わからないものは危険視しても、そもそも知らないものは危険視できない
新世界暦2年1月15日 ラストール・アメリカ中間海域 アメリカ海軍 第二艦隊
アメリカから見ると、元々の管轄で北西大西洋になるから第二艦隊の管轄でいいんじゃね?という理由で管轄になった第二艦隊司令官は、空母ジョージ・H・W・ブッシュの司令室で頭を抱えていた。
「・・・いやほんとどうしろと?」
未知の陸地の調査に乗り出してから二週間近い時間が過ぎようとしていた。
未知の艦隊との睨み合いになってからは一週間が経過している。
この状況でホワイトハウスからの指示は、あくまでも情報収集のみで、接触等については一切の指示が無かった。
現状ではアメリカの目も、APTOの目も、アズガルド東方、タスマンの西方に現れた国家に注がれており、この方面は相手が動かない限りはとりあえず押さえておけばいいや、という感じだった。
実際、この方面は今のところ実害がないのと、迂回がそれほど苦ではないので、ラストールとオーストラリアとの連絡にも多少の不便はあっても、船便が多少遅れるとか、航空機の消費燃料が増えるといった程度では、慌てて動くメリットがない、という状態だった。
もちろん、電波情報の収集や衛星による偵察は続けられており、接触の準備は進められている。
民間航空機が拿捕されてしまったので早急に接触する必要があった敷島大公国や、アズガルドに攻め込んできたせいで最後通告が必要になったアトランティスと異なり、早急に接触する必要が無い、というだけである。
「オーストラリア西側やグアム西側にも新たな陸地が出現しているというし、さすがに手が足らんのではないかねぇ・・・」
アメリカ海軍の持つ原子力空母は11隻。
そのうち2~3隻は長期のドック入りという形になるので、海に浮いているのは8~9隻。
決戦ならともかく、長期的な展開と考えた場合、3隻を前方展開で、残りは母港で休養や展開までの往復、という形になるので、わりと余裕はない。
一応、他に軽空母として運用できる強襲揚陸艦が10隻あるが、軽空母として運用する場合は揚陸艦としての任務はこなせないので、あくまで軽空母として運用「できる」というだけである。
原子力空母の建造費は搭載機も含めて、新しくなるほど高騰しており、保有数は長期的に減少傾向である。
ちなみに、米海軍の空母が始めて原子力化されたのが1961年。そこから2隻の通常動力を挟むとはいえ、全て原子力化されたのは2000年代に入ってから、という辺りにどれだけ空母が金食い虫か(それ故にどれだけ長期にわたり使用しないといけないか)わかるというものである。
搭載機を無人化して小型化することで空母も小さくしよう、という研究も進められてはいる。
それはあくまでも「研究」段階の話であり、無人機の更なる進化も含めて、もう少し先の話である。
もうしばらくは有人機が必要である以上、そしてアメリカが世界中に展開する以上、現在のバカでかい空母を維持する必要がある。
しかし、それでは今以上の数を持つことは出来ない。というか、下手をすれば今の数もわりとカツカツである。
能力を落とせば建造費は下がるので保有数を増やせるものの、下がる費用以上に能力が落ちる、という問題もはらんでいる。
そして、維持費が建造費ほど下がるか、というとそれもまた疑問である。むしろ原子力推進を止めた場合は燃料費の分、維持費がかかる可能性もある。
結局のところ、もうしばらくは米海軍の象徴は原子力空母であり続けるわけである。
「どうせここが済んでもノーフォークには戻れないんだろうなぁ・・・」
せめて、ここはさっさと片付けさせてくれ、と司令は溜息を吐いたのだった。
新世界暦2年1月15日 敷島大公国 大公城 御前閣議室
通常の閣議を行う閣議室は当然首相官邸にあるのだが、大公が臨席する必要がある様な重要なことを決める閣議を行うために、大公城にも閣議室が設けられている。
そんな部屋だから滅多に使われないのか、というと実はそうでもなく、外交関係や文民統制の外にいる近衛軍絡みで割と頻繁に使われていたりする。
「それでは、日本国、大英帝国、アメリカ合衆国、台湾、シンガポール、アズガルド神聖帝国、その他これらの国が仲介する国と、国交開設を前提にした交渉を開始する、ということでよろしいでしょうか」
立地的にAPTO以外はアトランティスと未開の大陸に囲まれる形になった敷島大公国なので、食料輸入を行う必要がある関係上、どこかと外交関係を結ぶ必要がある。
一見すると、元々同じ世界で、一応外交関係はあったアトランティスと交易すればいいのでは?という話だが、そうすると下手をすればAPTOが全て敵に回ることになるので、早々に却下された。
というか、多神教で大公は神々の遣いということになっている敷島大公国と、ガチガチの一神教宗教国家であるアトランティス帝国が仲良くできるはずがないのである。
そもそも、それを差し引いても、敷島大公国の一般の宗教観は、地球のどこかの極東の島国と同じく、ゆるゆるのガバガバなので、下手するとイスラム国家よりも戒律が厳しいアトランティスと馴染むわけもないが。
軍部としても当面はアトランティスを仮想敵としておけば良いので、予算を削られる心配もなく、反対は特に出なかった。
「外交関係については、言語問題がほぼ無い日本国を優先し、言語情報も含めて、各種情報を得るのが良いでしょう」
「ただ、民間企業の保護策は必要でしょう。向こうの世界のほうが技術が進んでいるという報告書が航空機を調査した軍の研究機関から複数上がっています。向こうのこちらへの進出には何らかの規制を敷くべきでしょう」
「それは我が国の民間企業に対する侮辱では?」
「そもそも、民間機を数機、分解もせずに表面だけ見ただけでしょう」
技術劣位を理由に他国企業の進出を規制すべきと主張する首相に、近衛軍司令長官と通商産業大臣が噛みつく。
それを見た首相は、内心でやっぱこいつら噛みついてくるかー。と思ったが、想定内であった。
「民間市場の過度な統制は厳に慎むべきであろう」
それまで黙って会議の行方を見守っていた大公が発言する。
そもそも、この国は共産主義が嫌い過ぎて、共産党が勿論非合法なのは置いておくとして、(もともとはそうでもなかったのだが)民間市場への官の介入は最小限にとどめるべき、という不文律が存在していた。
他国との間に言語障壁があり、自国企業にも元の世界で有数の競争力があったので、外国企業が市場を席巻する、と言う事態は起こっていないので、国内に危機感もない。
「最初から規制ありきでは、向こうも良い顔はしないだろう。向こうも市場経済国ばかりなのだろう?」
それで国内企業が死んでたら世話ないんだがなぁ、と内心で思いながらも大公が言い出した以上ひっくり返す方法が思いつかず、首相は苦悩する。
そもそも、事大した案件でもないし、大公は多分黙って中立だろうと想定していたのである。
なんか合同演習のオブザーバーの話もあったし、そこに近衛軍だして鼻っ柱折れてくれたらワンチャンあるかな?とか首相は考えるのだった。
新世界暦2年1月15日 ドラスト大陸 セントーラス空軍基地
「また随分と賑やかになったなぁ」
「むしろ、この間の静寂が最近だと異常だったけどな」
アズガルド本国にアトランティスが侵攻したことで、開発途上だったT-2BとF-1B、F-1C、武装型T-4は、スタッフのほとんどと共にアガルタ国際空港に異動したため、一時的にこの基地からはジェットエンジンの爆音は遠ざかっていた。
のだが、元々予定されていたAPTO合同演習のために、シンガポール空軍や台湾空軍、バーレーン空軍、イギリス空軍が展開した結果、以前よりも騒々しくなっている。
ちなみに、翌日には米空軍と空自も来るので、もっと騒がしくなる。
本来ならここにシンガポール陸軍と台湾陸軍の機甲部隊、英米海兵隊と陸自の水陸機動団も参加して、大規模な陸空海合同演習が予定されていた。
しかし、こちらはアトランティスの侵攻によりキャンセル。
シンガポールと台湾は、この演習への参加部隊を転用したので、アズガルド本国への展開が異常に早かったのである。
「そういえば、他のAPTO参加国以外にもオブザーバーが来るって話がありますね」
「敷島大公国とかいう新しく出てきた国だろ?公用語はほぼ日本語らしいし、相手するの楽でいいなぁ」
いくら仕事で普段から英語を使っていたところで、やはり母国語以外で話さなければならない、というのは疲れるものである。
まぁ、相手に聞かせたくない話をするときに日本語で話せば相手に聞かれない、という必殺技が使えないので内緒話に不便だったりするのだが。
それはともかく、世界の混乱とは関係なく、むしろ、混乱しているからこそ、世界最大規模の空軍演習になりそうな演習の準備は着々の進められるのだった。
次も一週間以内に




