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新世界暦2年2月12日 アズガルド神聖帝国本国東島 前線地域
所々に榴弾砲や迫撃砲の着弾痕がある以外は長閑な平原だが、その丘陵上に広がる森林には、その雰囲気に似つかわしくない存在が鎮座していた。
偽装網で周囲に同化してはいるものの、近寄ればそれが戦車であることは一目瞭然であった。
「敵さん、動きませんね。こっちも動いてませんけど」
「黙って見張りに集中しろ。双眼鏡から目を離すなバカタレ」
アトランティス側の戦線を監視するために配置されている74式戦車4輌の偵察小隊である。
「そうはいっても、いつになったらあいつらを追い出せるんですか」
さっさと侵略者共を海に追い落とせ、とばかりに装填手は不満を告げる。
「上もいろいろあるんだろ」
仕方ないだろ、と小隊長は応じるが、実際のところ攻勢が停止しているのは戦力集積の問題である。
現在、アズガルドでジェット戦闘機を運用可能な設備を持つのは、首都のアガルタ国際空港のみで、ここに米空軍、台湾空軍が1個戦闘飛行隊ずつと、アズガルドの臨時F-1飛行隊が展開している。
これ以上は物理的に収容できないうえ、都市部に近く、拡張もできないので、この2個半飛行隊が戦線におけるエアカバーの全てなのである。
日本やイギリスからの飛来機もあるとはいえ、距離を考えると即応は難しく、作戦計画に沿った支援くらいは可能、と言った感じである。
アメリカは別方面に空母を振っており、イギリスのほうは1隻が故障で緊急ドック入り、もう1隻は帰国中である。
「ま、海路遮断は行われてるみたいだし、ちかいうちに何か始まるだろ」
それまでは待つしかねぇんだよ、と小隊長は呟くのだった。
新世界暦2年2月12日 アズガルド神聖帝国本国東島・アトランティス中間海域
「推進音探知。既存のデータとは一致しません。アトランティスの船舶と判断します」
夜間なので照明の落とされている艦内で静かな声が響く。
「速いですね。スクリュー推進のようですが、30ノットを超えているのではないでしょうか」
「となると、軍艦か高速輸送船のどちらかか。まさかタンカーってことはあるまい」
艦長のつまらない冗談に小さく笑い声が漏れる。
ちなみに、当たり前だが船の速力はその必要性に応じて決まる。
一般的に民間船で足が速いのはコンテナ船や自動車運搬船などの完成工業品を運ぶ船である。逆にタンカーやバラ積み船などの原材料を運ぶ船は足が遅い。
理由は簡単で、例えば自動車の場合、販売するには特定の車種、仕様を輸送する必要があるが、逆に例えば原油の場合、今まさに中東で船積みされている原油も、東京湾で陸揚げされている原油も、「商品」としては差が無いから、迅速に輸送する必要がないためである。
「対水上戦闘、魚雷戦用意!」
「あ、待ってください、新たな推進音探知。深度50。水上の高速推進音に隠れるように2つ」
「ほお、敵さんも考えて来たな。ヤケクソとも言うが」
水上を航行する船舶は、潜水艦の他にも航空機からも狙われるが、潜水艦ならこの海域に対潜哨戒機や対潜ヘリがいないので、こちらの潜水艦さえ排除出来れば活動に制限がなくなる、とアトランティス側は考えたわけである。
まぁ、大した海図もないのに潜水艦を運用しだした時点ですでにヤケクソなわけだが。
「となると、水上船はおとりか」
「うかつにも大した確認をせずに攻撃していれば、それでこちらを探知して潜水艦が襲ってきた、というわけですね」
「まぁ、それをするには敵さんの潜水艦は水中雑音が大きすぎたな」
すでにこの海域にはアトランティス側の潜水艦が少なくとも2隻は沈んでいた。
「やるぞ。推測では相手も原子力潜水艦。相手にとって不足はない。対潜水艦戦闘、魚雷戦用意」
冷戦時においてすら過剰性能と言われ、その終結と建造費高騰によって扱い難い潜水艦となってしまった原子力潜水艦シーウルフは、その鬱憤を晴らすかのように性能を如何なく発揮して暴れまわっていた。
新世界暦2年2月12日 アズガルド神聖帝国本国東島・アトランティス中間海域 潜水艦「おうりゅう」
「またシーウルフですね」
「やっぱり広大な海域を哨戒するなら原潜のほうが有利だなぁ」
そうりゅう型潜水艦の中でも次世代艦への橋渡しも兼ねて、AIP機関を廃止してリチウムイオン電池を詰め込んだおうりゅうは、通常動力潜水艦としては従来と一線を画する水中行動能力を持っている。
しかし、それはあくでも「通常動力潜水艦として」の話であり、出港から入港まで潜りっぱなしでも問題ない原子力潜水艦のようにはいかない。
「そりゃ水中速力が違いますからねぇ」
「あれだけ対潜能力が低い相手なら水中雑音もなぁ・・・」
潜航中はバッテリーでモーターを回すだけの通常動力潜水艦と異なり、原子力潜水艦は原子炉で蒸気タービンを回しているのでどうやっても水中放射雑音は原潜のほうが大きくなる。
それでも、数々の努力によって現用の原子力潜水艦のタービン駆動音はかなり抑えられており、そのことによって発見される、というのは近距離の低速航行中でない限りは無いと言われている。
まぁ、それでも海域が限定され、水深も浅い沿岸海域では原潜は不利とされるわけだが。
「60~70年代のソナー相手なら原潜でも変わらんだろうし、あれに40ノットで走り回られると仕事が無いな」
「まぁ、その年代の工業製品ならアタリハズレがあるでしょうし、アタリの艦がいたりすると油断できないんじゃないですかね」
「アタリねぇ・・・」
デジタル処理が当たり前になってしまった今となっては、工業製品のアタリハズレなんてないように思えるが、一定の品質管理の下で作られた量産品のはずなのに、特定の車だけが何故か壊れまくったりする形で今も残っている。
「護衛艦たかつきのソナーがアタリでチート級だったとかいう話は聞いたなぁ」
「対抗部隊にたかつきがいると負けが確定とか言ってたみたいですねぇ」
いつの話だよ、というところだが、60年代に竣工したたかつき型護衛艦が2000年代まで現役だったので、軍艦というか船というのは長持ちである。
「まぁ、とはいえシーウルフ1隻で漏れなく哨戒できるわけもない。機会を待つか」
そう言ってシュノーケル充電のスケジュールも考えながらおうりゅうは哨戒行動を続けたのだった。
新世界暦2年2月12日 アズガルド神聖帝国帝都アガルタ 陸軍参謀本部
本国東島の戦線の当事者であるアズガルド神聖帝国陸軍の中枢は、あらゆる部署が多忙を極めていた。
それは勿論、調達関連部署もであるが、その会議に陸軍重鎮はおろか、政府関係者まで参加した会議が行われていた。
「えー、ここまでの交戦における我が軍の損害を主要装備に限りますと、74式戦車25輌、旧式戦車38輌、輸送車両21台となっています」
「旧式戦車が意外と少ないな?」
アズガルドが元々持っていた戦車は全て「旧式戦車」とまとめて集計されてしまっているあたりに軍中枢での扱いが見えてくるが、能力的に「戦車」として同列に扱えないのだから仕方ない。
「戦線正面は全て74式戦車を使用していますので、後方での残敵掃討の歩兵支援での損害、と考えますと・・・」
「やはり更新は急務か・・・」
なんせ発煙弾の発射装置もついていないのだから、対戦車ミサイルに狙われれば、外してくれることを祈るしかないのである。
「しかし、74式戦車は日本から退役車両を購入した都合で、これ以上の調達が見込めません」
「うぅむ・・・」
つまり、損害の補填が出来ないということである。
「アメリカから購入予定のM1戦車は重量60トンで、台湾とシンガポールが持ち込んだ戦車と同じ重量級です・・・」
「あの苦労を見てるとなぁ・・・」
台湾陸軍とシンガポール陸軍が展開するにあたり、道路交通、特に橋梁部において多大な苦労があったのである。
というか、場所によってはわざわざ戦車橋をかけたのである。
そしてこの後の攻勢は山岳地域に入るので、実質的に展開不能だろうと考えられていた。
ちなみに、敵戦車が少なかったのも、山越え区間の問題だったようである。
「もっと軽い装甲車や軽戦車を導入する必要があるな」
「日本が採用している最新の10式戦車は40t程度と軽量なようです」
「それ買えないのか?」
「日本との交渉次第ではないでしょうか」
どうにも戦車第一主義なところがあるアズガルド陸軍だが、揃えなければならない装備はまだまだあるのである。
「それと、ドラスト大陸と本島で共通して使える車両として日本から16式機動戦闘車の提案がありました」
16式機動戦闘車の資料が配布され、説明が行われる。
「ふーむ、自走で機動展開できるのは便利だな」
「その利便性を考えれば多少の装甲低下は許容できるか・・・」
乗ってる人間からしたら装甲は厚ければ厚いほどいいに決まっているが、ここにいる人間が乗ることはないので運用上のメリットが強調される。
「本土防衛能力の強化のためにも導入する方向で話を進めよう」
「しかし、対空兵器も優先せねばなるまい。予算は有限だぞ」
そもそも今の戦争に勝てないと取らぬ狸の、になるのだがその辺を意識しているのかいないのか、奪還作戦に向けた準備も兼ねた会議は続くのだった。
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