第二十三話 新たな道
谷間の戦の後始末が一段落した頃、ヴィルヘルムは主要な仲間たちを集めていた。
「これから、どうするか。皆の意見を聞きたいです」
天幕の中、集まった面々の表情には、それぞれの重みがあった。
「バルドゥインを討った以上、もうエーレンガルトには戻れません。俺たちは、この国では反逆者です」
ヴィルヘルムの言葉に、エルサが頷いた。
「その通りだ。だが、逆に言えば、もう誰かの下に付く必要もない」
「では、どこへ向かう?」
ジークハルトが、地図を広げながら尋ねた。
その問いに、ヴィルヘルムは、少し考えてから答えた。
「ゴルデンハイムへ、戻りましょう」
「あの街、か」
「はい。俺たちには、既にあそこに縁がある。コンラートさんの伝手もありますし、何より……」
ヴィルヘルムは、脳裏に、あの陥落した街の光景を思い浮かべた。
「あそこには、俺たちが育て始めた畑がある」
その言葉に、ハンスが小さく笑った。
「隊長らしい理由だ」
「エーレンガルトの中枢からすれば、俺たちがバルドゥインを討ち、その領地の一部だったゴルデンハイムに居座ることは、看過できないはずです」
フリッツが、冷静に指摘した。
「いずれ、討伐の軍が来る、ということか」
「おそらく。ですが、エーレンガルトとゴルデンハイムは隣国とはいえ、そう簡単に軍は動きません」
ヴィルヘルムは、努めて冷静に続けた。
「報せが王都に届き、中枢で議論され、然るべき将が選ばれて、ようやく出陣となる。少なくとも、数ヶ月の猶予はあるはずです」
「その間に、腰を据える、というわけか」
「はい。それでも、あそこを拠点にする以外、俺には思いつきません。奪うのではなく、守り、育てる場所として」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
「分かった。……お前について行く。今更、迷うことでもない」
ジークハルトが、地図を畳みながらそう言った。
エルサも、静かに頷いた。
「兵站のことなら、任せておけ。四百からの部隊を、あの街まで無理なく運ぶ算段は、既に頭にある」
「私たちも、隊長についていきます」
リーゼルが、隣のハンスと顔を見合わせながら言った。
「当然だ。今更、俺たちだけ残るなんて話はねぇよ」
残された問題は、投降した兵たちの扱いだった。
「バルドゥインの兵の中にも、行き場を失った者が大勢います」
コンラートが、静かに報告した。
「志願する者は、俺たちの部隊に加えましょう。無理強いはしません」
ヴィルヘルムの言葉に、投降兵の中から、実に六百人もの兵が名乗り出た。
その先頭に立ったのは、傷だらけの中年の兵だった。
「……お聞きしても? 名は、フォルカーと申します」
その兵は、躊躇いがちに口を開いた。
「あなたは、本当に、俺たちのような降兵でも、対等に扱ってくださるんですか」
「対等、というのがどういう意味かにもよりますが」
ヴィルヘルムは、まっすぐにフォルカーを見た。
「能力があれば正当に評価します。それ以上でも以下でもありません」
「……十分です」
フォルカーは、深々と頭を下げた。
「バルドゥイン様は、確かに能力ある者を取り立ててはくれました。ですが、疑り深いお方でもあった。……いつ、要らぬ疑いをかけられ、使い捨てられるか、誰もが怯えながら仕えていたんです」
周りの兵たちも、次々と同じように頭を下げていく。
「正直、あなたについていく方が、まだ先が見える」
「バルドゥイン様の下では、いつ切り捨てられるか分からなかったからな」
それぞれの事情を抱えながらも、新たな道を選んだ者たちだった。
六百もの新たな兵を前に、エルサが額を押さえた。
「……おい、四百のつもりで算段してたんだが」
「すみません、増えました」
「やれやれ、一から組み直しだな」
そう言いつつも、エルサの口元には、まんざらでもない笑みが浮かんでいた。
一方で、故郷へ帰ることを選ぶ者たちには、ヴィルヘルムは持てる限りの路銀と食料を持たせた。
「どちらの道を選んでも、恨みっこなしだ。ただ、達者でな」
ハンスの言葉に、去っていく者たちの中にも、深々と頭を下げる姿があった。
一連の話し合いが一段落した頃、ヴィルヘルムは、遠くエーレンガルトの本陣があった方角を見やった。
(クラウス様は、どうしているだろうか)
父を討たれた少年が、これから何を思い、どう動くのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
「隊長、すぐに発つんですか?」
リーゼルが、そう尋ねた。
「いえ」
ヴィルヘルムは、首を振った。
「新しく加わってくれた六百人とも、まだ十分に顔を合わせられていません。それに、皆、この戦でよく戦ってくれました」
「つまり?」
「発つ前に、一度、宴を開きましょう。皆の労をねぎらう意味でも」
その提案に、ハンスが破顔した。
「そう来なくちゃな」
「新参者たちとも、酒を酌み交わす良い機会だ」
ジークハルトも、満足そうに頷いた。
千人を超える大所帯となった部隊に、一時の華やいだ空気が広がっていった。
見上げれば、色づき始めた木々が、秋の深まりを告げていた。
グリューンヴァルト村を発ってから、既に半年ほどが過ぎている。
あの春の日から、随分と遠くまで来たものだと、ヴィルヘルムはふと思った。
(第二十四話へ続く)




