海中の狩人
新世界暦2年1月19日 アズガルド神聖帝国本国東島 アトランティス帝国外征軍団司令部 空中要塞「クリティアス」
司令部の内部は、部屋に入っただけでイライラした空気を感じてしまうほど殺気立っていた。
「これだけの損害を出して、1日かけて前進したのがたったの2キロだと!?地上部隊は何をしているのだ!?」
空中要塞司令兼外征軍団長は机を叩きつけて怒りを露わにする。
「制空権は確保しているのだろう?」
「当然です。空軍はきっちり仕事をしています」
話を振られた航空団長はそう返すが、大嘘である。
確かに、戦闘地域上空をアトランティス空軍の作戦機が飛行はしている。
しかし、視程外ミサイルと地対空ミサイルによって少なくない損害を出しており、地上支援が出来るような状態か、といえば損害を承知で上空に居座って、敵の攻撃機が近付けないように威嚇するだけで精一杯である。
「飛行要塞を前に出して地上支援を行うか」
進まない戦線に司令は焦れたようにそういうが、幕僚たちは賛成も反対もできない微妙な表情である。
確かにバカでかい割に防御も硬い飛行要塞を前に出せば、その搭載している航空機用爆弾を文字通りばら撒けば敵の戦線は崩壊するだろう。
しかし、逆に言えば、外征軍の最重要拠点である空中要塞を最前線に押し出す、というのは、―例え絶対大丈夫だという自信があっても―心情的に躊躇われた。
「まもなく第二機甲軍団が戦線に到着します。敵の数は不明ですが、火点の数はさほど多くないとの報告です。戦線に投入すれば押し切れるでしょう」
敵の防衛拠点を潰すには攻撃側は三倍の戦力が必要というのは、どこの世界も変わらない。
まぁ、それをひっくり返す曲射火力や航空戦力が出現して以降は、必ずしもそうでもなくなったが、純粋に直射火力だけで殴り合うなら今も有効である。
「ならさっさと押し切れ。本国はそれほど悠長に待ってはくれんぞ」
後方になればなるほど現場と乖離するのも世界共通なので、大兵力を投入しているのに1日で2キロしか進んでいない、というのは、さすがに1日だけならともかく、何日も続けば司令以下、幕僚たちの首も寒くなってくるというものである。
「しかし、これだけの戦力がどこから湧いてきたのでしょうね。以前の交戦とはまるで別勢力です」
なんか複数国が敷島大公国の仲介で最後通告にきた、なんて話は本国からここまでまわってきていないので、彼らは相変わらずレシプロ機を現役で使っているような後進国と戦っていると思っていたのである。
「旧式兵器をとりあえず置いているだけの辺境だったのだろう。そういう意味では敵を少し甘く見過ぎだったな」
さして気にした風もなく司令は言う。
これから地上部隊主力が戦線に投入されるのだから、簡単に片がつく。
そんな感情が端々に感じられる言葉だった。
新世界暦2年1月20日 日本国 在日米軍横田基地 日米共同統合作戦調整センター
「天候不順に機関不調とはずいぶんとケチがつきましたな」
戦争に不測の事態は付き物とはいえ、それが我が方に降りかかることほど面倒なこともない、と言った感じでアメリカ空軍第5空軍司令は苦々しく言った。
「現地のインフラが限られている以上、戦力的な不利は致し方ないでしょう。それに、文字通りの空飛ぶ基地なんて便利なものがある敵のほうが戦力集積は有利ですしね」
シンガポール陸軍の第3師団長は仕方ない、といった感じで言っているが、その顔は険しい。
なんせ、現在敵の攻勢を受けている場所はシンガポール陸軍の担任地域なのだから表情が険しいのは当たり前である。
本来なら日米間の合同作戦司令部として機能する場所なのだが、アズガルドにおけるAPTOの軍事作戦司令部として今は運用されている部屋には、関係各国から将官が派遣されていた。
「敵の地上戦力主力は第二世代相当と思われる戦車450輌。なかなかバカげた物量じゃないか。航空戦力無しでは抑えきれんぞ」
台湾陸軍第8軍団長は映像を見ながら呆れたように声を出す。
映像は空自のRQ-4Bが伝送しているリアルタイムのものだが、そこにはシンガポール軍が機動防御で戦線を維持しつつも、全体としては物量に押されている様子が映っている。
「まぁ、ようやく準備が整ったわけだし、連中が調子に乗れるのもせいぜいもう数日だけだ」
部屋で一番偉そうにしているのは地味に航空自衛官だが、彼は航空幕僚長なのでこの部屋にいる人間では一番階級が上である。
「横須賀と市ヶ谷から連絡です。準備が整ったとのことです」
航空幕僚長に自衛官が耳打ちする。
「こっちも準備できたそうだ」
ホットラインの赤い受話器を耳に当てたままイギリス空軍の第1航空団長が声を上げる。
「じゃあ、始めますか」
アメリカ空軍第5空軍司令は会食でも始めようか、という気軽さで言ったものの、それはアズガルドに侵攻したアトランティスに致命的な打撃を与える作戦の始まりの合図であった。
新世界暦2年1月20日 アズガルド・アトランティス中間海域 水深30m 潜水艦「おうりゅう」
「作戦開始の命令を受信しました」
えびの送信所から送られてきた超長波通信を確認した通信士が艦長に告げる。
超長波通信のメリットは、海中にいても40mくらいまでなら受信可能なことである。
デメリットは送受信に必要なアンテナの長さがバカみたいに長くなることだが。
米海軍は潜水艦通信のためだけに長さ8000m近いアンテナを垂らす専用機を保有しているが、別に世界中で活動する必要のない海自は陸上の通信所だけである。
あと、別に通信ブイや通信マストを海上や海面付近に出せば超長波でなくても通信できるので、超長波通信が必要な場面は本当に限られていたりする。
そう、例えば今のように、敵船団を前にして海上に何も出せない場合のように。
「敵船団、速度、針路、ともに依然変わらず」
「魚雷発射管、1番から6番まで全て発射態勢」
船団に対する誘導魚雷全門斉射、という前代未聞の攻撃に艦内の緊張は高まる。
「しかし、新たに出現した陸地の周囲以外は海底地形が変わってなくて助かったな」
艦長は誰に言うでもなくぽつりと独り言ちる。
ここまでせっかく一年かけてようやく潜水艦の運用が出来る程度の海図が出来上がったかと思ったら、新たな陸地の出現に再び出港禁止、なんてことになりかけたのだが、実際には新たに出現した陸地の周囲以外に変化は無さそう、ということがわかったので今回の出撃となったのである。
彼らの任務はもちろん敵補給路の破壊。
敵が空中要塞で本土との間の輸送を行っていれば潜水艦の出番は無かったのだが、空中要塞はアズガルドの占領地域に居座って、航空基地として運用されているらしく、大多数の物資、兵力は海路に頼っているらしいことはすでにわかっていた。
無視できない量の輸送機が敵の本土と空中要塞を往復してはいたが、それでも船舶の輸送量から考えれば大したことが無いのは事実である。
よって、海上補給路の遮断は、敵の継戦能力をそぐ上でも、重要な作戦である。
現在その任務についているのは、海上自衛隊の潜水艦が3隻。
あとから英海軍と米海軍の原潜が1隻ずつ加わる予定になっているが、初撃は海自のみで行われることになっていた。
英米潜水艦は巡航ミサイルを搭載しているので、別の仕事があるのである。
「酷いようだが、先に手を出したのはそちらだ。悪く思うなよ」
艦長は再び小さな声で独り言ちる。
「魚雷、1番から6番まで順次発射。事前に設定した目標を撃沈せよ」
アトランティス海軍関係者を恐怖に陥れることになる海自潜水艦隊による最初の船団攻撃は、3隻からの18発で9隻撃沈、6隻大破うち4隻航行不能という大戦果によって始まったのだった。
今年の更新は今回が最終になります。
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