思惑はいろいろでも協力できるだけいいよね
新世界暦2年1月14日 アズガルド神聖帝国 中央海峡東側 港湾都市フェンサリル
郊外では自衛隊による避難民に対する各種人道援助が行われている港湾都市の港には、新たな船舶がどんどん入港していた。
日本から来た自動車運搬船からは、アズガルドに売却された74式戦車を始めとした元自衛隊装備が次々に降ろされており、台湾やシンガポールの輸送艦からはそれぞれの国の陸軍が降ろされている。
現在、フェンサリルにいる(地球基準で戦力となる部隊は)、陸自が施設科2個大隊、需品科2個大隊、警備名目の1個普通科中隊と1個高射特科中隊(中SAM)、アズガルドが74式戦車(各型混成)160輌を主力とした1個戦車師団、シンガポールはレオパルド2A4の改修型40輌を含む1個師団、台湾がM1A2Tを20輌含む1個旅団といったところである。
一応、あとここにイギリスとニュージーランドから地上戦力が派遣されることにはなっていた。
「敵さん、ベトナム戦争くらいの技術水準て話ですよね?こんな寄せ集めと即席の戦力で大丈夫なんですかね?」
炊き出しの準備をしながら、港から郊外の宿営地に向かうシンガポール陸軍の車列を見送っていた需品科の陸士が言う。
「さぁな。だが別に俺たちが派遣されるわけじゃねぇんだ。もっとも俺たちの仕事はどこ行ったって変わらねぇがな」
カレーの準備をしている野外炊具1号(改)から視線を外さずに陸曹が応える。
陸自のアズガルド派遣名目はあくまでも国際緊急援助なので、避難民が大量に流入しているこの場所から動くことは無い。
まぁ、なぜか警備名目で03式中距離地対空誘導弾(改)まで昨日追加で送られてきたが、陣地を構築して動く気はなさそうなので、中央海峡防空の補完で派遣されたのだろうというのが暗黙の了解だった。
「おら、手止まってんぞ!人数多いんだ、ちんたらしてたら終わんねぇぞ!」
アズガルド陸軍の補給部隊も加わってかなり増強されたとはいえ、避難民が万単位でいる上に、まだ鉄道で運ばれてくるのである。
どれだけ用意しても用意しても、避難民の三食を用意するだけで一日が終わってしまうのである。
「ひええ、ブラックすぎるんですけどぉ」
弱音を吐く陸士を尻目に、今日の夕食であるカレーライスの準備はどんどんと進むのだった。
新世界暦2年1月14日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C. ホワイトハウス
「アズガルドのほうはどうにかなりそうなのかね?」
世界標準時で新年の正午になってからもたらされた情報で洪水になっているパソコンのディスプレイから顔を上げて大統領が補佐官に問う。
「まぁ、APTO加盟国が実動演習も兼ねてるんじゃねぇのか?って感じで派兵してますので、我が国は航空戦力だけに徹すれば良いかと」
そうはいっても、APTO加盟国でアメリカを除けば、大きな地上戦力を持っているのは日本とイギリス、台湾くらいで、他は3万人で多い方である。
「外交交渉は決裂でしたので、衝突は不可避でしょうね」
「地上戦力は派遣しない、と言っても、航空戦力の派遣だってタダじゃないんだがね」
あーあ、といった感じで大統領は溜息を吐く。
「他だってゴタゴタしてるし、ユーラシアのほうはなんか無茶苦茶でまるで状況が見えないし」
そう言ってケーブルニュースがつけっ放しのテレビに視線を移す。
映像はスタジオに戻り、キャスターがユーラシア大陸の地図をバックに現況を説明している。
戦火を示すイラストが複数の場所につけられており、ざっとみただけで、上海、旧東シナ海、印中国境、ドネツク、クリミア、ペルシア湾につけられている。
「まぁ、ユーラシアはどうでもいいか。同盟国は今のところ関係してないしな」
「厳密に言えばクリミアとドネツクは独仏とベネルクス三国が絡んでますが」
「自分から攻めていった奴らの面倒なんざ見られるか!」
吐き捨てるように大統領は言い捨てるが、補佐官もですよねーという顔をしている。
「ラストールとの間に出現した島のほうは?」
「海軍が空母1隻を派遣していますが、睨み合いですね。敷島のほうに派遣していた空母も帰国をやめてこちらに向かっています。ラストール側も一応艦隊は待機させていますが、その」
「旧式艦ばかりだしな。まぁ、自分でどうにかしようとしているだけマシか」
やれやれ、と大統領は再び溜息を吐く。
「まぁ、言っても敵が60~70年代レベルなら戦艦は割とバカに出来ない脅威ではあると思いますよ」
「制空権が取れればいつだって脅威だと思うがな」
制空権が無い戦艦がどうなるか、なんていうのは別に40年代でもわかってたんだから、今更じゃね?と大統領は補佐官のほうを見る。
「どっちもさっさとケリをつけたいですし、アズガルドの方は我が国はこれ以上の派遣は行わず、日英に任せて、我々はラストール方面に集中すべきかと」
「ふーむ。まぁ、そうなんだがラストール方面はまだ実際の衝突には至っていないからな。あまりアズガルド方面を軽視してタスマン方面に影響が出ても面倒だ」
どうすっかなー、と大統領が頭を悩ませていると補佐官から提案がある。
「そういえば、空軍から面白い話が回ってきてますよ」
そう言って補佐官は空軍の作戦提案書を差し出したのだった。
新世界暦2年1月14日 台湾国 台北 総統府
世界が再び大きな変化に見舞われている、とはいっても日本も含め多島海内の国はアズガルドを除いて概ね平穏である。
実際、台北の市街も通常通りである。
「今回の派遣は我が国の存在を各国に印象付けるチャンスだ」
元々は中国との兼ね合いで、世界中の主要国から付き合いはするけど、いないもの扱いを受けていたので、中国の影響が薄まったこの世界で今のうちに地歩を固めてしまう必要がある、という強迫観念に似たものにとらわれていた。
それ故の今回の陸軍派遣でもあるのだが。
「空軍の展開についても打診中ですが、現地で戦闘機が使用可能な舗装滑走路はアガルタ国際空港だけで、米軍が2個戦闘飛行隊を派遣しているのでアズガルドの部隊もいてキャパは一杯とのことです」
「一応、建設中だった新アガルタ国際空港の滑走路や駐機場設備に集中して工事を進めているようですが完成にはまだしばらくかかるでしょう。日本と交渉して千歳基地を使わせてもらう方がいいかもしれませんね。少し遠いですが」
新アガルタ国際空港は、3000メートル滑走路一本だけで拡張余地が無いアガルタ国際空港の将来のキャパオーバーを見越して建設が始まった空港である。
よって、未だ工事のほとんどは土地造成の段階で、いくら急遽アズガルドの工兵が大量動員されたり、台湾やシンガポールの工兵も応援に入っているとはいっても滑走路が使えるようになるまでには時間がかかる。
対して千歳基地は滑走路2本、繋がっている民間空港のものも含めれば滑走路4本という、お前ほんとに日本の基地か?という広大な基地である。
アガルタまでの距離を考えると、台湾空軍の装備する機体では東島に展開した部隊の支援には少し無理があるが、拠点攻撃やアガルタ防空の後詰にはいい位置である。
まぁ、千歳には空自の2個飛行隊がいる上に、さらに少し離れた三沢にも空自が1個、米空軍が2個飛行隊を置いているのに、どんだけ空軍戦力を集めるんだっていう話だが。
「海軍は・・・派遣してもどうでしょう?輸送部隊の護衛程度の今がいっぱいいっぱいかと」
一応、台湾海軍が4隻保有する基隆級駆逐艦は、イージスシステムやPAAMSからは一世代遅れとはいえ、現在でもそれなりに有力な艦隊防空艦である。
しかし、台湾海軍で最も有力な艦であり、昨年の転移後は4隻ともフル稼働で、いい加減にいろいろ限界である。
「うーん、やはり海軍の強化は急務か・・・」
元々の中国共産党からの防衛が主任務、というか相手が大きすぎてそれしか出来なかったのであまり遠征を考えた装備、編成にはなっていない。
「とりあえず今は持っている戦力で動くしかないだろ。再編計画も急がせねばならんが・・・」
あー、忙しい忙しいと大して忙しくも無さそうに総統は言ったのだった。
次も1週間みといてもらえれば・・・。




