手続きも必要なら準備も必要
新世界暦2年1月4日 アズガルド神聖帝国 本国東島 南東部主要都市 グリトニル
ここで時間を少し戻して、APTO側はこの10日間ほどどうしていたのか見て行こう。
アズガルドの東島、その南東部主要都市グリトニルの中央にある鉄道駅は人で溢れかえっていたが、そこに集められた人の顔には、不平不満や困惑が溢れていた。
突如、政府の命令で何の説明も無く避難するよう強制されたのだから、それに従っているだけここにいる彼らは模範的な市民である。
「4番線に貨物が入りますが、これ荷降ろししたら人乗せるんですか?」
「そういう指示だしな」
うへぇ、と荷役作業員たちは悲鳴をあげる。
有蓋車はまだいいとはいえ、無蓋車も結構な数連結された編成である。それにも人を乗せるというのだから、それに乗せられる人間は不運としか言いようがない。
なんせ避難先は蒸気機関車に引かれて数時間、ダイヤによっては半日以上かかる中央海峡の都市である。
一応、帝国の帝国横断線の東の終着点であり、幹線ではあるのだが、改軌と日本からの車両導入は帝国縦貫線が優先であり、改軌がまだの横断線は縦貫線から吐き出された車両の溜まり場となっている。
「降ろすって言っても、言うほど積んでないな?」
「それでも雑に扱うなよ?ドカン!なんてごめんだぞ」
そんなことを言いながら貨物列車から降ろされるのは、アズガルド神聖帝国陸軍の刻印が施された木箱である。
中身が何かは書かれていないが、取扱注意と火気厳禁の文字で中身はわかったようなものである。
「また戦争でも始まんのかね?」
「まさか。どことやるんだよ。それにそれなら弾薬だけの輸送なんて変なことしないだろ」
そんなことを言いながらも有蓋車から弾薬箱(と思われるもの)を降ろして大八車のような台車に載せていく。
あとで軍のトラックが取りに来ると言う話だったが、とにかく今は一刻も早く荷下ろしして、避難民を詰め込んだら列車を折り返させるよう指示が出ていた。
「くだらんことを言ってないで、さっさと荷下ろしを終わらせろ!その後荷物を軍に引き渡したら俺らも列車に乗らなきゃならんのだからな!」
それを聞いて皆が思ったのは、軍が取りに来るのがもう少し遅れてくれたら、次の客車列車に乗れるから遅れて来てくれ、ということだった。
新世界暦2年1月4日 アズガルド神聖帝国 本国東島 南東部主要都市 グリトニル近郊
一応、本国東島の東側で最大の都市、とはいうものの、どちらかというと辺境という位置付けになるグリトニルには大した戦力は駐屯していない。
元々の世界でも敵がいない方面だったので、地元徴兵の兵士が主力の警備部隊がいるくらいである。
地方防衛を任務とする部隊なので、その規模も小規模で、歩兵1個連隊に野砲1個中隊、戦車1個中隊に高射砲1個中隊で編成された混成団がこの方面に配置された全陸軍戦力である。
空軍は壊滅したし、海軍は警備艇を兼ねた掃海艇が数隻いる程度である。
その陸軍に、世にも奇妙な命令が出されていた。
曰く
「当方面に優勢な敵の攻勢が予想される。対峙した場合に玉砕は必至であり、撤退を許可するが、本命令は交戦を禁止するものではない」
というなんともよくわからないものである。
要するに「戦ったら死ぬから逃げていいけど、戦いたいなら好きにしていいよ」という実にいい加減な命令だが、時間稼ぎに戦ってほしいものの時間稼ぎにもならずに負ける可能性を考えると無駄に損耗するのもあれだから行けとも言えないし、という参謀本部の苦悩が反映された命令である。
そんな命令なので、それを受けた混成団本部では意見は紛糾した。
当然、大勢は徹底抗戦を主張する交戦派だったが、混成団長を含めた撤退派の「参謀本部が玉砕必至と言っている以上撤退すべき」という主張に精神論以上の反論もできず、膠着していた。
それを打破したのは、参謀の1人が言った
「どうせ士官学校出の我々は外様です。命令を開示して地元出身者たちに好きに選ばせれば良いのでは?」
という責任放棄とも言える発言だった。
が、地元出身者に選ばせるというのがミソで、故郷が敵の侵略を受けるなら徹底抗戦するだろ、という読みでの発言である。
が、その読みに反して、部隊の半分は家族を連れて逃げるほうを選んだ。
まぁ、それでも半分残ったのだが。
ちなみに、士官は撤退派も含めて全員残った。
部隊全てが撤退しないなら仕事をする、というわけである。
半個連隊程度に減った混成団を見ながら混成団長は考えを巡らせる。
「どうするべきか・・・」
そもそも敵の情報が「こちらより明らかに優勢」という以外にないのである。
「市民の避難がある程度進んだ前提で市街地に引き込んで戦うしかないでしょう」
「防衛目標をそのまま防衛施設にする、というのはただの本末転倒では・・・?」
今度は、戦力差を覆すことができる接近戦に持ち込むために、市街地に敵を引き込むべき、と主張する一派と、(避難が完了する見込みも無い)市街が防衛目標である以上、そこを戦場にするのは避けるべきと主張する一派で意見の対立が発生した。
結局、戦力の不利は如何ともし難いということで、市街地外縁に防御陣地を築きつつ、本命は市街地に引き込んで、という二段構えに落ち着いた。
新世界暦2年1月4日 アズガルド神聖帝国 帝都アガルダ 帝国議会
一院制であるアズガルドにおいて、立法の最高機関である帝国議会は紛糾していた。
その議題は本国東島に侵攻してきた武装勢力・・・ではなく、アガルダ国際空港に緊急展開した米空軍であるあたり、アルノルド内閣は無駄なことに時間を取らせるな、と内心キレていたが無視するわけにもいかないのが民主国家というものである。
「首相にお伺いしたい!帝都の防空を他国に丸投げしているのは一体どういう了見か!」
国粋主義者として有名な議員が鬼の首でも取ったかのように首相を追及するが、大方の反応はめんどくせぇなこいつ、というものである。
「我が空軍は昨年の損害から建て直しの途上であり、また能力的にも今回の事態には対処不能ということが明らかでしたので、APTOを通じた支援要請にアメリカ空軍が応えてくれた、というのが今回の派遣の経緯になります」
もっとも、帝都に展開したのが米空軍、というだけで、早期警戒管制機か早期警戒機を日英のどちらかが常時帝都上空に飛ばしていたし、避難民に対する緊急援助の名目で日本は国際緊急援助として輸送機や輸送艦、一部地上部隊の派遣、英海軍が帝都防空の援護のために中央海峡に駆逐艦の派遣を決めていた。
「首相!私の聞き間違いだといいのですが、あなたは今、我らが栄光あるアズガルド神聖帝国空軍には、本土防空を行う能力が無い、と仰ったのか!?」
「ええ、そうですね」
あっさり認めた首相に、一瞬、国粋主義者の議員はぽかん、と間の抜けた表情になるが、それ見た何人かの議員から笑い声が漏れ、国粋議員ははっと我に返った。
「というか、そもそもその能力があるなら昨年のような結果にはなっていないでしょう」
しかし、国粋議員の発言を許さず、首相が言葉を続けたことで、完全に言葉を封じられてしまった。
「敵の保有する兵器は我が国の技術力を大きく上回っていることは明確であり、日本以下各国からの新装備を調達準備中の我が国だけで対抗することは不可能です。よって、例え帝都最寄りの飛行場を他国軍に渡すことになっても、防空を依頼しなければ我が国そのものが歴史の中に消える可能性があるのです。敵が必ずしも日本のように寛容である可能性は、特に今回のように一方的に侵略してくる相手であれば、その可能性は限りなくゼロに近いのですから!」
最後は力強く言い切ってアルノルド首相は答弁を終えた。
「・・・しかし、首相や軍務大臣は盛んに我が国の技術力が劣っていると喧伝なさるが、それが具体的にどう劣っているのかは一切説明してくださらない!それを国民にわかるように説明いただきたいものです!」
その国粋議員の発言に、議事堂内に今度は明確な笑い声が広がった。
自国製品の優越を頑なに信じる国粋議員には興味も持たず、知る由も無いことだったが、自動車やラジオをはじめとした民生品もかなりの数が市場に出回っており、その従来品との性能差、価格差から、常に品薄気味の争奪戦状態なのである。
それに少しでも触れたことがあれば、そんな馬鹿な発想は出てこないだろう、という意味での無知を笑う声であった。
「・・・そんなもの、アガルダ国際空港にアメリカ空軍の戦闘機を見に行けばすぐにわかることでしょう」
市井の流行に全く関心を示していない議員に呆れるように首相は言った。
翌日、アガルダ国際空港の民間ターミナルで、スクランブル発進するF-15Cに腰を抜かす議員がいたとかいなかったとか。
次は一週間見といてください




