上陸後の撤退は難しい
新世界暦2年1月25日 中華人民共和国 杭州湾沿岸 神聖ゲルマニア連合共和国上陸軍団司令部
多大な犠牲は払ったものの、中国本土上陸に成功した神聖ゲルマニア共和国上陸軍は杭州湾沿岸に展開し、内陸への侵攻機会を窺っていた。
もっとも、上陸までの損害と現在も続行中の航空戦や海戦の状況を鑑み、一時撤退論も本国では出ており、状況は非常に流動的である。
「B9地区で第15機甲偵察大隊が敵の斥候部隊と交戦しました」
「またか・・・」
報告を聞いた作戦参謀が地図に印を書き入れる。
「敵の威力偵察も何度か来ています。敵勢力は本国の予想ほど弱体化していないのでは?」
「そもそも敵の総兵力が不明なのだから最初からそんなもの当てにしていない」
憮然とした表情で軍団長は参謀に言葉を返す。
「制空権だってハウニヴが出撃できるときに取れているだけで、それもここのところのハードワークが祟って稼働率が落ちてきている。潮時だろ」
「本国よりも先にこちらが撤退を進言すると!?」
「そもそも準備不足なんだよ。損害も大きいし、兵站も維持できない、制空権も怪しいとなれば出直すべきだろう」
軍団長の言葉に、司令部内を静寂が包む。
「海軍も空軍も、現状でこれ以上の戦力をこの方面に投入できない以上、状況が好転する見込みはない。敵の情報だけ集めて撤退できるうちに撤退する。この方向で海軍と調整しろ」
「わかりました」
トップが言うならそれに逆らう理由はないとばかりに、司令部は撤退に向けて動き出す。
そもそも、上陸した時点で戦力の3分の1が海の底である。
普通に考えれば海軍の護衛がマズかった、という話になるが、敵が常識外れの物量で押してきたのを見ているので、司令部の人間は誰もそこは責めなかった。
「ここの連中以外の脅威も確認されているようだし、あまりここにばかり関わってもおれまい」
「増援が望めない以上は止むをえませんか・・・」
海を挟んだ撤退戦、というのは大抵悲惨な結果になるので、そうなる前に先に引いてしまおう。という目論見ではあるが、その最終判断は本国であり、無事に撤退できるのか、泥沼の逐次投入になるのかはまだ誰にもわからなかった。
新世界暦2年1月25日 中華人民共和国 北京 中南海
「上海の敵を海に叩き落とす準備は進んでいるんだろうな?」
やってないならどうなるかわかってるだろうな?と暗に仄めかしながら国家主席が尋ねる。
「・・・準備は進んでいるのですが、上海から外に向かう道路が避難民に占有されていて、主力部隊が攻勢準備地点まで向かえません」
「クソが。外出禁止令は出しているだろうが」
そもそもの原因は住民に何も知らせず、(一部の例外を除いて)一切住民を避難させず、あげくいざ敵の爆撃が本格化すると外出禁止令を出すとかいう住民から見ればクソみたいな対応の結果なのだが、彼らには(本人たち曰く)一切関係ない話である。
まぁ、現実問題として上海市民を避難させたとして、どこに収容するのか、という問題があるので結局のところ避難させても放置されることになるのは目に見えているのだが。
「敵に与えた損害を考慮すると、補給を維持できるとは思えませんので放っておいても敵が撤退する可能性もありますが」
「それでも勝手に帰ったのと、地上軍が叩いてから帰ったのでは印象が違うだろうが」
実際に体験している上海の住民にごまかしは利かないが、それ以外の地域には徹底した報道統制を行っているので、適当にごまかせるのである。
ちなみに、中国国内のインターネットはもともと海外とは切り離されている上、通信の秘密なんて存在しない国なので、今は上海やその周辺の地名を含んだ投稿は全てSNSも含めて投稿段階で削除されている。
「とはいえ、避難民を踏みつぶしていくわけにもいきませんし」
「ムリなのか?」
戦車なんだから人くらい踏みつぶしていけるだろ、と平気な顔をしていう国家主席に、周りはドン引きした顔をしている。
「現実問題として1人、2人ならともかく、道を埋め尽くすほどの人を踏みつぶして行くなんて不可能ですよ」
潰した人間の血と脂でスタックしてしまううえ、道を埋め尽くすほどの人、となるとその重量と圧も馬鹿にはできないのである。
「敵のUFO型の出撃頻度も減っていますし、航空攻撃は続けさせますので、敵の撤退までに地上戦力が間に合うかどうかは別にして、戦果拡大は可能でしょう」
だから無茶言うんじゃねぇよ、と暗に込めて国防部長は報告を打ち切ったのだった。
新世界暦2年1月25日 ロシア連邦 モスクワ クレムリン
「中国は完全に神聖ゲルマニアとかいう国にお熱か」
「そのようですね」
大統領は報告書を見ながらふふ、と満足気にほほ笑む。
「なら少しはウクライナに回せるか」
「戦況をひっくり返せるほどの戦力は無理でしょう」
ウクライナは優勢な航空戦力で押し返した後、地上戦力で一気に押し切る、という作戦だったのが独仏の地対空ミサイルや作戦機の展開で完全に膠着しており、クリミア半島と東ドネツクはほぼ失陥したと言っていい状況であった。まぁ、本来の国境線に戻っただけとも言えるのだが。
ウクライナも地上戦力だけはそこらの国を簡単に蹴散らせるほどあるので、この戦況をひっくり返すほどの戦力を中国・新大陸方面から抽出すれば、中国が手を出してきた場合の対応は間違いなく後手になるし、そうなる可能性も俄然高くなる。
「・・・それなら現状維持のほうがマシか」
「神聖ゲルマニアと接触できればあるいは、といったところですが」
「そっちはそっちで進めさせているから、いつでも移動させられるように準備だけはしておけ」
こともなげに大統領は言うが、「移動させる準備」もどの程度すればいいのか、そもそもゲルマニアと外交交渉が成立する可能性はあるのか、何もかもわからないので現場に指示を出す方はたまったものではない。
「実際、ゲルマニアとかいう国は使えそうなんですか?」
「上海に強襲上陸まで仕掛けたんだ。戦力としては十分だろ。なぜかドイツ語を使ってるみたいだから会話もできるだろ」
接触の準備は多方面に進めてるからどうにかなるだろ、という大統領。
「別に必ずしも味方に付ける必要も無いんだよ。中国を刺激し続けてさえくれればそれでいいんだからな」
中国と停戦、なんて方向にさえ持って行かせなければそれでいいんだよ、とろくでもないことを言う大統領だった。
新世界暦2年1月25日 神聖ゲルマニア連合共和国 首都グロースライヒ 総統執務室
宮殿のような総統官邸で齢80を超える総統が執務を行っているが、さすがに分厚い書類全てに目を通すようなことはせず、重要な書類数枚だけ見て次々に署名していく。
それでも、何か不正や総統にとって不利益があるような報告書だけはなぜか狙いすましたように全てに目を通してダメだししてくるので、総統はエスパーだと閣僚の間では囁かれていた。
もっとも、80を超えた今でも50代と言われれば納得してしまうような容姿と精力的な姿は、それだけで十分に妖怪染みているのだが。
「ほう、接触してきた国があると」
「はい。ロシア連邦を名乗る国で、不遜にも我が国に挑戦してきた国の隣の国とのことです」
「ふむ・・・隣国ということは仲が悪いのだろうな」
「そのようで・・・」
隣国=仲が悪いというのもどうかと思うが、実際問題として隣接していると歴史的経緯から領土問題やらなんやらで揉めやすいのも事実であり、仲が良いケースは稀である。
「まぁ、きちんと礼節に則って接触してきたのなら無碍に追い返す必要もあるまい。世界の全てと戦争するわけにもいかんしな」
ははは、と総統は笑うがその目は笑っていない。
「情報も得られるだろうし、そのあたりは実務者に任せる。報告だけは上げさせるように」
「かしこまりました」
それだけ言うと、総統はまた別の書類に目を落としたのだった。
次も一週間以内に




