自動車社会はまだ遠い
新世界暦2年2月20日 アズガルド神聖帝国 帝都アガルダ中央駅
戦争中とは思えない華やかな装飾の施された中央駅には、首相を始めとしたアズガルドの政府要人や日本も含めた鉄道関係者、そして一般の招待客など、多数が集まっていた。
一見すると戦争中にそんなお祭りみたいなことをしていていいのか、と言う話だが、「うちは余裕」とアピールすることで人心の安定と諸外国へのアピールを兼ねているので、勝っている国はわりとやりがちである。
それに鉄道というのは、自動車輸送が黎明期であるアズガルドにとっては重要な戦略輸送路なので、戦争に無関係な式典、とは言い切れない。
そんな重要な戦略輸送路だが、今日の式典は帝国縦貫線の日本旧国鉄標準への改軌作業が一応完了したことを祝うもので、縦貫線の新特急出発式がそのフィナーレとなっていた。
電化区間が都市部近郊に限られるため、帝国縦貫線を走り抜ける縦貫特急は日本から輸入した気動車が使用される。
元々東海地方で特急として使用されていた車両が、新型の導入で運用を外れたのでアズガルドへと売却されたのである。
もっとも、それだけでは数が足りないので、新型も順次導入することになっており、東海地方向けの特急型気動車を造っていたメーカーは思わぬ特需に笑いが止まらない状態である。
一応、使用される車両は運転速度120キロを前提に設計されているものの、アズガルドの路盤や信号設備等も考慮すると、今のところその速度で運転できる区間はわずかであり、一見するとオーバースペックのように見える。
まぁ、これはアズガルドのインフラに合わせたスペックの特急型気動車が無い、という事情もあったが、今後のことを考えれば中途半端な性能のものを入れて後で用途に困るより、使い続けられる車両の方が結果的に安上がり、という打算もあった。
ちなみに、路盤や設備の改修もそこそこに、蒸気機関車をディーゼル機関車や気動車にするだけで時間短縮になるのか、という話だが、答えはイエスである。
例えば、東京―大阪間を走った特急「つばめ」は蒸気機関車時代は8~9時間がその所要時間だったが、電化されて電気機関車けん引になっただけで7時間半に短縮されている。それが1960年を前に電車化されると7時間を切るようになった。
要するに、蒸気機関車というのはそれだけ「遅い」のである。
この「遅い」は勿論最高速度の話だけではなく、加速や登坂性能、石炭や水の補給も含んだトータルの運転速度の話である。
「いやぁ、あのまま解体かと思っていた車両が、海を渡って国鉄のフラッグシップトレインとは、感慨深いですなぁ」
もとの運用者である日本の東海地方をテリトリーにする旧国鉄系企業の幹部は、カラーリングの変わった車体を眺めながらしみじみと言っているが、その顔はどうみても仕事云々より鉄オタのそれである。
「あの素晴らしい前面展望が新型に受け継がれなかったのは残念ですなぁ・・・」
そんなことを言っているのは、その新型を製造しているメーカーの幹部である。
いくら仕様を決めるのはユーザーとはいえ、お前が言うなという話である。
「まぁ、この線も最終的には完全電化らしいですが、他の支線などもまだまだありますし、蒸気機関車が多数生きているうちにツアーでも組みたいものですね」
旅行会社の幹部が仕事の話をしているように見えて、その実、自前のカメラで写真を撮りまくっているところを見るとタダの鉄ちゃんである。
ちなみに、東海道・山陽線にあたる帝国縦貫線が改軌されたので、支線との直通運転が一時的に出来なくなっているが、その影響で元々使用されていた車両は全て支線に追いやられている。
一部車両は改軌の改造を行って支線の改軌後も使用が続けられることになっていたが、本線の電化が完了してディーゼル車両が転用されるまでの短い命であることは確定している。
「そういう意味では戦争なんぞさっさと終わってほしいものです。この辺はさしたる影響はないとはいえ、印象は良くないでしょうからなぁ」
戦争なんて自分たちには関係ない、という典型的日本人たちは暢気に鉄道談義に花を咲かせる一方で、アズガルドの政府、鉄道関係者は真剣であった。
「改軌だけで縦貫線の所要時間の大幅短縮。高速新線の建設には逆風か」
「どのみちまたすぐ線路容量がいっぱいです。新線建設は不可避ですよ」
今回の縦貫特急の導入は7編成のみである。
これは単純に、1編成10両で先頭車両をフラッグシップトレインらしい非貫通車体に限定した結果、それだけしかお下がり車両が確保できなかったためである。
まぁ、これでも貫通車体の先頭車両を中間車として使用していたりと、製造された車両をほぼ全て引き取って確保した結果である。
特急用気動車は電車に比べると数が少ないので、そう簡単に数がでてこないのである。
「日本からディーゼル機関車の導入で貨物列車の運航効率もあがりますし、都市近郊の電車も中古とはいえ我々から見れば高性能な日本のものに置き換えます。しばらくは持つでしょう」
「そうあってほしいな。今回の投資金額だってバカにならないんだから」
急ピッチで進めた改軌工事は工事そのものは勿論だが、資材調達でもかなりの無茶を押し通している上に、区間運休までして進めたので、すぐに容量いっぱいでパンク、では責任者のクビが飛ぶだけではすまない話なのである。
この後に運行管理システムも現代式に改める作業が待っているので、現場の地獄は続くのだが、線路の容量自体はまだもう少し増える。
「ディーゼル機関車のほうは新造で間もなく大量に納入されますから、貨物列車だけでなく客車列車にも使えるでしょう」
「・・・機関士と機関助士が大量失職するな」
「時代の流れでしょう。少し早まっただけですよ」
もともとアズガルドでも都市近郊の電化やガソリンやディーゼルの気動車、機関車の開発は少しずつだが進んでいた。
初期の内燃機関車は運転士の他に機関の面倒を見る機関士が必要な場合もあるとはいえ、少なくとも石炭を放り込む機関助士は必要ないわけで、電車は言わずもがなである。
となれば、機関士、機関助士は将来的に失職することがわかりきっているのだが、それで失職する本人たちが「はい、そうですか」と言うはずが無く、日本だとその辺りの労組が今も続く旧国鉄系のややこしい話のルーツになっていたりもする。
「高速自動車道建設の話も出ているし、高速新線の建設も急がねばならんが、それまでは縦貫線の高速化を進めるしか無かろう」
「日本の例を見るに、高速新線が出来れば長距離旅客輸送は高速新線に移行するから貨物輸送の容量も上がる。その辺りを強調して軍の支援も得られないだろうか」
鉄道全盛の時代だったので、勢いのあるアズガルド交通省の鉄道総局は次なる一手を見据えて動き始めるのだった。
新世界暦2年2月20日 アズガルド神聖帝国 帝都アガルダ郊外
アガルタ郊外にある縦貫線の途中駅の1つ。
今日が第一号になる新たな縦貫特急を一目見ようと、大勢の観衆が駅やその沿線に集まっていた。
長距離列車である縦貫特急は当然、アガルダ郊外に多数ある駅はこの駅も含めて軒並み通過なのだが、各所に大勢が押し掛けていた。
もともと、飛行機による旅など一部の特権階級、というか下手をしたら冒険旅行まであった時代にいた国なので、一般国民の「旅」といえば鉄道か船であり、それでもまだまだ長距離となると特別感があるのが大方の国民感情である。
そんな彼らが、本土を南北に端から端まで走る新たな特急に憧れを抱くのは自然なことであろう。
が、そんな喧噪とは無縁に、いつも通りの営業を続けるアガルダを地盤にする地方中堅銀行の支店があった。
その支店の前には、アガルダ中央工業が2年前に発売した最新のリムジンが止まっていた。
磨き上げられた黒いボディは、自家用車がほとんどない2年前であれば大衆の目を引いただろうが、日本から大量の自動車が(軍や官公庁がほとんどかっさらっているとはいえ)流入した現状では、「あっ、成金が調子乗って買ったけど買い替える余力は無いんだな・・・」程度にしか見られていない。
とはいえ、元々、企業幹部や政治家向けの高級車として企画されたわけだが、当然というか、なんというか、そういう車は全く異なる人たちにも愛用されることになるわけで、アズガルドにおいて、このシリーズは銀行強盗やギャングが多用することでも有名だった。
よって、一部の人間は、その車が銀行前に止まっているのを見て、銀行強盗を疑い、足早に離れたり、遠巻きに眺めたりしていた。
果たして、銀行の正面扉を荒々しく蹴り開けて現れたのは、短機関銃を持った覆面の男であり、それに続いた男は、大きなカバンと拳銃を持って同じく覆面を被っていた。
それを見た瞬間、遠巻きに眺めていた察しのいい何人かは、「あっ・・・」と言う感じで素早く物陰などに隠れた。
彼らはそのままリムジンに乗り込むと、荒々しいエキゾーストノートとタイヤのスキール音を残して急発進した。
このアガルタ中央工業のリムジンは先代から銀行強盗御用達だと一部で有名だったが、その理由は搭載しているエンジンと広い車内である。
アズガルドの市販車で最強の、8リッターV型16気筒OHVエンジンを搭載し、先代では160馬力、現行型では175馬力を公称しているので、追いかけてくるパトカーを馬力でぶっちぎれる上に、広い車内は武装を隠したり、人数を乗せるのに最適だからである。
なにより、「高級車」ゆえにエンジンは1台ずつチューンされており、他の車両の量産車が公称馬力を下回るのが当たり前な中で、公称馬力を最低保証することを売りにしていたのも犯罪者に人気の秘密だった。
行きがけの駄賃とばかりに、駅の雑踏警備に来ていたパトカーに銃撃を浴びせていったことで、周囲はあっというまに混乱に包まれた。
そもそも、従来の普及型車種で、公称90馬力で実際の量産車の馬力はもっと低いパトカーに追いかけられたところで、簡単に振り切れるはずなのだが、派手さが一種の勲章のようなところがある彼らは、無人のパトカーを見て穴だらけにしたほうが箔がつくと考えたのである。
ちなみに、地方中堅銀行を狙ったのは、強盗に手を焼いていたアズガルドの銀行は、次々に新しい警備システムをアメリカなどから導入しており、標的として難しい相手になりつつあるためである。
そこで、システムの導入の遅れている中堅以下の銀行にターゲットを絞った結果、警察署からの距離や規模などを考えてこの銀行が襲われていた。
この後、適当なところに車を隠して、着替えて終了。
強盗の成果は闇から闇へ、となるはずであった。
この強盗達にとって不幸だったのは、彼らを追跡する別のパトカーがいたことである。
日本の交通取り締まりはもちろん、無線警らのパトカーの基準にも満たない非力な車両ではあったものの、1.8リッター水平対向4気筒DOHCターボエンジンを搭載するSUV車両のルーフには回転灯の架装が施され、ボディ側面には「国家治安警察機構」の文字が入っていた。
地域ごとに管轄が決まっている地方警察の上部機関として、所轄に囚われずに活動するアズガルドにおけるFBIのような治安機関である。
気筒数で4分の1、排気量ではさらに小さいというパトカーだったが、日本から輸入されたその車両は、馬力で見ればわずかに上回っており、かつ足回りは電子制御の四輪駆動とオールシーズンタイヤが固めており、運転手が変速に気をとられることもないCVTである。
バカでかいボディをバカでかいエンジンと貧相なタイヤで振り回す1940年代の車が、2020年代の量産車に追い回されているのだから、その幕切れはあっけないものであった。
速度超過で交差点を曲がり切れなかった強盗の車が、建物に突っ込んだのである。
その後ろで、国家治安警察のパトカーは難なく停車する。
ABS様々である。
パトカーから降りてきた制服警官は防弾チョッキとアメリカ製の自動拳銃、散弾銃で武装しており、車から降りて逃げようとした強盗は、瞬く間に制圧されてしまった。
国家治安警察機構の装備充実がこれほど急激に進んだのは、アズガルドの警備システムや防犯意識がちょろいとみて、日英米から多数進出してきた犯罪組織に対抗する必要があったたためであり、日英米としても、資金の出どころをごまかすのが簡単なアズガルド国内で犯罪を行い、正規の手順を踏んで日英米に持ち込むことで「綺麗な金」を犯罪組織が得るのは大きな問題であり、警察能力の向上には各国とも協力的なためであった。
次も2週間くらいみといてもらえれば・・・




