喧嘩を売ってはいけない相手
世界暦2年1月29日 ホリアセ・ユデール国境山岳地帯
ホリアセとユデールは国境を接した地続きの国である。
そんな2ヶ国が大した衝突もなく、すんなり同盟関係になれたのか、というと陸地の国境線は基本的に山岳地帯だからである。
しかし、欧州のアルプスほど険しいわけでもなく、2000~4000m程度の山々が連なっており、2000m級の山地を狙って陸路も整備されてはいる。
されているのだが、往来を考えた場合に間違いなくボトルネックであり、かといっていまだ山脈を貫くトンネルを掘るほどの土木技術もないので、双方の往来の主力はあくまでも海路である。
大陸内陸なのでさほどの降水はないといえ、時期によっては積雪もあったので陸路で気軽に攻めたり攻められたりということが無く、お互いの国民感情がほぼニュートラルだった、というのが同盟関係がスムーズにいった理由である。
まぁ、ユデールの自由奔放な振る舞いにホリアセが振り回されているだけ、とも言えるが。
「なんか一昨日あたりからあっちから来るトラックがいませんね。行ったのも行ったきりで帰ってきませんし」
気の抜けた暇そうな態度を隠そうともせずにホリアセの警備兵が言った。
一応、国境にはホリアセ、ユデール双方が検問所を設置しており、入出国の管理を行っている。
とはいえ、別に領土問題があるわけでも無し、実際には禁制品の流通阻止や犯罪者の密出国阻止、密輸阻止が主任務とされているにも拘らず、所属は普通の陸軍なのだから、だらけないほうがおかしい。
首都の権力闘争も、こんな地方ではなんの影響ももたらさない。
「どうせ向こうの道で雪崩か土砂崩れでもあったんだろ。たまにある話だ」
別に珍しくもない、と軍曹は煙草を吹かしながらどうでもよさそうに告げる。
「数日で道が復旧したら溜まってた分が一気に押し寄せてくるんだ。覚悟しとけよ」
「えー」
海路に比べれば、鉄道も通っていないこの山岳ルートを経由する貿易量なんてたかだかしれているのだが、それでも麓まで鉄道で運んで、山越えだけトラック、というルートがあるので、通行台数にすればそこそこになる。
「ん、来たか?」
ホリアセ側から響いてくるエンジン音に、トラックの車列が向かってきたかと軍曹は煙草をもみ消す。
「・・・なんかエンジン音違くないですか?」
聞き慣れたトラックとは異なるエンジン音に警備兵は首を傾げる。
心なしか地響きも聞こえるような気がする。
「なんだアレは・・・」
そんな彼らの前に現れたのは、見たこともない重戦車だった。
そして、その戦車は視界に入ってすぐに停車した。
「なんだ・・・?」
謎の重戦車の砲塔が動き、主砲が警備兵の詰め所を向く。
「伏せろ!」
軍曹のその叫び声と共に詰め所が吹き飛ぶ。
「ユデールのバカ共、とうとうワインの飲み過ぎでトチ狂いやがった!」
彼らには知る由もないことだが、この日、ユデール王国はホリアセ共和国との相互防衛条約を含む全ての防衛協定を破棄、スペイン・イタリア連合軍を先鋒にホリアセ共和国へと雪崩れ込んだ。
新世界暦2年1月30日 ホリアセ共和国 首都プル上空
『楽な仕事だな。行ってボタン押して帰るだけだ』
『無駄口を叩くな。任務中だぞ』
飛行している2機はグレー塗装の米空軍F-16Cであり、セントール空軍基地を発進して空中給油で足を延ばしているのである。
『返礼品の配達だよ』
『投下』
彼らが飛んできた理由は、先日のセントール基地に対する武装工作員襲撃の返礼である。
『任務完了。帰投する』
帰投しようとする機内に突如警報が鳴り響く。
《警報!高速で接近する機体を探知!》
空域警戒を行うE-3から警報が伝えられる。
《こちらはスペイン空軍である。本空域は我が軍により飛行禁止空域に設定されている。所属を明らかにし、直ちに退去せよ。さもなくば撃墜する》
続いて聞こえてきた国際緊急周波数の無線に、思わず横を飛ぶ僚機と顔を見合わせる。
『こちらはアメリカ空軍所属の作戦機である。任務飛行中であり、妨害するというのなら敵対行動と見做す』
《・・・》
アメリカ空軍からの返答に、沈黙が満ちる。
《貴機の任務成功を祈る。幸運を》
『日和りやがった』
『日和ったな』
《スペイン空軍機の離脱を確認。状況については報告しておく。作戦通り、そのまま帰投せよ》
更なる面倒事の予感を感じながら、2機のF-16Cはセントール空軍基地への帰路に就いたのだった。
新世界暦2年1月30日 ホリアセ共和国 首都プル 政府中枢地下退避壕
昨年の米軍による報復以降、しょっちゅう爆撃を受けるようになってしまった結果、ホリアセの政府中枢はすでに地下の退避壕へとその機能の大半を移していた。
今日も地響きがどこかの庁舎が破壊されたことを知らせている。
「情報部本部庁舎と連絡調整本部が破壊されました」
「・・・そうか」
昨年から首都であるプルを襲っている爆撃が、ドラスト大陸のアズガルド領に対する攻撃の報復であることは明らかだった。
何かこちらが仕掛けるたびに、関係する庁舎が正確に吹き飛ばされていたのだから気付かない方がどうかしている。
最初に吹き飛ばされたのは国防部関係、続いて外交部や総裁部も吹き飛ばされたのだが、今回吹き飛ばされたのは自らが率いる情報部だということで、情報部長は苦虫を噛み潰した顔をする。
「ということは、セントール基地に対する工作が何らかの形で露見した、ということだな」
「そう考えるのが自然でしょう」
また失敗か、と転移後に碌な情報が入ってこなくなった対アズガルド諜報網に対する失望をさらに大きくする。
「ユデールからの情報も気がかりです」
「電信が全て切断されたのだから確定だろうよ。連中が何を考えているのかまではわからんが・・・とうとう脳みそまでパスタになったかな」
ふん、情報部長は鼻で嗤う。
ユデール国内でホリアセに対する戦争準備と見られる兆候が見られるとの情報が複数のラインから上がってきていたのである。
一部ではすでにユデールが国境を越えたとの情報もあるが、国内指揮系統はおろか、首都内の情報網すらズタボロの状況ではまるで中世並の伝達速度でしか正確な情報は集まらなかった。
「軍の腑抜け共も、さすがにユデールに後れを取ることはない・・・と信じたいが」
一抹の不安を感じながら、情報部長は政争のための情報へと意識を移してしまったのだった。
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