情報は大事
新世界暦2年1月7日 アズガルド神聖帝国 中央海峡東側 港湾都市フェンサリル
帝都アガルタとは海峡を挟んで反対側にあたる場所にある港湾都市フェンサリルは、鉄道の帝国横断線の東島の終着駅でもある。
ここから鉄道連絡船で横断線は帝都へと続くのだが、今はとりあえずここを終着点としてグリトニルをはじめとした東島東側からの避難民を集めている状況であった。
鉄道が繋がっていることはもちろんだが、港湾地区の空き地はもちろんだが、郊外に広がる平原も避難民の受け入れに最適とされた結果である。
もっとも、アズガルドに大量の避難民に対処するノウハウがあるわけでもなく、避難させただけで避難民はそのまま放置されていた。
それが社会不安を醸成する可能性については、政府中枢は勿論認識していたものの、具体的にどうすべきかの策は持ち合わせておらず、現場もまた然りであった。
一応、武装した憲兵が治安維持にあたることで、大きな混乱は抑制されていたものの、ギスギスした一触即発の雰囲気が周囲を覆っていた。
そんなフェンサリルに入港する艦があった。
海上自衛隊のおおすみ型輸送艦「おおすみ」「しもきた」と、チャーターしているカーフェリー「はくおう」である。
国際緊急援助として避難民救護のために派遣された陸自を運んできたのである。
戦闘部隊の派遣、となるとまだまだ抵抗感が強いものの、国際緊急援助なら割と簡単に派遣できてしまう、というのが今回の事態に日本が避難民救護を買って出た理由である。
まぁ、一部にある反日感情を払拭すると同時に、本国東島の避難民に親日感情を植え付けられるという打算があったのも事実だが。
ちなみに、全く戦闘部隊が派遣されていないわけではなく、中央海峡南側出口の沖合海域を情報収集名目で遊弋している護衛艦隊がいた。
別にアズガルドのためだけに展開しているわけではなく、実質的には網走と根室のレーダーサイトの前進基地として警戒にあたっているのである。
派遣された陸自は、施設科と需品科が主力であり、それ以外は衛生科と、わずかに警備部隊名目で普通科と高射特科が付随していた。
到着直後から直ちにテント村や仮設住宅の設営を始め、炊き出しや診療所の開設を行った結果、自衛隊はアズガルド国内での名声を高め、結果的に日本に対する印象の好転という大きな成果を上げたのだった。
なお、無策だったアズガルド政府や軍が批判されることになったのは日本にはあまり関係のないおまけであった。
新世界暦2年1月7日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸
「不明勢力が入念な準備の上で侵攻準備をしていた、例えば昨年のアズガルドのケースのように、本来侵攻する場所と別の場所に侵攻した、といったケースでなければ、事前準備も碌に行っていない突発的な侵攻でしょうから、一時的に侵攻は停止すると考えられる、というのが情報本部の見解です」
防衛大臣のその報告に、首相はふーん、と聞いているのかいないのか、よくわからない返事をしつつ言った。
「つまりその間にこちらが迎え撃つ準備を整えられるわけだ。敷島大公国?だっけか、そこと同じ世界の国なら外交交渉のチャンネルを開くのに使えるかもしれんし、平和的に解決できるといいね」
正月ボケするほど暇な正月ではなかったはずなのだが、相変わらずお気楽なことを言う首相。
それをジト目で眺める官房長官は、ついていたテレビのボリュームを上げた。
『ご覧ください!見えますでしょうか!爆発です!断続的な爆発が続いています!上空からは戦闘機でしょうか!?雲で見えませんが多数の轟音と、時たま火の玉のような炎上した機体が墜ちてきています!今見ている光景が信じられません!』
興奮気味に吠えているようにしか聞こえない記者の声を伝える画面の右上には“LIVE”の文字。
その背景はアメリカを追い越さんとする急激な開発と経済発展の象徴、浦東地区の電波塔や高層ビルだが、いつもの見慣れた夜景ではなく、その背景に断続的な爆発や、撃墜された航空機と思われる火の玉が落下してくるという、さながら映画の地球最後の日のシーン、と言われても納得してしまいそうな絵面である。
「中国も大変だねぇ」
「他人事ですか」
「他人事だもん」
もはや惑星の裏側なんだしどうでもいいよ、という感じの首相だが、完全な他人事かと言われるとそうでもない。
「現地に日本人が何人いるか御存知で?」
転移の結果、市場の新規開拓先としてはアズガルドやラストール、更地になったタスマンなどのほうが魅力なので、多くの企業は軸足をそちらに移したし、もともと人件費のあがった中国に工場を置くメリットは無くなりつつあったので移転が進んでいたし、遠くなったしで、上海駐在の日本人は大きく数を減らしていた。
しかし、勿論ゼロになったわけではないし、それなりの数の日本人がいるはずである。
「外務省の仕事だね」
あくまで俺関係ないし、で通そうとする首相。
「では、邦人の安否確認以外は放置ということでいいですか?」
「いいでしょ?別に近所でも無し、同盟国でも無し」
官房長官もそれについてはそれ以上何も言わなかった。
「どうでもいいけどこれどこがやってるの?ロシア?」
「どうでしょうね?アメリカなら何か掴んでるかもしれませんが、電波傍受ができないので継続的な監視はできませんし、この手の情報は日に何度か通過するだけの衛星では・・・」
「大使館は中国もロシアも、戦時体制を理由に外出が制限されて情報収集が捗らないと嘆いていました」
防衛大臣も外務大臣も、どちらもお手上げ、といった感じである。
「しかし、中露が正面衝突の可能性があるのに何もわかりません、とかうちの情報組織やばくない?」
首相はふざけたように言うが、世間の批判を恐れてまともな情報機関を表立って作ろうとしてこなかったのは自分たちだということが抜け落ちていた。
警察の公安や公安調査庁はどちらかというと防諜組織なので海外でのHUMINTはあまりしないし、防衛省の情報本部はSIGINTに偏っている。
かろうじて外務省に国際情報統括官組織、という情報収集、分析を専門に行う部署があるが、規模はお察しである。
なお、国外からは国際協力機構がHUMINTを目的としたCIAのような組織だと見られていたりする。
資金協力や技術協力で現地に人を送り込んで食い込んでいく、という手法が完全に情報機関の手法だから、というのがその誤解の源泉である。
名前がJCIAっぽい、というのも影響していそうではあるが、あの組織をもっとうまく使えないのは結局のところ政治の問題だろう。
「本当に中露が衝突したのなら影響はこちらにも飛び火してくるでしょう」
「アメリカが介入しないなら経済的な影響だけですし、まぁ、我々がどうこういう話でもないでしょう」
経済的な影響を心配する外務大臣とアメリカが介入しないなら仕事は増えないと言い切る防衛大臣。
今日も首相官邸は平常運転だった。
新世界暦2年1月9日 アズガルド神聖帝国 帝都アガルダ 首相官邸
「日本が緊急援助ということで派遣した自衛隊の活動が高い評価を得ています」
「社会不安の心配が無くなった、という点ではいいことだな」
「それと反比例して避難民の間で無策な政府に対する批判が高まっています」
秘書官の報告に首相のアルノルドはがくっと肩を落とす。
「無茶言うなよ。こっちはそれどころじゃねぇんだよ」
戦線の引き直しに戦力移動、APTO各国との調整だけでもいっぱいいっぱいである。
今のところ本土に派遣されているのは米空軍だけだが、中央海峡には英海軍、南方海域には海自。
今後の予定として、地上戦力の派遣が予定されているが、シンガポールと台湾が名乗りを上げており、実弾演習かなんかと勘違いしてるんじゃねぇのかと一部で囁かれていた。
「間もなく北海道で再編された我が軍の第一機甲師団がフェンサリルに入港します。日本から購入した74式戦車を主力とした従来の陸軍部隊とは一線を画する部隊です」
そう秘書官は胸を張るが、今回の事態に合わせて急遽本国に戻されることになったので、74式戦車はその全てが足回りの統合油気圧式サスペンションへの改修を終えているわけではなく、陸自を退役したままのE型やF型も多く含まれており、そもそも部隊の訓練も途中で打ち切られていた。
そんな状態でも自国が攻められているのに何もしない、と言うわけにはいかず、奪還戦力の主力として急遽招集されたのである。
「1年にも満たない訓練期間でどこまでやれるのかわからんが・・・」
「APTOの支援もあります。なんとかしてもらうしかないでしょう」
今は日本経由でもたらされた、侵攻勢力の技術力は一部を除いて地球国家に劣っている、という情報を信じるしかない。
「で、一応我が国のF-1Bは首都防空に展開したのか?」
「本当に、一応は、ですが」
一応飛行する分には(多分)問題ない程度に開発は進んでいるが、超音速機のパイロットを一年未満で養成しろ、などと言うのは無茶である。
アズガルドのどれだけベテランのパイロットでも、レシプロ機の経験しか無かったのだから正規のカリキュラムで言うならまだT-4に乗っている段階である。
「しばらくは訓練飛行も兼ねてT-2Bで表向きは任務に当たることになりますね」
「表向き?」
「教官は日本の民間企業のテストパイロットですから戦闘行為はできません」
あ、はい。と首相は納得するしかなかった。
新世界暦2年1月9日 アズガルド神聖帝国 帝都アガルダ近郊 アガルダ国際空港
ドラスト大陸の開発拠点であるセントール空軍基地からのフェリー飛行を終えてエプロンに滑り込んだT-2Bのキャノピーを開けてパイロットは大きく伸びをする。
武器システムを搭載したT-2B試作機は現在2機しかなく、武器システムを搭載したF-1B試作機の4機と合わせて6機しかない。
それでもアズガルドが用意できる唯一の敵航空戦力への対抗手段であることには変わりなく、ここで訓練と開発を継続しながら戦力化を目指すことになる。
帝都防空はこれまで通りアメリカ軍が担うので、わざわざアガルダ国際空港に訓練場所を移したのは、多分に政治的要因である。
現在アズガルドでT-2B及びF-1Bの実機操縦訓練に入っているパイロットは12名。
空軍と海軍で生き残ったベテランパイロットの中でも取分け優秀とされた12名である。
そのパイロットの1人は機体から降りて待機所に向かう途中、立ち止まって東の空を見る。
その空は彼の故郷に続いているはずである。
本国東島の東の端。
そこにある、今は敵の勢力圏となった小さな漁村が彼の出身地である。
奨学金を得て帝都の大学に進んだ兄ほどの頭があったわけではないが、海軍士官学校に入る程度の頭はあった彼は、士官学校卒業後、海軍飛行士官学校に進み、戦闘機パイロットの道を歩んだ。
日本との戦役で生き残れたのは、彼が当時、たまたまドラスト大陸の海軍基地防空隊の所属だったからである。
飛行士官学校を卒業して以来、帰っていない故郷はどうなっただろうか。
頑固な漁師の父は、敵が侵攻してきた日も漁に出ていただろう。
最後に故郷を見てから軍務を理由に過ぎた年月を思えば、今更ながら親不孝な息子だと思う。
ただ、無事でいてほしい。
そう強く願って、彼は再び操縦士の待機所へと歩を進めたのだった。
次も一週間以内に・・・出来るといいなぁ




