いろんな場所のいろんな事情
新世界暦2年1月3日 敷島大公国 北西沖 敷島大公国海軍 本国艦隊第一戦隊 旗艦 巡洋艦「平坂」
「提督!連中、この先を公海などと!」
護衛艦しらぬいの警告を聞いた艦長は激昂して提督に詰め寄る。
彼らが展開しているのは領海との接続水域なので無理からぬことではあったが、全く未知の国相手で、慎重さが求められる状況で指揮官がとる態度ではない、と提督は内心溜息を吐いた。
「落ち着き給え。全く未知の国が出現した可能性がある、と出港前に情報があっただろう。つまるところ、向こうから見れば我々だって未知の国ということだ」
「しかし、連中は正確に敷島語で警告してきたではないですか!」
その点については提督も懸念していた。
使用している言語がバレたのは、単純に相手が通信を傍受していたからだ、で片付く話だが、それを使って警告してきた、ということは相手は敷島語を理解している、ということになる。
彼らにとって敷島語は未知の言語ではない、というわけだ。
「艦長、いい加減にしたまえ。我々の仕事は戦争を始めることではない」
提督は強く艦長を諫める。
その言葉を受けて、艦長は不服そうな表情ながらも、それ以上何も言わなくなった。
「しかしあの距離から音声を届けるとか、どんだけでかい拡声器を積んどるんだ?」
「提督、その件ですが、僚艦はどれも警告を聞いていないようです。指向性が恐ろしく高いのではないでしょうか」
「それはそれで恐ろしいな」
提督が副長と話していると、新たな警告音声が聞こえてきた。
『交渉する意思があるなら、檣頭に一色旗を掲げるか、探照灯をこちらに向けて点灯せよ。搭載艇で使節を派遣する。なお、貴艦が搭載艇を派遣すると言うのなら受け入れる』
それを聞いた艦長が再び、罠だのなんだと騒ぎだすが、誰も相手していない。
「慣例に従うなら相互に派遣すべきと思うが・・・」
「派遣した人員が人質に取られる可能性があります!絶対反対です!」
「とはいえ、派遣は向こうが一方的にすると言ってきたことだしな。人質にされるようなことはないだろうが、交換の意味でも、向こうの艦を見る意味でも派遣したいと思うが」
誰か志願者はいるか、と提督が言い終える前に、艦橋にいた士官である副長と航海長がずい、と前に出ていた。
他の水兵や下士官も、行ってみたい、という目をしてちらちらと提督の方を見ている。
「君らは好奇心の塊だな」
提督は苦笑いしていたが、何よりも絶対反対と言ったはずの艦長自身が、ちらちらと立場が無かったら俺が見に行きたい、みたいにしているのに気付いて吹き出しかけた。
「まぁ、あれがどういう設計思想で作られているのかは気になるところではあるな」
そう言って、自国の巨大なパラボナアンテナやかご型アンテナが乱立した艦影とは異なる艦に視線を向けるのだった。
新世界暦2年1月3日 日本国海上自衛隊 護衛艦「しらぬい」
「青の一色旗と探照灯点灯を確認。搭載艇を降ろす準備を始めたように見えます」
艦橋横のウイングで相手艦の動向を監視していた見張り員が声を上げる。
「やれやれ、とりあえずいきなり撃ち合い、なんてことにはならずに済んだか」
「まだわかりません。送り込んでくるのが爆弾、なんて可能性もありますし、爆弾ではなくても制圧部隊を送り込んでくるかもしれません」
「まぁ、ゼロとは言えんわな。念のため立検隊は食堂で完全武装にて待機」
そうは言いながらも、艦長はほぼ無いだろうと見ていた。
相手艦の搭載艇の大きさは海自が使っている内火艇と同程度であり、完全武装した兵士を乗せられても10名以内であろうと予想できるからである。
そもそも、交歓任務の内火艇に人が大量に乗っていれば不信感を抱くのは当たり前だから、そんなに人数も乗せられず、わずか数名で武装した人間も含めて200名以上乗員のいる護衛艦を制圧するのは不可能だと判断できる。
「さて、こちらも派遣の準備をせんとな」
「使節となる副長と水雷長はすでに準備を終えていますので、あとは指示を頂ければ」
船務長の言葉に、艦長は頷き、搭載艇を降ろすよう指示を出した。
「そういえば、途中からずっとついて来てた海中音源の様子は?」
「我々の後方、水深150でじっとしてますね。出番が無くて退屈してるんじゃないですか」
違いない、と2人は小さく笑う。
「あ、そうそう言うまでもないことだが」
「相手のESM情報は収集と記録を徹底させています。とりあえず全周走査の間隔はそれほど早くないようですね」
アズガルドよりは進んでるようだが、レーダーとしては古そうだ、と口には出さずに2人は結論付けたのだった。
新世界暦2年1月3日 護衛艦「しらぬい」後方海中 アメリカ海軍 原子力潜水艦「シーウルフ」
「敵艦隊、日本艦共に動きなし」
聴音手の言葉に、発令所には溜息が広がる。
「状況が全く分からん」
むすっとした顔で艦長が言うが、海自にばれているかどうかはこの際どうでもいいが、というか一度曳航ソナーを投入した形跡があったので多分バレているが、どうも敵には日本艦の推進音に上手く紛れてバレていないようなので、日本艦が動かない以上、じっとしているしかないのである。
「しかし、日本艦に付いて行って爆発音が聞こえたら撃ってよし、ってこれまでの軍歴で一番適当な命令だな」
「その適当な命令で上陸が伸びたんですから、こっちはたまったもんじゃないですがね」
やれやれ、とずっと潜航しっ放しで、限られた通信しか送られてこない艦内は、状況が見えずに年末からの弛緩した空気が支配しているのだった。
新世界暦2年1月3日 敷島大公国 北西沖 敷島大公国海軍 本国艦隊第一戦隊 旗艦 巡洋艦「平坂」
艦内の一部が慌ただしい空気に包まれていたが、何も不明艦からの使節を迎え入れることだけが原因では無かった。
「本国南東に不明艦隊が出現だと!?」
「本国艦隊司令部からの情報です。複数の戦闘艦と戦闘機が確認されたことから、空母もいると思われる、とのことです」
その報告で艦橋内が騒がしくなる。
「あの艦と同じ国でしょうか」
「今のところは不明だが・・・向こうも威嚇行動はとっているが、実際に攻撃する素振りを見せたりはしてこないらしい」
今後の対応如何によっては二正面作戦になりかねない危険性を孕んでいる、という事実に提督はぞっとするが、こちらは1隻だけなので、仮に南東方面の艦隊と同じ国でも、単艦で偵察行動中だっただけで戦線正面にはならないかもしれない、とも考えられるのが救いである。
『搭載艇降ろし方用意』
艦隊司令部からの情報で艦内に動揺はあったものの、使節派遣の準備は順調に進んでいた。
結局、派遣する士官はくじ引きで2人選ぶことになり、船務長と機関長が選ばれていた。
「派遣する人員を選んでいた分だけ遅れている、というわけでもなさそうだなぁ・・・」
すでにこちらに向かって走っている相手の搭載艇を見ながら提督は呟く。
「提督、大本営からです」
そう言って通信員は口頭で報告せずに、電文の書かれたメモを差し出した。
無線の時点で大した情報ではあるまいに、と思いながらメモを読んだ提督は、やっぱりどうでもいい情報じゃねぇか、と思いメモを読み上げた。
「南東の不明国艦隊牽制のために近衛軍が空中空母 武御雷を出すそうだ」
その言葉に、おお、と感嘆が広がるが、どちらかというと馬鹿にしたようなニュアンスがあることは誰が見ても一目瞭然である。
「珍しいですね、近衛軍があれを大公城防衛の任務から離すなんて」
近衛軍が持つ空中空母、武御雷、建布都、豊布都の3隻は、普段は大公城防衛を大義名分に、絶対に公都周辺の哨戒以外には出さない、正に虎の子装備である。
もっとも、全長450メートル、最大搭載数65機、巡航速度時速500キロという性能を考えれば、どう考えても外洋哨戒に使う方が向いているのだが、近衛軍管轄を理由に本土上空を遊弋しているだけだった。
さすがに近年は維持費の無駄だ、という理由で近衛軍から海軍か空軍に管轄を移すべきだとの声が議会でも大きくなっていたが、その移管先が海軍か空軍かでも揉めていたので事実上塩漬けになっていたという曰く付の装備でもある。
「大方、不明な状況をチャンスと見た近衛軍の議会へのアピールだろ」
「政治ですか。嫌になりますね」
いやだいやだ、と艦長は言うが、海軍も大概なので結局同じ穴のムジナである。
「提督、相手使節が到着します」
「うむ、出迎えるか」
そう言うと提督は腰を上げたのだった。
次も一週間以内に




