聞き飽きた」
にべもない返事に、兵たちがどっと肩を落とす。
「兵站官殿は、今夜もつれないねぇ」
「口説く暇があるなら、明日の物資運びの算段でも手伝え」
エルサの一言に、笑いがまた広がった。
ハンスは、少し離れた場所で、静かに酒を舐めていた。
「父さん、こっちに来て一緒に飲みましょうよ」
リーゼルが、駆け寄って袖を引く。
「……お前、随分と皆に馴染んだな」
「そりゃあ、もう長い付き合いですから」
リーゼルは、誇らしげに胸を張った。
「私だって、隊長の右腕の一人ですよ」
「右腕は言い過ぎだろう」
ハンスは苦笑しながらも、その表情には隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
「……お前が一人前になったのを、母さんにも見せてやりたかったな」
ぽつりと漏れたその一言に、リーゼルは一瞬だけ黙り込んだ。
「……見てますよ、きっと」
それだけ言うと、リーゼルは父の杯に、なみなみと酒を注いだ。
「今日くらいは、飲みすぎても許してあげます」
「お前がそれを言うか」
二人の間に、穏やかな笑いが生まれた。
ヴィルヘルムは、焚き火の傍らで、その賑やかな光景を静かに眺めていた。
「……大所帯になりましたね」
隣に腰を下ろしたジークハルトが、しみじみと言った。
「村を出た時は、たった一人だったのにな」
「本当に」
ヴィルヘルムは、小さく笑った。
「あの頃は、まさかこんなことになるとは、思ってもみませんでした」
「これからも、増えていくだろうよ。お前が、そういう男だからな」
その言葉に、ヴィルヘルムは杯を傾けながら、これまでの道のりを思い返していた。
グリューンヴァルト村での目覚め。
ジークハルトとの出会い。
エルサ、イルゼ、テオドール。
ハンスとリーゼル。
コンラート、フリッツ。
そして今、新たに加わった六百の兵たち。
(守るべきものが、こんなにも増えた)
その重みを噛みしめながら、ヴィルヘルムは、静かに夜空を見上げた。
秋の澄んだ空に、星々が瞬いていた。
宴の熱気が落ち着いた頃、ヴィルヘルムはジークハルトとエルサを呼び、これからの行軍について話し合った。
「明日には、発ちましょう。ゴルデンハイムまで、千人規模での移動になります」
「兵站の算段は、もう組んである」
エルサが、迷いなく答えた。
「行軍速度は、これまでより落ちるだろうが、大きな問題にはならないはずだ」
「よし。……ジークハルトさん、道中の警備は」
「任せろ。フリッツと相談して、隊列を組む」
それぞれの役割が、淀みなく決まっていく。
かつて一人だった青年が、今は多くの仲間と共に、新たな地を目指していた。
(第二十五話へ続く)




