天を墜とす星
新世界暦2年1月12日 アズガルド神聖帝国 本国東島上空 航空自衛隊第601飛行隊 E-2D
中央海峡に英海軍の駆逐艦が入ってアガルダ防空の警戒レーダーとして機能しだして以降、それまで警戒レーダー役だった日英米の早期警戒管制機や早期警戒機は本来の任務である前進警戒に当たるようなった。
もっとも、敵が超音速ジェット戦闘機を保有しているとの情報なので、前年のタスマン戦役のように高度さえとっていれば大丈夫、と言うわけにもいかず、アガルダ国際空港に2個飛行隊が展開した米空軍の護衛がつくことになっていた。
日本がE-767かE-2D、米空軍がE-3、英空軍がE-7かE-3Dを派遣することで、24時間常時前進警戒が可能という態勢を構築していたものの、その護衛を2個戦闘飛行隊で受け持つことになったアガルダ派遣の米空軍は貧乏くじであった。
そんなわけで、今の受け持ちは三沢から飛来した空自のE-2Dである。
E-2Cからの更新時にE-7と比較検討されたものの、E-7は米軍が採用していないからアップデートが不安だったのと、E-2Cで駐機時に主翼を折りたためば場所をとらないというのが基地の狭い空自には好評だった結果採用された機体である。
ただ、空母運用の米海軍と異なり、地上基地での運用に限定されるので、最大離陸重量や着陸重量の制限が緩く、米海軍では装備していないトイレとギャレーを追加装備し、主翼内の燃料タンクも増設して滞空時間が引き延ばされているので、米海軍のものとは厳密に言えば別型である。
それでも機体そのものが小さい、という点は如何ともしがたく、3名のシステム士官に加えて、一部任務を副操縦士も行える、ということからも人のリソース不足に悩んでいる様子が窺える。
「敵さん、不思議とこっちには飛んできませんねぇ」
アズガルド本国東島の東側に上陸した敵は、それなりの範囲を占領はしたものの、それ以降は偵察も含めて積極的な動きを控えており、航空機も占領地域の空中警戒を行っている様子で、実際に米空軍が邀撃するような事態は発生していなかった。
「話によると敵さんも攻勢準備中なんだろ」
敵の本国と思われる場所から東島に向かう大船団や、東島に居座ったこれまでよりさらに巨大な飛行母艦と本国の間を往復する大型輸送艇の存在が確認されていた。
まず間違いなく攻勢準備だろう、というのが各国情報機関の見立てであったし、実際、それほど大量の物資輸送が必要なことといえば、それしか考えられなかった。
基本的に、占領地域を拡大すればするほど、正面戦力や兵站以外に、そこを統治するための戦力が必要になり、それに合わせて兵站も拡大して、と必要な戦力は跳ね上がっていく。
敗戦時の日本のように、占領しても元の社会機構が全面的に占領軍に協力してくれる、なんてケースはレア中のレアなのだから当たり前である。
ちなみに、APTOが攻勢に出ない理由も、戦力不足と(一応)外交交渉で解決できるならそれに越したことはない、という理由である。
「あ、何だ?」
レーダー画面を見ていた1人が、新たな目標を探知したことを示す警告に顔を顰める。
「なんだ?敵のCAPの交代か?」
「それにしては妙だな。これまで奴さんたちのCAPは最低でも3機一組だったが、こいつは1機だけ。それになにより」
更新された情報を見て確信する。
「冗談じゃなく速い」
そこには東から西に向かって一直線にマッハ3.5から4で飛行する“なにか”が表示されていた。
「レーダーの回転を止めよう」
E-2Dの装備するAPY-9は従来通り円盤型のレドームに収められて、回転することで全周警戒を行っているが、回転を止めてしまえば方向は限定されても、AESAレーダーである特性を活かして高頻度高精度の追尾が可能である。
異常な飛行物体の出現に、その機能を活用することに決め、追跡を開始した。
「この速度だ。あっという間に絶対防空圏に入るぞ」
「警報!関係各所に連絡」
狭い機内は一気に慌ただしく動き始めたのだった。
新世界暦2年1月12日 アズガルド神聖帝国 本国中央海峡 イギリス海軍駆逐艦「ドラゴン」
イギリス海軍が保有する唯一の艦隊防空艦である45型駆逐艦6隻の中の1隻、ドラゴンのCICは空自のE-2Dからの通報によって慌ただしい空気に包まれていた。
西側の現用艦隊防空システムとして最も有名なのはイージスシステムだが、それ以外にもドイツとオランダ、デンマークが採用しているNAAWS、そしてイギリス、フランス、イタリアが採用しているPAAMSである。
一応、海自のFCS-3Aも限定的な艦隊防空能力を持つが、搭載ミサイル自体はあくまでも個艦防空ミサイルなのでここでは除外する。
で、この45型駆逐艦に搭載されているPAAMSは、戦闘システムだけをフランス、イタリアと共同開発し、搭載レーダーは各国の要求性能の違いから別々のものを搭載する、という変わった仕様になっている。
イギリスだけがフランス、イタリアと異なるレーダーを選択したのは、フォークランド紛争の戦訓で対艦ミサイルの探知性能を重視したからだと言われている。
その結果、背中合わせに2面配置したAESAレーダーを毎分60回転させることで都合0.5秒ごとに全周警戒するSAMPSONレーダーが完成したのである。なぜかそれに被せられたレドームも一緒に回転しているが・・・。
SPY-1やFCS-3のように4面固定配置にしない理由はいろいろあるが、逆になんでこうしたのかわからない理由もいろいろあるので、結論から言うとやはり英国面である。
なお、SAMPSONレーダー自体の探知距離はそこまで長いとは言えないので、他にプレーナアレイ型のSMART-L三次元レーダーを搭載して遠距離捜索を補完している。
「データは来ているのだろう?本艦のレーダーではまだ捕捉できないのか?」
「もう間もなくです」
空自のE-2Dから送られてきた情報も表示されている大型ディスプレイの戦況図を見ながら焦れたように艦長は急かす。
その表示によると、CAPも兼ねてE-2Dの護衛についていた米空軍のF-15の邀撃はてんで間に合わなかったようである。
「捕まえました!1046型レーダーで捕捉。速度、針路ともに情報通りです」
戦況図だけではなく、自艦のレーダー情報にも敵機を示すシンボルが表示される。
「高速巡航ミサイルである可能性を考慮し、警告手順を省略、直ちに迎撃行動に移る」
まっすぐにアガルタに向かう標的を脅威と認定し、対空ミサイルによる迎撃を決定する。
45型駆逐艦が搭載する艦隊防空ミサイルはアスター30。
個艦防空ミサイルのアスター15と弾体自体は共通で、装着されるブースターが大型化されたことで射程が伸びている。
アスター30の最大速度はマッハ4.5ではあるものの、それはブースターが燃焼している間だけ、ということになる。
基本的にマッハ4の標的を追いかけて行って命中させられるほどの持続性は期待できない。
ではどうやって命中させるのか、と言う話だが、簡単な話で「見越し射撃」すれば当たる、と言う話になる。
しかし、ミサイルによる見越し射撃、というのは言うほど簡単ではない。
なぜならミサイルは「ロックオンした目標に向かっていく」ものだからである。
これはつまり、ミサイルと標的が完全なヘッドオンでない限りは、最終的にミサイルが標的を追いかける状態になる、ということだ。
それ故に回避機動を取る戦闘機がミサイルを回避できる可能性が生まれるのである。
SR-71が対空ミサイルを振り切って偵察飛行していた、というのは、この「最終的にミサイルが標的を追いかける状態」にさえしてしまえば当時は追いつけるミサイルが無かった故の現象である。
あの速度の機体がレーダー探知圏内に侵入してから、ヘッドオンの位置まで戦闘機を持って行く、というのも当時は不可能だった(というか、SR-71は初歩的とはいえレーダーステルスに配慮した機体である)ので、必然的にミサイルは地上から打ち上げられるものに限定されていたというのも大きい。
さて、話を元に戻すが、ミサイルで見越し射撃をするにはどうすればいいか?
1つはミサイル黎明期にあった無線操縦やレーダービームライディングのような、ミサイル射手自身がミサイルを操縦する方法。ただし、この場合はレーダースコープ上の標的とミサイルの光点だけで、彼我の速度差や進行方向から会合点を割り出して、そこに向けてミサイルを飛ばす職人技が必要になるが。
もう1つは、高精度のレーダーと高速な演算処理装置を用いて、標的の未来予測位置を出してそこに向けてミサイルを飛ばす方法である。
前者は地球においてもミサイル黎明期には職人技を持つミサイル手がいたものである。
対空ミサイルではないが、陸自においては指令照準線一致誘導方式の64式対戦車誘導弾でトップアタックしたり、発射機は障害物に隠れたまま命中させたりといった事例が伝わっている。
ただ、この手の誘導方式は、対地、対空問わず、標的、及びミサイルが高速化するほど誘導が困難になっていく。
対地用途なら標的自体はせいぜい時速100キロ程度なので、ミサイルの高速化は発射から命中までのタイムラグの短縮に寄与するので歓迎されるが、対空目標の場合は人力で二次元のレーダー画面だけをみて命中させるのはドンドン困難になっていく。
対して、後者が可能になったのは演算処理装置の急激な高速化が進行した90年代の話である。
近年、対空ミサイルの射程が急激に伸びたのは、推進剤の燃焼効率が上がったから、という理由もあるが(まぁ、これにも演算処理装置の進化は関わっているが)、飛行経路の制御が最適化されたという理由によるものが大きい。
さて、ここまでくれば標的よりも遅いミサイルでどうやって撃墜するのか?という答えはわかるだろう。
標的の進路上にミサイルを放り上げてやれば相手が勝手に突っ込んでくれるのである。
「SAMPSONレーダーが敵機を捕捉、追尾中」
「アスター30、発射弾数2、攻撃始め!」
艦橋の前に設置されたシルヴァーVLSが開放され、アスター30艦対空ミサイルが飛翔する。
アスター30はアクティブレーダーホーミングのミサイルだが、それは終末誘導だけで、中間航程は慣性航法と母艦の多機能レーダーからのアップリンクによる指令誘導である。
母艦の強力なレーダーと演算処理装置を利用することで、高速で回避機動を取る目標であっても、最適な飛行経路で目標に向かうのである。
レーダー画面と戦況図に、発射された2発のミサイルが新たに表示される。
マッハ4同士で接近する目標とミサイルはみるみるうちに近付いて行き・・・
「命中!命中を確認!」
ミサイル2発の反応が消失し、目標もバラバラになってやがてレーダーから消えた。
「作戦圏内に脅威目標無し!」
「よくやった!」
CICに歓声が満ち、拍手が起こる。
その後、撃墜された機体の残骸の調査が行われ、改めて敵の技術が十二分に脅威になり得ると再認識されることになるのだった。
ギリシャ語で天を意味するウーラノスと、星を意味するアスターからタイトルをつけるという洒落たことを珍しくやってみたけど、実際気付いた人はいたんだろうか。
次も1週間以内にはどうにかしたいです。




