急転
新世界暦2年1月3日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸
「とりあえず穏便な接触は出来たのか?」
首相の言葉に、防衛相は頷く。
「ええ、少なくともいきなり銃をぶっ放してくるような狂人ではないとのことです」
HAHAHAと防衛相は笑っているが、そういう狂人が普通にいそうなのがこの世界である。
「とりあえず細かい話は外務省の管轄ですから、穏便に接触できただけでも成功でしょう」
あとは任せた、と防衛相は外務相に丸投げした。
「しかしなんで異世界の国なのに日本語が通じるんだ?」
「さあ?よくわかりませんが、他にもドイツ語やイタリア語などの未知の電波も傍受しています。衛星で確認できた付近の増えた陸地は片っ端から確かめる必要があるでしょうね」
「吐きそう」
また偵察飛行祭りだぜ!というテンションの高い防衛相と、また外交相手が増えるのか、とテンションの低い外務相の落差が酷い。
「とりあえず外交使節は出さねばならんだろうが、各国はどの程度の地位の人間を出すんだ?」
首相のその言葉で、全員の視線が一斉に外務相のほうを向いたのだった。
新世界暦2年1月3日 敷島大公国 南東海域 アメリカ海軍 ミサイル巡洋艦「ノルマンディー」
とりあえず北西側で穏便な接触が出来た、ということでいくらか艦隊の緊張は解けていたうえに、空母も1隻は本土への帰途についている、という状況だが、艦隊の中でも前に出ている艦のCICではそれまでとは別種の緊張に包まれていた。
「これは・・・あれか」
「あれでしょうね」
艦長の言葉に、砲雷長が頷く。
全長450mのデカブツが時速500キロで高度1500mを飛行しているのである。
中米戦役でさんざ苦労させられたアレだろう、というのはCICにいる誰もが考えたことである。
だが、これまでと決定的に異なるのはその搭載機である。
「飛行性能はスーパーホーネットと同等か・・・厄介だな」
中米戦役の際は、相手の戦闘機の飛行性能は地球側に対して大きく劣っていたし、人民統制委員会が鹵獲運用していたものは搭載機を全て降ろして戦艦主砲を強引に移植していた。
「超音速飛行も観測されましたし、格闘戦では互角でした。まぁ、実戦でそんなことしないでしょうが」
現代戦闘機の主兵装は最早中距離AAMと言っても過言ではない状況であり、格闘戦能力はおまけみたいなものである。
じゃあ、なんで大型機に大量のミサイルを搭載しないのか、と言う話だが、レーダーによるものも含めて被発見を避けるには単純に小さい方が有利であるし、高い旋回能力があれば敵のミサイル避けられる(かもしれない)からである。
「敵の電子兵装はどうなんだ?」
「収集している情報からすると、レーダーは機械走査式しかないようですね。相手戦闘機をF-35Bがこっそりロックオンしても回避行動をとらなかったあたり、電子防御能力も劣るようです」
「とはいえ、航空機の飛行性能に物理的な差が無い、というのは痛いな」
ただちに軍事衝突は無さそう、ということで任務は完全に情報収集に切り替わっているので、前衛艦隊であるタイコンデロガ級巡洋艦1隻とアーレイバーク級駆逐艦2隻はその能力を如何なく発揮して情報収集に努めるのだった。
新世界暦2年1月3日 敷島大公国 平坂飛行場
民間と共用の防空軍飛行場だから仮に民間機だったとしても対応しやすい、という理由で領空侵犯機の強制着陸場所に指定されている飛行場のエプロンには、地球でも見慣れた大型のワイドボディ機が4機並べられていた。
どんな機種かと言われると、777、787、350という数字で表される機種である。
これまでのところ処遇が決まっていなかったので、機体は留め置かれていただけだったのだが、どうやら領空侵入はただの事故らしいことがわかってきたので、そのまま返される方向になった。
が、その前にバラすことはできなくても、相手の技術水準を測るために調査だけはしておこう、ということで各分野の技官が集められて調査を行っていた。
各々が写真を撮ったり、何やらメモを取ったり寸法を測ったりしている中、1人だけ何やらぶつぶつと呟きながら機体の周囲を歩き回っている人物がいた。
そんな彼を、周囲は気味が悪いものを見るようにして近付かないようにしていた。
勿論、彼はただ歩き回っているわけではなく、その手元には敷島大公国で最近発売されたばかりの携帯型カセットテープレコーダーが握られていた。
発売されたばかりのそれを、彼はメモ代わりに使いこなしているのだが、まだまだ一般での知名度は低く、「なにやってんだあいつ?」というのが大方の反応であった。
そんな彼だが、この国で最も優秀な航空機設計者の1人であり、その場の誰もが(いろんな意味で)一目置いているのもまた事実である。
「今回着陸した4機は全て双発、エンジンはタービンエンジンなのは間違いないが、ターボジェットには見えない。いや、訂正、ターボジェットに似てはいるが、それにしては直径が大きい。後ろから見るとターボジェットエンジンの外側に外殻を被せているように見える。空軍技術研究所で開発中のターボファンエンジンのように見受けられる・・・」
そこまで言って、彼は黙り込んでしまった。
空軍技術研究所で開発中のエンジンを、民間機が搭載している。という事実に寒気が走ったからである。
ターボジェットエンジンがあれば、ターボファンエンジンの製造自体は簡単である。
ターボファンエンジンのコアはターボジェットエンジンなのだから、当たり前の話である。が、それで効率的なターボファンエンジンが造れるか、というとまた別の話である。
まぁ、超音速飛行にはターボジェットのほうがいい、とか、そう見せかけてアフターバーナーによる推力向上効果はターボファンのほうが、とか結局一概に言えないのだが、地球で初期においてターボジェットしか存在せず、ターボファンの登場と性能向上によってターボジェットが駆逐された、というのが答えである。
より高い温度を許容する素材技術や、複雑な形状を精密に実現する製造能力など、いくつもの技術の積み重ねが高効率のターボファンエンジンを可能にするのである。
空軍や防空軍部内には、魔導障壁による空気抵抗軽減を利用すれば超音速巡行は可能であり、それにはターボジェットのほうが良い、という意見を主張する人間も多くいたが、技術畑の、特にエンジン分野の人間でその主張に乗るものはいなかった。
当たり前である。空気抵抗低減のために機体前方に魔導障壁を張る、ということは同時にエンジンの吸気量が減る、ということであり、エンジン出力が落ちるからである。
緊急出力で出すならともかく、超音速巡行は著しく効率が悪い、というのが空軍技術研究所の出した結論だった。
「これより機内に入る」
気を取り直して搭乗口に横付けされたタラップを登り、機内へと入る。
ちなみに、乗員と乗客は全員、空港近くのホテルに収容されている。まぁ、人数が多すぎて半分はバスで離れたホテルまで運ばれたのだが。
「これから操縦室に入る。見慣れた計器類はほとんどない。現在は電源が落とされており、表示装置らしい正方形の黒い平らな板が多数配置されている。様々な情報を切り替えて表示できるらしいが、既存の電子映像装置とは異なる」
電源の入っているところを見てみたい、と思ったが乗員も全員ホテルに収容されているのでさすがに起動方法がわからず、諦めた。
「続いて客室に移る。機体前方は高価格帯の座席のようだ。かなりゆとりを持って座席が配置されている。その全てが電動のようで、完全に横になれるのではないかと思われる」
そしてその席の1つに座る。
「前の席の背もたれには、操縦室のものとは異なるが、映像表示装置が設置されており、個別の聴音装置もついていることから、映画の上映等を行うものと思われる。これは機体後方の低級席も同じであり、羨ましい限りである」
当然、ここで留め置かれている4機は全て国際線機材なので、エコノミー席にいたるまで、全ての席にエンターテイメント設備が設置されている。
ちなみに、敷島大公国の国際線機材の設備はといえば、機体前方にスクリーンと「映写機」が設置されているという有様であり、個別の映像表示装置なんて夢のまた夢である。
「今回の報告はここで終わる。総論としては機械技術の水準は我が国を凌駕していると考えられる。魔導技術については関連するものが見受けられず、判断ができない。いずれにせよ、仮に戦闘になった場合、我が国は著しく苦戦を強いられる可能性が高く、慎重な判断が求められるだろう」
やっぱ電源が入っているところを見たいよなぁ、と思いながら彼はテープを止めたのだった。
新世界暦2年1月3日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸
「えー、じゃあ外務省大洋州局長を実務者として派遣するということで」
アメリカが国務次官補を出す、という話が入ったので、自分が行く必要のなくなった外務相は安堵の息を吐いていたが、抑留された乗員乗客はもはや穏便に返ってくることが確定しているのだから、行って解放された邦人とともに帰国して「わしが助けた」とでも言えば、話題になれただろうに、と官房長官は残念なものを見る目で見ている。
「とりあえず解放の目途は立ちましたが、あんな場所にいられると航空路の邪魔です。こちら側に引き込むか、せめて空路だけでも開放させませんと」
経済産業相がむしろまた転移でどっかいかねぇかな、といった感じで発言するが、そんな都合のいい話はないので、取り込む方向で動く、と言う風に決まった。
まぁ、アメリカや英国の動向次第では吹き飛ぶような方針だが。
そんなことを話し合っていると、メモを持った秘書官が複数入ってきて官房長官、外務相、防衛相にそれぞれメモを差し出す。
そのメモを見た3人は驚いたように目を見開いた。
「総理、アズガルド本国東島の東海岸が不明国の空襲を受けました」
官房長官のその言葉で会議の延長が決定したのだった。
次も1週間以内に。ちょっと早くできるかなぁ?




