遭難
新世界暦2年1月12日 アズガルド神聖帝国 本国東島 上空 高度25000m
文字通りに音を置き去りにしながら、空気を切り裂いて1機の機体が成層圏を行く。
アトランティス帝国戦略空軍戦略偵察飛行隊に所属する戦略偵察機ウーラノスである。
最高速度はマッハ4。
有人実用機として地球最速のSR-71ブラックバードのマッハ3.3すら上回る韋駄天である。
そんな最高速度を可能にしたのは、極限まで小型軽量化に成功した魔導障壁である。
もっとも、小型軽量化のせいで敵の攻撃を防ぐほどの出力も出なくなっているのだが、機体表面に纏わりつくように展開するようになったそれは、機体の空気抵抗を低減し、しかもある程度の断熱効果まで発揮したのである。
しかも、機体の胴体本体に纏わりつくように展開しているので、主翼についているエンジンの吸気量には影響が無いというおまけ付で、超高速の偵察飛行を可能にしたのである。
もっとも、燃料をドカ食いするのはSR-71と同じなので、大がかりな発進基地や空中給油が欠かせないのだが。
『すぐに偵察区域に入る。撮影の準備は?』
『広角レンズの準備は出来てる。幸い雲も少ないし、絶好の写真日和だ』
1秒間で1キロ進む機内で、パイロットと偵察員がそんな会話を交わしている。
今回の偵察飛行は、何か特定の目標物があるわけではなく、空中要塞を主力とした地上部隊が占領した地域の西側の地形を知るのが目的である。
合成開口レーダーによる全天候偵察が当たり前の地球国家と異なり、まだまだ偵察の主力はカメラによる光学撮影であった。
そもそも、合成開口レーダーはその処理に莫大な演算能力を要求するので、高度な演算装置が安価、小型軽量で実現できないと、航空機への搭載なんて夢のまた夢であった。
『撮影開始地点まで10秒』
外を見ずに慣性航法装置だけをじっと見つめてパイロットが言う。
こんな高度では空中衝突の危険も無いので、機体が安定さえ保っていれば外を見る必要は無い。
『準備良し』
スコープを覗き込みながら偵察員は言うが、宇宙服と言われても納得してしまうような飛行服とヘルメット、というのは地球と同じなので、覗き込むのもやりにくそうである。
『撮影開始』
そういうと偵察員は覗きこんでいたスコープの横にあるシャッターボタンを押した。
すると数秒置きでスコープの中の映像がブラックアウトする。
機内が静かならシャッターを切る音が聞こえるだろうが、マッハ3以上で飛行中の機内でヘルメットまで被っているのである。聞こえるわけが無かった。
『ん?何か』
慣性航法装置から一瞬視線を外した際に、窓の外に何かを見た気がした操縦士だったが、彼がそれ以上のことを考えることは無かった。
新世界暦2年1月12日 アトランティス帝国 帝都 戦略空軍司令部
戦略偵察機ウーラノスが1機未帰還との報に、戦略空軍司令部は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
戦略空軍、などと大層な名前がついているものの、その実態は機密性の高い機体を集中運用する専門部隊のようなもので、戦略偵察機の他に、戦略爆撃機と迎撃機が1機種ずつ配備されているに過ぎない小所帯である。
その全てが機密の塊、ということは当然、全てが高価な機体であり、ウーラノスはわずかに12機が配備されているに過ぎない。
「最後の定時連絡では順調に飛行中とのことで、機材の不調を知らせる報告は無かった。墜落は考えにくいのではないか?」
「あの高速機だぞ?僅かにバランスが崩れただけでも一瞬で機体は崩壊する。報告する暇も無かったのではないか?」
「ここでいくら議論しても始まらない。捜索機を派遣するべきだ」
「何を派遣するのだ?空軍に頼むのか?それともまたウーラノスを飛ばすのか?」
秘密を守る一番簡単な方法は、それを知る人間の数を少なくすること、という鉄則はこの世界でも有効であり、戦略空軍が運用する機体の詳細は空軍にも伏せられており、詳細を知るのはトップの一握りだけである。
よって、捜索を空軍に頼む、というのは自ら機体を暴露するようなものである。
かといって、不具合による遭難が疑われる状況で、再びウーラノスを派遣する、というのは考え難い。
では、戦略空軍の他の機体を派遣すればいいのでは?という話になるが、前述の通り、他の機体は戦略爆撃機と迎撃機である。
迎撃機は帝都防空の切り札なので却下。というか、迎撃機なのでそもそも航続距離が足りない。
戦略爆撃機のほうは、ウーラノスと同じく評議会が運用に関与しているので、現場の一存で飛ばせる機体ではない。
つまり八方塞がりである。
「・・・上に報告して指示を仰ぐしかない」
心底気が進まない、という表情で1人が口を開く。
全員がイヤだ、という表情で顔を見合わせるが、いずれは報告せねばならないことである。
「最終的には評議会の判断だろう。如何様にでも動けるように準備させておけ」
そう言い残すと、言い出しっぺの法則に従い、戦略空軍参謀室に向かったのだった。
新世界暦2年1月13日 アトランティス帝国 帝都 帝国評議会議事堂
アトランティス大陸の中央、その帝都の中心にある帝国評議会議事堂で、今日も10人が円卓に集まっていた。
議題は勿論、昨日消息を絶った戦略偵察機ウーラノスである。
たかだか1機の機体にいちいち国の最高機関が関わり合っていてどうするんだ、という話だが、それほど彼らにとって重要な機体だということである。
「なんということだ・・・」
「我が国の技術の結晶が・・・」
評議会を包んでいるのは、大きなものを失った悲壮感である。
「嘆いていても仕方がない。どうするかを考えないと」
ここで出撃に賛成した奴の責任だ!とか言い出さないあたりは建設的である。
まぁ、そういうことをすると別の機会に自分が引き摺り下ろされかねないので、自然と評議会ではそういうことは起こらない。
なんせ、彼らの上には一応、制度上は皇帝がいるのである。
別に誰かを引き摺り下ろしたところで、これより上があるわけでもなし、くだらない内輪揉めで地位を失うくらいなら、真面目に仕事をして引退まで勤め上げる方が良い。
「・・・墜落したのならせめて残骸は回収、もしくは破壊する必要がある」
敵の防空網を無視して侵入できる機体、それが自分たちの方に向けられると厄介極まりない、というのは評議会の総意である。
「戦略空軍の戦略爆撃機エレボスを出すか?」
「位置も不明なのに?」
「定時連絡まで事前の飛行計画通りに飛行していたのだから、そこから大きくずれてはいまい?」
「1秒間で1キロ進むということを忘れていませんか?方位が1度ずれて1分間飛行するだけで墜落地点は1キロずれるんですよ?」
実際にはそこで定時連絡から何秒間飛行したか、という問題も出てくるので、捜索範囲は広大である。
「・・・空軍の戦略爆撃機を出して絨毯爆撃するか?」
「そんなことをしてみろ!その後の土地を使わなければならないんだぞ!」
爆発でボコボコ、しかも不発弾の危険まである。
そんなところで農場を開発するとか、考えるだけでも気が遠くなる。
さらに人的資源まで失われる可能性が大、となればなんのメリットも無い。
「大人しく早急に管理地域の拡大を図る方が無難か・・・」
それが良さそうだ、全体の流れがまとまりかける。
「しかし、偵察はどうするのです?何もわからない場所を進むのと、せめて航空写真で地図がある場所を進むのでは差がありますよ?」
「空中要塞の搭載機でやるしかなかろう」
「あとは未舗装とはいえ地上の滑走路を確保したのだろう?まずは未舗装路で使える機体も増援で派遣してはどうだ?」
とにかく突っ込めるモノはなんでも突っ込んで早急に支配地域を拡大して残骸を確保する、ということで結論は落ち着いた。
さて、今日も解散、というところで、新たな情報が舞い込んできた。
「本国南方海域に敷島大公国の巡洋艦が出現しました!」
その報告によって、評議員は再び席に着くことになったのだった。
次は金曜日に出来る気がする(気がするだけ




