不利なほうは手段を選ばない
新世界暦2年1月8日 クリミア半島 イシュニ近辺
クリミア半島がユーラシア大陸と陸路で行き来できる場所は3ヶ所(厳密には5ヶ所あるが2ヶ所は道が無いか、あっても貧弱)あるが、うち2ヶ所は橋であり、唯一地続きでつながっているのが半島の北側にあたる個所である。
「半島」の名前通り、本当に半分島みたいになっているクリミア半島は、その地続きの個所も狭く、防衛の際にはそこを固めてしまえば停滞することは必至だった。
しかし、ロシア側が元々露骨な機甲戦力は置いていなかったのと、そもそも戦力が全体的に極東方面、新大陸にシフトしていた関係で、ウクライナが機甲師団の物量にモノを言わせて一気に突破したのである。
そして、ここイシュニを境に、陸地は大きく広がるので、実質的に戦線と呼べるものを形成するのは困難になり、防衛側は半島全体の防衛から、戦略的要衝の防衛に重点を移さざるを得なくなる。
その意味でもイシュニの奪取はウクライナ軍の最初の戦略目標であった。
あまりにもあっさりここを押さえられたことに現場指揮官たちは拍子抜けしながらも、もう一つの重要な作戦の成否にやきもきしていた。
それはもちろん、敵の増援ルートを破壊することである。
クリミア半島東側、そこにロシアが莫大な資金を投じて建設したクリミア大橋がある。
ロシアのクリミア実効支配の象徴でもあるこの海峡道路は、全長16キロの橋梁道路でありながら2016年2月起工で、開通が2018年5月というスピード工事からも、ロシアがどれだけこの橋を重要視しているかわかるというものである。
この長大なロシア支配の橋梁を完全に破壊することもまた、セヴァストポリ奪還と並ぶ今回の作戦の重要目標だった。
新世界暦2年1月8日 ケルチ海峡 クリミア大橋
今のところウクライナのクリミア、東ドネツク侵攻は、深夜だったこともあり、前線を除いて一般にはあまり知れ渡っていなかった。
それでも、一部のロシア市民は慌てたように脱出を図り、クリミア大橋の通行量はいつもの同時刻よりは多いかな、という印象である。
そんな道路橋を1台の大型セミトレーラーが走っていた。
ごくごく一般的な、民間物流に使用されているセミトレーラーなのだが、突然トラクターとトレーラーの接続部が外れ、トレーラー部がつんのめるように横転したのである。
それだけなら整備不良や接続時のミスが原因の交通事故、ということになるのだが、トレーラー部が外れるのと同時に、トラクター部は増速し、そのまま走り去ったのである。
その後ろを走っていた車両は当然、急ブレーキをかけることになり、止まった車両から降りてきた人たちは、横転した大型トレーラーを前にして大声で文句を言ったり、どうするんだよこれ、と言った感じで途方にくれたりと様々な反応を示していた。
しかし、それも長くは続かずに、すぐに終わりを告げた。
横転したトレーラーが大爆発を起こし、橋ごと海中へと没したためである。
新世界暦2年1月8日 ケルチ海峡南側海上
「作戦の成功を確認」
小型の貨物船の船橋から双眼鏡でクリミア大橋を眺めていた男はそう報告する。
「では我々は当初の行動計画通りで行く」
乗員の動きは明らかに訓練された軍人のそれであるが、船舶はどこからどうみても民間の貨物船である。
実際、数日前まで民間で使用されていたのだから、それをウクライナ軍の工作船だと見破れ、というのは事前の情報がなければ不可能であった。
近海用の小型コンテナ船なので、積載されているコンテナの数は大したことないが、問題はその中身である。
「ハッチ開放。ドローン放出開始」
積まれていたコンテナのハッチが開いたと思ったら、そこから数機のドローンが放出された。
民間のマルチコプター式ドローンとしては大型の部類に入るが、ヘリコプターよりは遥かに小型な飛行物体は、ロシアのレーダーに捉えられることもない高度を低速で飛行する。
高度が低いことはもちろんだが、機体が小さく、飛行速度も遅いことで、通常の防空レーダーでは地表や海面のクラッタなどと同じように、ノイズとして処理されて脅威目標として表示されないのである。
本来ならデジタル一眼レフカメラや、業務用ビデオカメラを搭載することを前提にしたドローンは、しかし、その搭載部には地雷が搭載されていた。
ロシア軍による橋の復旧作業を妨害するために、道路に仕掛け爆弾を設置するのがその目的であった。
「搭載艇の準備は?」
「現在、両舷とも発進準備中」
本来なら救命ボートが積載されているボートダビットには、救命ボートそっくりに偽装されたUSVが搭載されており、中身には限界まで炸薬が詰め込まれていた。
これをクリミア大橋の橋脚にぶつけて破壊することで、復旧活動を不可能にしてしまおう、というのがその目的であった。
なお、これがあるならトレーラーの爆破はいらなかったのでは?という話になるが、普通に物流のメイン経路になっている陸路と異なり、ケルチ海峡を航行する船舶は限られており、ロシア海軍も警備名目で常に何らかの警備船舶を出しているので、成功率が低いと見積もられていたからである。
「USV発進しました」
「では、これより離脱する」
彼らの任務はドローンとUSVを放出するだけである。
あとは事前に設定された目標に向けて、GPSを利用して自律飛行、航行するのでこの場に留まる理由がないのである。
「隊長、左舷前方にロシア海軍の掃海艦がいます。どうしますか?」
「む・・・」
こんな場所にいる、ということは間違いなくクリミア大橋の警備艦であり、その目をこちらに引くことが出来れば、USVが橋脚に突入できる可能性が飛躍的に高まるので、隊長は判断に詰まる。
しかし、交戦になった場合、相手は仮にも掃海艦であり、こちらはおんぼろの徴用貨物船である。
真正面からでは武装の面で勝ち目はない。
やるなら先手。それが隊長の選んだ方法であった。
新世界暦2年1月8日 ケルチ海峡南側海上 ロシア海軍掃海艦
「艦長、この船なのですが・・・」
そうレーダー画面を眺めていた当直が艦長に声をかけた。
「どうした?」
ウクライナがクリミア半島に侵攻した情報は、未だに現場には降りて来ておらず、全体としては通常の警戒態勢でしかない。
しかし、もともとクリミア大橋近辺の海上は24時間の監視体制が継続されていたのと、橋での爆発が爆弾テロの可能性が高い、ということで掃海艦は戦闘配置をとっていた。
「しばらく停泊していたので不審に思い監視していたのですが、爆発の後動き出して橋から遠ざかっています」
「ふむ・・・普通に考えれば退避しているととれなくもないが・・・」
関係しているから用が済んだ、ともとれる。
「探照灯照射。停船警告を発しろ」
「了解」
サーチライトの先に、民間貨物船の姿が浮かび上がる。
「ボートダビットが空ですね」
「不審だな。臨検の用意を」
そういったところで、突然艦が爆発音とともに大きく揺れた。
「何事だ!?」
「喫水線付近で浸水!機関室区画を閉鎖する必要があります!」
「ふざけるな!?突然そんなところから浸水するか!?敵の攻撃か?」
そう艦長は問うが、その問いは再びの爆発音で中断された。
「艦首機銃で爆発!」
次々に起こる爆発が、徘徊型UAVによるものだと彼らが気付くのは、艦が曳航されてドックに戻った後の話であった。
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