火種は増えるよどこまでも
新世界暦2年2月18日 ロシア連邦ノヴァヤゼムリャ列島ロガチョヴォ飛行場
元の地球においては北極圏にある最北の空軍基地の1つ(北緯71度)であったロガチョヴォ飛行場は、従来ほど過酷な環境ではなくなり、普通に運用できるような気候になっていた。
もっとも、それはそれで、今度は地盤という問題が発生したが、一度解決してしまえばジェット燃料の凍結(氷点下50度前後)を心配しなければならなかった地球にあったときよりははるかに運用しやすい基地になっていた。
そんな過酷な場所になんで空軍が配備されていたのか、と言う話だが、アメリカからロシアに向かう最短ルートは北極上空を通過するルートなので、カナダがあるアメリカと違って、直接北極海に接しているロシアとしては、使える場所があって置けるなら防空部隊を置いておきたい、と考えるのは自然なことだろう。
それは転移後も変わらず、日米英の勢力圏と化している多島海のある東側に最も飛び出した位置の防空基地として、むしろ強化がはかられていた。
そういうわけなので、もともとMig-31を装備した部隊がローテーションで配備されており、ロシアにとっては有用な防空基地なので、24時間のアラート待機が行われている。
もっとも、実際にスクランブル発進が行われたことはなく、発進はもっぱら訓練に限られていた。
少し考えればわかるが、いくら北極上空を飛ぶのが米露間の最短ルートとはいっても、特に何の理由もないのにそんなルートで接近する米軍機がないからである。
北極上空で緊急事態に陥った場合、最寄りの飛行場にたどり着けなければどうなるか、ということを考えれば当たり前である。
あとは極地付近特有の問題(極点と磁極点のズレ、GPSのカバーできる衛星の数等)で航法装置に影響がでるので、わりと計器飛行が危険なのである。実際、過去にはそれが原因で発生した事故もある。
そんなわけで、極地だったころならともかく、そんな基地の環境が良くなったらどうなるか、と言う話である。
駐機場脇の格納庫横に置かれた椅子や弾薬箱に集まった軍人たちが、大きな笑い声を上げながら瓶を直接煽っていた。
さすがに機器冷却用のエタノールを飲んだりはしていないが、基地の風紀として感心出来る状態ではない。
が、そんな彼らも、突然鳴り響いた非常ベルのようなアラートに弾かれたように走り出した。
待機中だったパイロットも素早く機体に乗り込んでおり、チェックリストをこなしてエンジン始動準備にかかっている。
Mig-31BMが2機、スクランブル対応のために離陸したが、その2機が基地に帰還することは無かった。
新世界暦2年2月18日 アメリカ合衆国ワシントンD.C. ホワイトハウス
昨年の本土決戦のときよりもあるいは慌ただしいのではないかという状況のホワイトハウスにおいて、大統領執務室だけは静寂に包まれていた。
しかし、そこに集っているメンバーが今の状況がただ事ではないことを示していた。
「で、ロシアはこちらの言い分を聞く気があるのか?」
大統領が問いかけた相手は国務長官である。
「アメリカの先制攻撃でロガチョボ飛行場が破壊されたとの報道を繰り返しています」
「根拠は?」
「“他に出来そうな国が無い”からでしょうね」
面倒なことです。と国務長官は顔を顰める。
「戦略爆撃機ならグアムから空中給油無しでも届きますが、護衛の戦闘機は厳しいですね。ちなみに、該当する時間に飛行していた我が軍の戦闘機はありますが、爆撃機はありません」
「グアム配置の空母についても、攻撃可能圏内にはいなかったことを確認済みです。念のため」
うちじゃないよ、ということを強調する空軍長官と海軍長官。
多島海の西端になり、対中露の最前線になってしまったグアムの要塞化が著しいとはいえ、どちらかといえば、防衛と情報収集主体の消極的なものである。
これは単純に、昨年のアメリカにそれだけ余裕が無かったということの裏返しでもあるが、もともといた戦略爆撃機はそのままだし、新たに空母もローテーションで常時配置されるようにはなっている。
「周辺でいうと南米諸国もありますが、現状でわざわざロシアにちょっかいは出さないでしょう」
衛星写真の合成で作られた世界地図を見ながら国防長官が言う。
アフリカ大陸と南米大陸の間に陸地が出現しており、これが地続きで繋がってしまって、交戦が発生していることは衛星も含めた各種情報で判明している。
「となると」
そういってトン、と大統領は別の陸地を指差した。
「これか」
「おそらく敷島やアトランティスと同じ世界から来たんでしょうね」
全員がやれやれ、といった雰囲気を出している。
「で、ロシアの本音は?」
「本音では中国と交戦中で、ウクライナ方面も落ち着いたわけではないわけで、我が国と本気で事を構えようとはしないでしょうが、今回のことを我が国のせいにして適当に幕引きしたいようですね」
「それに我が国が乗ってやるとでも思ってるのか?」
呆れたように大統領がいうが、ロシア政府の考えもわからなくはない。
わけのわからない相手とここで本格交戦に至ったりすると、あとの収拾がつかなくなって戦線正面がさらに増えることになりかねないからである。
それならアメリカのせいにして、適当な報復措置でその後睨み合い、というシナリオの方が先が読みやすいからである。
すでにユーラシア大陸情勢自体が収拾ついていないような気もするが、きっと気のせいである。
「我が国はどうすべきかな?」
「正直、ロシアにかまっている暇はない、というのが実情ですが、ロシアがグアムに対して何らかの措置を取る可能性がある以上、無視も出来ないでしょう」
「ラストール・豪州方面を増強する必要がありますし、グアムにこれ以上の増援はあの島のキャパを考えてもムリです」
別にグアムへの戦力集積自体はまだまだ可能だが、そんなに集めて、そこに1発落ちたらどうするのか、という問題があるので現実的ではない。
「そもそも仮に我が国がロシアの思惑に乗ってやったとして、その不明国のロシアへの攻撃がこれでおわり、なんて保証はないんじゃないですか?」
「その通りだな。というかこっちにもとばっちりが来る可能性もあるし、いずれにせよグアムの警戒レベルを上げるか」
元の世界より遥かに戦線正面が多い状況にげんなりしながら、他の方面の状況も含めて会合は続くのであった。
新世界暦2年2月18日 ロシア連邦モスクワ クレムリン
「陸軍大将が交通事故で死亡しました」
「残念なことだな」
ちっとも残念ではなさそうに大統領は言うが、その机の上には件の陸軍大将が誰かと会って何かを渡している様子が写った写真やその大将の軍内のデータベースへのアクセス履歴が記されたファイルが散らばっていた。
「しかし、米軍のせいにして奴は何がしたかったんだ?」
「冷戦思考の遺物との評判もありましたから、未知の脅威や中国などよりアメリカのほうが脅威だとでも喧伝したかったのではないでしょうか。今となってはわかりませんが」
「だが、そのせいで面倒なことになっているのは事実だ」
なんでわざわざ敵を煽って増やすような真似をせねばならんのだと大統領は溜息を吐く。
「で、敵の正体はわかったか?」
「やはり例の増えた陸地から飛来した戦爆連合だったようです。ロガチョヴォが最初の攻撃を受けた後、再攻撃と思われる編隊は、武器の無制限使用を許可されていた防空部隊によって無力化しました。現在は敵の出撃基地攻撃のため、巡航ミサイル装備の戦略爆撃機を準備中です」
さらっと報復に物騒なものが準備されているが、大統領は特に気にも留めなかった。
「そんなことより、報道をどうするか」
「政府としての公式見解を出さないことには収まらないでしょうが、アメリカのせいではない、といって世論や軍の大多数が納得するかは別でしょうね」
ロガチョヴォが受けた攻撃について、ロシア政府は実は一度も公式見解を発表していないのである。
勝手に行われた無責任なリークによってアメリカの攻撃、ということになって各テレビ局が騒ぎ出したのが現在の状況である。
もっとも、そのリーク元は絶たれても、広まってしまった以上、あとは勝手に雪だるま式にどんどん勝手な情報が付け足されていくだろう。
「いずれにせよ、まずは中国に専念だ。アメリカとは水面下で接触しておけ。間違ってもこちらから手を出させるなよ」
わかりました、といって補佐官やなにかの長官が退室していくのを見届けて大統領は深く息を吐いた。
「この国に夢を見ている人間が多すぎる」
アメリカと覇権を争ったのは遥か昔。
今となってはそのころの遺産でなんとか食いつないでいるのが現実である。
ソ連崩壊によって失われた10年で全ては老朽化し、なんとか更新しようという努力も、広大な国土と膨大な冷戦の遺産の前には焼け石に水であり、大多数が冷戦時代のままなんとか維持されているというのが現実だった。
そんな国がウクライナ方面とシベリア方面で二正面になっていて、さらに未知の脅威まで現れたのに、それをアメリカのせいにしてアメリカとの対立軸をつくろうとする連中までいるのである。
「国土の広い縦深だけが救いだが・・・いつの時代も変わらぬロシアの統治者の味方か」
大統領はそういって一人嗤った。
次は1週間から2週間以内には・・・。




