直線番長
新世界暦2年1月5日 アズガルド神聖帝国 本国東島 南東部主要都市 グリトニル
地球で言うと中欧や北欧の伝統的な街並みに似た、アズガルド本国東島東部最大の都市であるグリトニル。
昨年後半の流れのままもう少し世界が落ち着いて、インフラ整備が進んでいればそれなりの数の観光客が押し寄せたであろう美しい都市は、今現在その面影も残さぬほどに破壊されている最中であった。
上空にアズガルド空軍機の姿は無く、大きなUFOのようなアトランティス帝国空中要塞が覆いかぶさっていた。
通常なら少なくとも数十機、いや数百機の戦略爆撃機で行うような都市破壊を、たった2つの空中要塞が行っているのである。
「もう少し抵抗するかと思ったが・・・」
破壊されていく都市を見ながら要塞司令は独り言ちた。
「抵抗はありましたし、今もありますよ」
ほら、と作戦参謀は指を指す。
その先には、地上で抵抗を続ける旧式の戦車や対戦車砲で構成される部隊がいた。
空中要塞に射撃を続ける高射砲もあった。
空中要塞が大きすぎるので、命中させること自体は簡単である。
しかし、いくら狙いが正確で、砲弾を命中コースに乗せても、砲弾が要塞本体に命中することは無かった。
時計信管の対空破片弾だから、とかでは勿論なく、どこか見覚えのあるバリアによって砲弾がはばまれてしまったからである。
「それにしたって過小な抵抗じゃないかね?この規模の都市だ。いくら技術水準が劣るとはいえ、もう少し、こう・・・」
「そう思わないではないですが、作戦が順調なのはいいことじゃないですか」
「私が言いたいのは、連中が無い頭でも使って何か作戦を考えとるんじゃないか、ということを言いたいんだ」
あくまで楽観的な作戦参謀に対して、要塞司令はじれたように苦言を呈する。
というか、普通は逆である。
「そうは言いましても、今のところ周辺にも敵の大戦力が潜んでいるような様子は確認されていません。そこまで気になるようでしたら、戦闘機隊の既存空域の防空任務を解いて、偵察に向かわせますか?」
「いまはまだいい。後続の地上部隊が来てからにしよう」
そう言うと要塞司令は破壊されていく都市を眺める。
そこには美しい都市を破壊している嫌悪感などといったものは一切ない。
彼らにとって、美しい都市、というはアトランティス式の建築様式を守った都市であり、それが微塵も感じられない都市に何か感情を抱くことはないためである。
「それで、後続部隊の輸送は結局どうなったんだ?」
「輸送機による当要塞への輸送も行われますが、主力は船舶になりますので、まだ数日かかるでしょう」
空中要塞は確かに大きく、通常の中型輸送機くらいまでなら発着できるとはいえ、やはり大量輸送という観点からは船舶には敵わない。
空中要塞が往復して輸送に従事するのが一番早いのだが、様々な役割を兼ねる空中要塞をそんなことに利用するのはデメリットが大きく、これまでにも実行されたことはない。
舗装滑走路を持つ飛行場を確保できていれば、空中要塞による兵員輸送も現実味を帯びたのだろうが、それが出来ていない現状では、空中要塞がいなくなれば、占領地域のエアカバーは無くなってしまうのである。
「それを待って戦闘機隊による大規模な航空偵察を行う。それまでは既に確保した地域の管理強化に重点を置き、すぐさま行政官を受け入れられるよう準備させろ」
この命令により、アトランティス帝国による領地拡大は一旦停止することになる。
新世界暦2年1月10日 アトランティス帝国 帝都 帝国評議会議事堂
再び10人の評議員が集まり開かれた評議会だが、前回ほどのんびりした雰囲気にはなっていなかった。
「クリティアスとティマイオスの両空中要塞を投入しながら、先日から進軍が止まっているのはどういうことですか?」
その声に含まれているのは焦り、というよりも怒りであった。
「現在、船舶で増援を輸送中ですので、その到着を待っているようですね」
一方でまるで他人事のように別の評議員が言う。
「慎重すぎる感じもしますが、どのみち占領しただけでは意味が無いのですし、既存地の開拓を優先している現状では別に職務怠慢と言うほどのこともないでしょう」
実際、空中要塞に乗っていた4個工兵大隊は、飛行場の設備改良と大規模農場の開拓に向きそうな地形の調査に駆り出されていた。
「今は揉めていても仕方ないし、既存地の開拓を進めるのも、新たな植民地を広げるのも、どちらが正解とは言い難いだろう。派遣している兵力が限られるのだから、いま現地でやっていることがベストだと思うしかあるまい」
「幸いなことに既に開拓されている農地もあるようですし、早急に生産にかからせる必要があります」
「現地民はすぐには使えないでしょう?子供たちの教育体制も早急に整備しないと」
あれやこれやとやるべきことを次々に彼らはあげつらうが、リソースが有限である以上、そんな一気には進められない。
それに、単純肉体労働系の仕事は、軒並み植民地に置いていたため、転移による連絡途絶によって単純労働者の不足も著しい。
もっとも、未だに新たな植民地の全容が判明していないので、どの程度の労働力が必要なのかはわかっていないのだが。
「いずれにしても、間もなく偉大なるアトラス神の威光が隅々まで行き渡る土地の全貌を知ることは重要だろう。どうだろう?現地部隊が動けないのなら、本土から戦略偵察機を飛ばしてみては?」
「いや、しかしそれは・・・」
アトランティス帝国戦略空軍の戦略偵察航空隊が保有する戦略偵察機ウーラノスは、存在自体が最高機密であり、よくわからない世界で飛ばして遭難し、万が一にも敵対国に鹵獲されるようなことがあってはならない、と転移後飛行停止になっていた。
「空中要塞からの航法支援が受けられる範囲で、ということにすれば問題なかろう。空中要塞の搭載機運用にも余裕が出るだろうし、支援にもなる」
「たしかに、この際だ。使えるものはすべて使うべきではないかね?」
「とはいえ、ウーラノスは最高機密ですよ?万一にも遭難するようなことがあれば」
「機密だからと言って使わないのでは、作った意味がないではないか。それに元々飛ばしてたんだ。航法支援を受けられる範囲内なら前と変わらんだろう」
遭難による鹵獲を懸念し運用に否定的な評議員と、使えるものはこの際使うべきという評議員の間で意見の相違があるが、別に評議会は多数決で結論を出したりはしないので、あーだこーだと意見交換が交わされる。
国の最高機関だというのに、村の寄合のようなところがあるので、最終的には意見が集約されることがほとんどである。
どうしても意見が一致しない場合だけ、皇帝(というか普段の仕事から言うと教皇だが)の裁断を仰ぐことになっているが、それは過去1度だけしか行われていない。
まぁ、その内容が式典で出す料理を魚にするか肉にするか、という実にどうでも良さそうなことなあたりがアレだが、当時の評議員達は至って大真面目であった。
「新たな植民地の全容を把握するためにウーラノス戦略偵察機を使用する、ということでよろしいかな」
しばしの議論があった後、議長役がそう締めくくる。
それに誰も異議を唱えなかった結果、戦略偵察機による植民地の全容把握が決定されたのだった。
新世界暦2年1月12日 アトランティス帝国 帝都郊外 戦略空軍秘密飛行場
敷地内に警報が響き渡る。
一見すると3000m級の滑走路が1本あるものの、それほど設備が整っているようには見えない飛行場である。
実際、滑走路と平行誘導路、その2つをつなぐ高速脱出路など、滑走路絡みの設備は立派である。
しかし、それ以外の設備は大型機1機分の駐機場と、同じく大型機が納まりそうな防爆シェルターだけである。
明らかに「普通の飛行場ではない」ことは明らかであるが、帝都に住むこの国の中枢にいる人間でも、この飛行場の存在を知らないものは多い。
飛行場の周囲も含めて広大な立ち入り禁止区域が設定されているし、それをわざわざ侵すような人間は帝都には住めないからである。
警報が鳴り止んだとき、地球であれば想像を絶することが起った。
「飛行場全体が浮上し始めた」のである。
飛行場に見えた設備は、大型飛行要塞の上甲板であり、本体は地中にぴったり収まっていたのだ。
もっとも、アズガルド侵攻に派遣されている2基の空中要塞のような航行能力は無く、細長い形状は収容能力の面でも劣っている。
それでも、特に問題は無かった。
この大型飛行基地に求められているのは、発進する機体のために高度と多少の速度を稼ぐことだからである。
高度3000mに達したところで、防爆シェルターの中に、突如独特の形状の大型機が出現した。
これについては特に不思議なことは無く、シェルター内の床面が、実は内部の格納庫とつながるエレベーターになっていただけの話である。
出現した独特な機体こそが、アトランティス帝国の帝国評議会が運用するか否かで議論するほどの最高機密機体、戦略偵察機ウーラノスである。
地球で最も近い機体を上げるならば、目的や飛行特性も考えるとSR-71ブラックバードである。
しかし、かなり特殊な構造とは言えターボファン2基で飛行するSR-71に対して、ウーラノスは4基のエンジンを搭載している。
低速飛行(と言っても音速を超えても使用するのだが)に使用する2基のターボジェットエンジンに加えて、高速飛行時に使用するラムジェットエンジンを2基搭載することで、SR-71と同じく「対空ミサイルを振り切る」ことで安全な戦略偵察を可能にしたのである。
結果的にSR-71以上に燃料をドカ食いする機体に仕上がっているが、離陸時の燃料消費問題は発進基地自体が動くことである程度解消されている。
何はともあれ、地球最速の機体を上回る直線番長が空へと上がったのだった。
次は・・・木曜日か金曜日あたりにできたらいいなぁ




