上海の攻防あれこれ
新世界暦2年1月22日 中華人民共和国 上海上空
人民解放軍の小型無人機による攻撃で神聖ゲルマニア連合共和国の上陸第一波は大失敗に終わったが、当然それで「はいそうですか」と引き上げるような国はどこの世界にもないわけで、再度の航空攻撃が行われようとしていた。
《敵は小型無人機による攻撃を行ったと見られる。艦隊からの情報では、レーダーに映らないほどの小型機とのことだが、大きさを考慮すれば航続距離自体は短いと推察される。よって、上陸予定地点を中心に、絨毯爆撃を行う。10分後にハウニヴ、20分後に爆撃編隊が進入する。露払いを行え》
現在上海上空を飛行しているのは神聖ゲルマニア連合海軍第4艦隊の空母航空隊である。
ハウニヴのような非常識な機体はないが、もとの世界では破格の性能を誇ったフェンリル192を主力とする制空部隊であり、地球で言うと初期の第四世代機程度の性能なので、飛行性能では地球の現用機と差は無い。
《露払い・・・と言われてもなぁ》
そう言って編隊長はレーダースコープに視線を移すが
《何もない》
《綺麗なもんです》
これまでは常に迎撃に来ていた敵機が影も形もないのである。
《空中警戒機に問い合わせますか?》
《探知してるなら言ってくるだろ。つまりほんとに何もいないってことだ》
一応、初歩的なデータリンクは存在しているが、地図上に様々な情報が表示されるような地球のものには遠く及ばず、せいぜい敵機の位置情報を知らせてくれる程度の物であり、音声交信の補助的なものに過ぎない。
そして、上陸部隊が攻撃を受けて甚大な被害を受けた以上、敵が防衛を諦めた、というのも有り得ない。
《不気味だな》
《ハウニヴに恐れを為して隠れてるんだろ》
《我々に、じゃないのが癪だがな》
ハウニヴが出ていないときの空戦は明らかにゲルマニア不利で推移しており、敵がハウニヴのいない現状の編隊を恐れて隠れている、というのも考え難い。
不気味なほど平穏な空に、ゲルマニア機のエンジン音のみが響いていた。
新世界暦2年1月22日 中華人民共和国 安徽省安慶市 安慶空軍基地
上海防衛のための前線司令部とされた安慶空軍基地は、上海から内陸に500キロほど入った場所にある。
上海にも空軍基地はあるのに、そこに置かないのは後方で落ち着いて指揮を執るため、という建前であるが、民間人の避難を一切行っていない現状では逃げているようにしか見えない。
「そろそろか?」
「とはいえ、やはり例の円盤機が探知されましたからどこまで通用するか」
「むしろ好都合だろ。試せることは全て試して弱点を探らんとな」
市民の保護なんて何も考えていない彼らの関心事は、どうやって例の円盤機を無力化するかである。
「しかし、やはり敵はステルス機への対処が遅れているようだな」
実際、敵機が侵入しているのに空域を完全に空ける、なんてことはなくJ-20が10機ほど周辺空域で警戒にあたっていた。
手出ししていないのは、作戦発動までは敵機が上海上空から内陸に入らない限り監視のみ、という命令故である。
「円盤機と思われる高速機が空域に入ります」
「少しは連中の鼻を明かせると良いがな」
期待しているようないないような、そんなニュアンスの言葉と共に作戦は開始された。
新世界暦2年1月22日 中華人民共和国 上海港湾地区
ゲルマニアの攻撃により、まるで廃墟のようになってしまった港湾地区には、多数の海上輸送用の貨物コンテナが放置されていた。
その多くが爆風を受けたのか、横倒しになったり損傷したりと、無事なもののほうが少ないが、そこに不自然に綺麗な、まるでおろしたての新品のようなコンテナがいくつも置かれている。
もっとも、遠目には広範囲に乱雑に配置され、それほど違和感を感じないようには配慮されていた。
そんなコンテナの全てで、突然天面が開いたかと思うと、中からカタパルトが伸びた。
そして、ロケットに点火した盛大な白煙と共に航空機としては小型な機体が勢いよく飛び出していく。
上空を飛行していたゲルマニア機は、地上から何かが打ち上げられたのは確認したものの、ロケットブースターが燃焼終了と共に切り離されると、有人機よりも一回り以上小さい機体を見失ってしまう。
当然、直ちにレーダーによる索敵に切り替えるが、レーダーは何も反応しない。
《空中警戒機に問い合わせろ!》
《返答変わらず!空域はクリア、とのこと!》
航空機としては小さい戦闘機よりもさらに小さい上に、ステルス性に考慮した設計が為されているため、ゲルマニア側のレーダーでは探知出来ないのである。
中国が暗剣2と名付けた無人戦闘機は、その能力を如何なく発揮し、ゲルマニアを攪乱する。
ハウニヴがいくら優れた機体であろうと、そもそも敵を探知できないのなら攻撃不可能である。
瞬く間にフェンリル192は上海上空から駆逐されてしまう。
勿論、バリア持ちのハウニヴがやられることはないし、全速で飛べばミサイルを振り切るのも簡単なチート機体である。
しかし、暗剣2はハウニヴを撃墜することは出来ず、ハウニヴは暗剣2を見つけられない。
ただの泥仕合のようにしか見えないが、ハウニヴはたまに視界に入る暗剣2を追いかけるために大きく減速している。
もっとも、無人機である暗剣は有人機では制御不能な機動で追尾を逃れるので、ハウニヴが翻弄されているように見えなくもない。
速度が落ちているハウニヴに、上海外縁部にいるJ-20が何発かBVRミサイルを命中させるが、全て障壁に阻まれてダメージを与えていない。
ハウニヴもそれによって遠方の敵を認識はしたものの、レーダーで探知できないのでとりあえず見えている暗剣2を追いかけまわす以外は諦めたようであった。
互いに決定打は無く、特に変化もないまま時間だけが経過していくのだった。
新世界暦2年1月22日 中華人民共和国 安徽省安慶市 安慶空軍基地
「やはりステルス機は見つけられないようだな」
戦況を見ていた少将は告げる。
「となれば、問題はどうやってあのバケモノを墜とすかだが・・・」
どうしたものか、と頭を悩ませるが、すぐに分かれば苦労はない。
「あれは有人機でしょう?中の人間をどうにかできればいいのでは?」
「どうにかって、どうするんだ?」
それがわかれば苦労はねぇんだよ、といった空気だが、それを考えるのが彼らの仕事である。
「強力なマイクロ波でも照射してみますか?」
「試せるものは試すべきだろうな。いっそ放射線も当ててみるか?」
致死量の放射線なんてどうやって出すんだよ、しかも上海上空で、という冷たい視線を受けても少将はどこ吹く風である。
「あれが直接外を見ているのかはわかりませんが、視力を奪う方法も試してみるべきでしょう。それが有効なら一番手っ取り早いし簡単です」
「全員サングラスをかけてたら難しいぞ」
少将のくだらない一言に、小さな笑いが起こる。
とはいえ、戦闘機パイロットが濃い色のバイザーをつけている、というのは十分に考えられる話である。
「とりあえず今は集められるだけの情報を集めて、アレを消耗させろ。航続距離がどの程度かもわからんが、人が乗っている以上は無限ではあるまい」
続けて少将は告げる。
「アレの帰投が確認でき次第、敵艦隊を攻撃する。これまでの傾向からして大して数もないし、常時上海近辺に貼り付けておくこともできまい?」
今はそれが本命だと、少将は告げ、攻撃部隊に準備を命じるのだった。
次も1週間以内に




