奪ったモノは奪い返される
新世界暦2年1月8日 ロシア連邦 モスクワ クレムリン
以前にも増してモスクワの防衛体制は露骨に強化されていた。
郊外のロシアが誇る大型SAMの展開数も増えていたし、赤の広場を中心に、多数の近接防空用SAMやAAが展開する状況は変わらない。
「実際のところ、中国軍の防空能力はどんなものなんだ?」
「なんとも言えませんね。カタログスペックは我が軍や米軍を上回る部分も多々ありますが」
盛ってる可能性もありますし、と空軍少将は肩を竦める。
「近年の中国の技術水準を見るに、言いたくはないが電子技術などは我が国より進んでいるんじゃないかね?」
大統領は言いたくはないが、の部分で苦い顔をしながら疑問をぶつける。
スーパーコンピューターの開発競争も中国とアメリカが激しく争い、たまに日本が割って入る、という状況が長く続いている。
民生品の電気製品も中国で多数生産されていることを考えれば、中国の兵器もカタログスペック通り動くのではないか、と大統領は考えてしまう。
「いくら民生品が優秀でも、それを軍用品に落とし込むのは別問題です。全く役に立たないとは言いませんが、だいたい10年から20年遅れだと考えるべきですよ」
空軍少将のその言葉に、大統領はふむ、と納得しかけるが、10年前でもうちの国負けてね?と思い直してさらに問いかける。
「10年から20年も遅れるものかね?」
「後方で使うパソコンやディスプレイは民生品そのものでも問題ありませんが、例えばミサイルに搭載する誘導装置はどうですか?なぜ専用品を使っていると思います?ロケットモーター点火時の振動や、加速時は勿論、急激な機動を行う際のGに耐えて設計通りに作動しなければ役に立たないからですよ」
「それに必要なのが10年から20年?」
「仮に画期的な演算処理装置が民生品に登場したとして、それが安定するまでに数年、そこからミサイルへの搭載に耐えられるように設計するのに数年、試験して配備まで数年。10年なんてすぐですよ」
「そんなものか・・・」
言われてみればそんな気もしてきた大統領は空軍少将の言葉に頷き、話題を元に戻す。
「で、実際能力的にどの程度と見るべきだ?」
「全体戦力で見れば旧式機の置き換えが完全に済んでいるとも言えませんし、海軍ほどではないにせよ我が国の技術を中心に各国技術の寄せ集めがベースですから、統合できているとは言い難いでしょう」
「しかし、そこいらの国よりははるかに強力な戦力であることは確かです。特に先日の上海航空戦のような狭いエリアでの戦闘なら我が軍と同等だと考えるべきでしょう」
そこまで話を聞いてから、大統領はん?と首を傾げる。
「それはつまり、上海を襲撃した連中がモスクワに現れた場合」
「お手上げですね」
どうしましょう、と言って困った困ったという感じの当事者たち。
彼らが他人事のように言っているのは、モスクワまではいくらなんでも航続距離が足りないだろうと踏んでいるからである。
「だがいつまでも他人事というわけにはいかん」
「依然として軍の近代化はスローペースです。予算措置云々よりも生産基盤のほうの問題というのが如何とも・・・」
2010年代からロシアも急激に軍の近代化を推し進め始めたが、ソ連崩壊後、価格を武器に輸出市場で存在感を発揮してなんとか生き残ってきた軍需産業に、最新装備を一気に大量生産する余力が無かったのである。
どうにかこうにか、ソ連時代の焼き直しではない新兵器の開発、生産にこぎつけることは出来ても、中国ほど莫大な資金力があるわけでもなく、旧式装備の入れ替えは遅々として進んでいなかった。
「いずれにせよ、これで中国からの圧力は緩和されるだろうし、新大陸の開発に注力して軍の近代化を進めるべきだろう」
「その前に、中国を攻撃した不明国と国交を結びませんと。新大陸の開発を進める上で、あの位置は無視できません」
「・・・新大陸の利権をいくらか渡さねばならんかな」
「中国が実効支配している地域があるじゃないですか」
陸軍大将のその言葉に、大統領はそれは名案だな、と顔を綻ばせる。
「ついでにうちもいくらか中国側から取り込みたいな」
「むしろ、中国側が取れるならあの何もない砂漠みたいな場所をくれてやってもいいのでは?」
「しかし、その下に油田が見つかってるしなぁ」
みすみすそれをくれてやるのは惜しいんだが、と大統領は呟く。
そうは言うものの、本当に何もない砂漠地帯の真ん中に油田が見つかった、という話で油田開発するにも、そこからパイプラインを引くにも、莫大な初期投資が必要であり、開発に年単位、開発資金の回収にも年単位、という息の長い話である。
なんせ本当に何もない砂漠なので、開発コストも維持コストもバカ高いというのがエネルギー省の見立てだった。
「やはり中国から切り取ってその場所の利権を認める方が良かろう」
一度実効支配した場所を手放して他国に渡す、ということの国民受けを考えて大統領はそう判断した。
「政治、外交は我々がどうこう言う話ではありませんが、上海航空戦の結果を見る限り、当面の敵対は避けるべきでしょうね」
海軍中将の言葉に、大統領はわかってるよ、と手を振る。
「大統領、緊急事態です」
そこに突然、慌てたように参謀本部情報総局の局長が駆け込んできた。
「何事かね」
どうせ大したことじゃねぇんだろ、と思いながら大統領は問いかける。
基本的に情報機関であるGRUがいう一大事は、重要だとしても表に出せないような話がほとんどなので、大統領からすればどうしても判断が必要なの以外は情報が確定してから報告上げて来いよ、と言う話である。
「ウクライナが全軍にクリミアと東ドネツクの奪還を命令する通信を傍受しました!それと同時、ウクライナ政府はモスクワ大使館に撤収命令と、キエフにある我が国大使館への閉鎖勧告を通達した模様です!」
その報告を聞いた後、大統領と軍首脳はしばらく固まった後に、揃って口を開いた。
「「「「ほんとに一大事じゃねぇか!?」」」」
新世界暦2年1月8日 ウクライナ オデッサ沖
「作戦開始の暗号電文を受信」
「ようやく待ちに待ったこの日が来た!あの日の屈辱を晴らすのだ!」
艦長の号令と共に、ウクライナ海軍唯一のフリゲート艦であるヘーチマン・サハイダーチヌイは作戦海域に向けて移動を開始する。
ウクライナ海軍はロシアの電撃的なクリミア侵攻の際に、母港としていたセヴァストポリを閉塞され、大多数の艦艇をロシアに拿捕されるという屈辱を味わっている。
ウクライナ海軍最大の艦艇であるヘーチマン・サハイダーチヌイは、セヴァストポリ占領時に偶々地中海にいたので難を逃れたが、ウクライナ海軍はまだまだ再建途上というのが実情である。
そもそもヘーチマン・サハイダーチヌイにしても、ウクライナ海軍最大の艦艇、というだけで、その実情はソ連時代に建造された旧式艦である。
2000年代に二度の近代化を行っているとはいえ、基礎設計は1980年頃のものであり、全体的な古さは否定できない。
それでもロシア海軍が新大陸にかかりっきりで、大型艦艇を全て抽出して極東方面に送った現状では黒海最大の軍艦である。
「本艦の任務はセヴァストポリ沖での陽動である!」
元々が国境警備用のフリゲートなので、大した対艦、対地武装があるわけではないが、大型艦にうろうろされると無視するわけにもいかないので、陽動としてはぴったりなのである。
「本艦に目を引き付けられればそれだけ全体の作戦行動が容易になる。各員、心して任務に当たれ!」
機会があれば2、3発ロシアのクソ野郎に撃ち込んでやろう、というのは乗員全員の思いだったりするが、それはともかく、セヴァストポリ沖合のロシアのテリトリー内に堂々と侵入を開始したのだった。
新世界暦2年1月8日 クリミア半島 ウクライナ・ロシア実効支配境界線
作戦開始と共に一斉に進軍を開始したウクライナ陸軍の機甲部隊は、その主力戦車であるT-84を先頭に、怒涛の如くロシア領へと雪崩れ込んだ。
ソ連時代のハイ・ローミックスのハイとして開発されたT-80のディーゼルエンジン搭載型であるT-80UDをベースに、ウクライナ独自の改良が施されたT-84は、ロシアの戦車開発が停滞していた間も開発が継続されていた、いわば90式戦車と同世代の戦車である。
中でも、少数の配備に留まっているものの、オプロートと呼ばれる派生型は、被弾すればびっくり箱並に弾薬庫が誘爆して砲塔を吹き飛ばすソ連式配置を改め、西側戦車が一般的に採用しているレイアウトの砲塔を採用するなど、独自の改修が施されている。
ソ連崩壊後も自国だけで戦車を開発、生産し、輸出までしている、という辺りがソ連圏内でウクライナという国がどれだけ重要な地位を占めていたかを示している。
実際、大型艦やガスタービンを含むジェットエンジンの生産でも重要な工場がいくつもあり、ソ連崩壊後もロシアのジェットエンジン生産で重要な役割を果たしていた。
2014年のクリミア危機までは、という但し書きはつくが。
ウクライナ陸軍はオプロートも含めた新造のT-84を50輌ほど、T-84相当に改修されたT-80UDを130両ほど、T-84ほどではないが改修されたT-80BVを100輌ほどと、ぶっちゃけ局地戦で考えるならロシア軍より現役の戦車は多いのである。
ウクライナ軍は他にも、300輌近いT-72や1000輌を超える独自改修のT-64を保有しているので、わりと洒落にならない陸軍国である。
そんなわけなので、ロシアが完全に極東、新大陸方面に戦力を抽出していた、という理由はあるにせよ、ウクライナが本気でロシアと対決することを選んで動員をかけた結果、クリミア半島の支配地域を一気に押し広げることに成功したのだった。
次も一週間かなぁ?




