第十三話 黄金の化け物
出陣の報せと共に、陣中には慌ただしい空気が満ちていた。
「相手は、ゴルデンハイムという小国だ」
集められた部隊の前で、ヴィルヘルムは知り得た情報を伝えた。
「元は、正当な王族が治めていた国らしい。だが今は、ミダースと名乗る男が実権を握っている」
「その男が、"化け物"ってわけか」
ジークハルトが、腕を組みながら呟いた。
「奪ったものを、片端から自分の力に変える異能を持つと聞く。そうやって、他国から奪った食料や財を、ゴルデンハイムに溜め込んでいるらしい」
「……それを、閣下が奪いに行くわけですね」
エルサが、皮肉げに口の端を歪めた。
「奪ったものを、また奪う。まったく、この世界は同じことの繰り返しだ」
その言葉に、誰も反論できなかった。
「今回の戦は、これまでとは規模が違う」
ヴィルヘルムは、努めて冷静に続けた。
「バルドゥイン様の本隊、総勢二千二百。それに俺たちの三百を合わせて、二千五百」
「敵の方は?」
尋ねたのはエルサだった。
「テオドール殿の伝手で、ある程度正確な数が掴めた。ミダースの軍は、およそ千八百」
その報告に、ジークハルトが感心したように口笛を吹いた。
「情報の伝手があるってのは、大きいな」
ヴィルヘルムは、部隊を見渡しながら続けた。
「内訳は、元々バルドゥイン様から預かっていた百、ジークハルトさんの元傭兵団が百。それに加えて、俺たちの評判を聞きつけて志願してきた者たちが、新たに百」
その言葉に、集まった兵たちの中から、幾つかの見慣れぬ顔が頷いた。
大半が、平民出身の志願兵たちだった。
「血統も持たん隊長が、ここまでのし上がったって聞いてな。俺たちにも、目をかけてくれる大将が欲しくなった」
その言葉に、ヴィルヘルムは苦笑した。
「期待に応えられるよう、努めます」
出陣前夜、ヴィルヘルムは兵たちの様子を見て回っていた。
その一角で、ハンスが数人の若い兵に何かを教え込んでいる姿があった。
「いいか、槍は突くもんじゃねぇ。振るもんだ」
ハンスの声は、いつになく真剣だった。
「振れば、間合いも取れる。突くだけの奴は、間合いを潰されたら終わりだ」
若い兵たちが、真剣な顔で頷いている。
「父さん、そんなに教え込んでも、明日には忘れちまう子もいますよ」
リーゼルが、横から茶々を入れた。
「忘れるようなら、それまでの命だ」
ハンスの声には、いつもの軽口とは違う、歴戦の重みがあった。
「俺は、これまで散々、生き延びるための技を教わってきた。それを、今度は教える番だ。それだけの話だ」
その言葉に、ヴィルヘルムは足を止めた。
(この人は……)
これまで、髭面の口うるさい古参兵、という印象しか持っていなかった。
だが、その背中には、数えきれない戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ、確かな重みがあった。
「ハンスさん」
「ん? ああ、隊長」
「あなたの技、俺にも教えていただけますか」
ハンスは、意外そうに目を丸くした後、ニヤリと笑った。
「隊長がそう言うなら、断る理由もねぇな」
出陣の朝、陣を整えるヴィルヘルムの前に、見覚えのある少年が現れた。
バルドゥインの息子だった。
「……お前も、来ていたのか」
ヴィルヘルムが問うと、少年は苛立たしげに顔を歪めた。
「当然だ。父上が、初陣を飾れと仰った」
その声には、これまでと変わらぬ棘があったが、よく見ると、握りしめた拳が微かに震えていた。
「怖いのか」
「……っ、そんなわけがあるか!」
少年は、声を荒げた。
「俺は、次期当主だ。血統もない貴様に後れを取るなど、あってはならん」
それだけ言い捨てると、少年は足早に去っていった。
その背中を見送りながら、ジークハルトが横で肩をすくめた。
「威勢はいいが、初陣の顔だな、ありゃ」
「……ええ」
ヴィルヘルムは、小さく息を吐いた。
因縁も、敵意も、消えてはいない。
それでも、あの震える拳を見て、憎しみだけを向けられなかった。
翌日、両軍は広大な平野で対峙した。
対するゴルデンハイム軍の中央、一際目を引く男がいた。
小柄でガリガリの体躯に、まとう鎧だけが、まるで黄金でできているかのように豪奢な輝きを放っている。
黄色みがかった髪に、赤い瞳。
その体格からは、およそ武人らしさを感じさせない、貧相な男だった。
「あれが……ミダース」
ヴィルヘルムは、槍を握る手に力を込めた。
バルドゥインもまた、馬上でその男を見据えていた。
「……小物が、良い暮らしをしているものだ」
バルドゥインは、静かに槍を構えると、全身に力を漲らせた。
瞬間、彼の顔つきが、鋭く獣めいた輪郭に変わっていく。
肌の上に、薄く体毛のようなものが浮かび上がり、瞳が金色に輝いた。
血統魔法――狼化。
「行くぞ」
その一声と共に、両軍が動き出した。
大地を揺るがす激突が、始まろうとしていた。
(第十四話へ続く)




