接触
新世界暦2年1月3日 日米中間海域 海上自衛隊 護衛艦「しらぬい」
捜索救難任務名目で急派された護衛艦の1隻であるしらぬいは、横須賀から派遣された英米艦も含めた7隻の中から1隻だけ突出して前方に出ていた。
護衛艦としては初めてのCOGLAG艦という節目の艦ではあるものの、建造費削減のために電動系が後のまや型と比較して低圧になっており、推進効率で劣っている。
結果的に電動機のみでは15ノット程度しか発揮できず、艦隊運用を行う場合は推進用のガスタービンも起動する必要があるので燃費低減効果も限定的であり、運用上も手間が増えている、という状況で、厄介者扱いされていたので単独で前に出されたのである。
まぁ、もともと硫黄島沖で哨戒行動中だったので前に出ていたという理由もあるのだが。
「あの、艦長、本当に警告は日本語で良いのでしょうか?」
「知らんが、そういう指示だし、やってみるしかあるまい」
そういう彼らの前には、未知の艦隊が展開し、針路を妨害していた。
「LRADによる警告を開始する。事前準備の通り、警告は日本語のみで行う。不測の事態に備えよ」
「部署を発動します。対水上戦闘用意!」
独特のチャイムの音とともに、艦内の動きが慌ただしくなる。
「艦長、いきなり攻撃を受けるようなことになれば本艦は」
「船務長、声が大きい」
2人が小声で囁きあっているが、艦橋内の喧噪で、近くにいた1人の耳に入っただけだった。
もっとも、攻撃を受ける可能性なんてのは乗員の全員が最悪の想定として心中で持っているものであるので、「今更」というのがそれを聞いた乗員の感想だった。
「LRADによる警告を開始します」
その言葉と同時にLRADによる不明艦隊への警告が開始された。
新世界暦2年1月3日 日本国東京都小笠原支庁ユグドラシル村世界樹島 独立行政法人世界樹島管理機構本部
こういう事態において、世界で最も優秀な情報収集装置であるはずの切り札を日本政府は有していたはずなのだが、全くといっていいほど役に立っていなかった。
勿論、1月1日の時点で首相官邸から直ちに情報収集の要請が出ていたし、ウルズもそれに応えようとしたのである。
しかし、そこは悲しいかなポンコツの面目躍如で、「全知にはなれても全能にはなれない」というウルズの能力をフルに使えばどうなるのか、ということである。
どれだけ莫大な情報を一瞬で得られるとしても、それを処理するのはウルズ1人なのである。
「変化した世界の全ての情報」なんていうアホな括り方で情報を得ようとしたため、莫大な情報量に押し潰されたのである。
悲しいことにウルズがパンクしたのはこれが初めてではなく、「現用技術だけで建造可能な恒星間航行船の設計図」なんていう無茶振りに応えようとした際にもパンクして1週間寝込んでいる。
そして、起きた時にはすっかり忘れているあたりが実にポンコツだが、そのことを忘れて再び莫大な情報量に飲まれたあたりがポンコツのポンコツたる所以である。
「起きないですね」
武田は寝ているウルズの顔を覗き込むようにして言う。
「前もこんなことがあったし、1週間くらいこのままじゃないかな」
大して心配している風もなく北条は言う。
「いや、それじゃ困るんですけど。というか、なんで前科があるのに情報を絞らせなかったんです?この世界がどうなったのか、なんて全世界の情報得ようとしてパンクするに決まってるじゃないですか」
武田が北条を責めるように言うが、北条も、「この世界がどうなったのか」の後に「日米間の海域に絞って、間に現れた国の概要を知りたい」というつもりだったのだが、普段はぐだぐだしているくせに変な時だけ素早いウルズの行動は完全に想定外であった。
「まぁ、無理に起こしても使い物にならないし、起きるの待つしかないですね」
やれやれ、と言いながら武田は部屋を出て行ったのだった。
新世界暦2年1月3日 日本国東京都 防衛省情報本部
自衛隊が有する情報機関、と言えば聞こえはいいが、その実態としては電波情報収集に著しく偏っているのが防衛省情報本部である。
日本の情報機関としては最大規模ではあるものの、独自に収集する情報は電波情報がほとんどで、いわゆるヒューミントについてはほぼ行っていないとされている。
もっとも、扱う情報自体は電波情報の他に、海自や空自の機体が撮影した画像情報、他省庁や友好国からもたらされた情報、一般公刊物により収拾できる情報なども対象であり、一応総合情報機関としての側面も持ってはいる。
ただ、やはり元々の成り立ちからして電波情報の収集、解析が主軸であり、その活動内容についても不明な点が多い。
「やはり国内通信所での傍受では限界があるか・・・」
情報官の1人は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「空自のYS-11EBにしても海自のEP-3にしても、通信波の傍受を目的とした機体ではありませんからね。やはりこれだけ世界が大きくなったのですし、通信傍受を目的とした電波情報収集機が欲しいところです」
自衛隊で保有する電波情報収集機としては、空自にYS-11EBとEC-2、海自にEP-3が存在しているが、主任務は敵のレーダー情報を収集するのが主で、通信波の傍受は副次的任務である。
そもそも、機内はスペースが限られているので、必要に応じて機材を積み下ろしするのが常であり、常時通信波傍受のための機材を搭載しているとは限らないのである。
唯一、EC-2のみは機内スペースに余裕があるので、常時機材を搭載しているものの、電子戦機としての能力を有していることからもわかるように、やはり主任務はレーダー情報の収集である。
そもそも、EC-2自体が、未だにC-2の試作2号機を改造した試験機のみ、という状態で、YS-11EBが老体に鞭打って、限られた部品を食い潰しながらなんとか飛行している状態である。
もっとも、自衛隊の展開能力強化のためにC-2の増勢が計られている状況では、量産機の配備はまだ先になりそうである。
「そうはいっても、米軍のようにはいかんさ」
苦笑いしながら情報官は言うものの、その米空軍でも電波情報収集機のRC-135は、民間航路からは姿を消して久しい707型機をベースにした老朽機である。
中身は何度も更新されているとはいえ、飛行機としては老体に鞭打って飛ばしているという点ではYS-11EBと大差ない。
米海軍は海自と同じ名称のEP-3を保有しているが、ベースの機体が同じだけで、外観も搭載機材も全く異なる別の機体であるが、任務はやはり同じ、というややこしい機体である。
「今は無いものをどうこう言っても仕方ない。使えるモノを使おうじゃないか」
そう言うと、情報官はモニターに向き直る。
そこに映されているのは、硫黄島に展開した海自のEP-3が傍受した不明国のラジオ放送と思しき内容を文字に起こしたものである。
「しかし、不明国の言語が、やや古風とはいえ日本語とは、ますますよくわからん世界です」
「まだわからんよ。日本語っぽいだけで全く異なる意味なのかもしらん」
まぁ、考え難いけどな、と情報官は溜息を吐く。
「録音した音声情報も聴いてみたが、古風で聞き取りにくい点を除けば、間違いなく日本語だろうな」
「情報収集に翻訳がいらないのは楽が出来ていいですな」
「それは向こうにも同じことが言えるんだ。現場には通信の暗号化を徹底させねばなるまい」
そうは言っても、公共電波を止めるわけにはいかないので、ラジオ放送の電波を傍受されるだろうし、完全に情報流出を防ぐ、というのは不可能である。
「護衛艦が不明国艦隊への警告を開始した模様です」
その報告に、情報官は、不明国の通信量が増大する可能性高いので、より一層電波情報の収集に注力するよう指示を出した。
新世界暦2年1月3日 日米中間海域 海上自衛隊 護衛艦「しらぬい」
『こちらは日本国海上自衛隊、いわゆる日本海軍、駆逐艦しらぬいである。本艦は”公海上”における不明民間航空機の捜索救難任務に従事中であり、その針路を妨害する行為は明確な敵対行為である。敵対する意思が無いのなら直ちに転進し、針路を開けよ』
LRADを用いた警告放送が開始される。
遠方にピンポイントで音声を届けることができるLRADの特性を活かした警告である。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・」
艦長の呟きは、艦橋の誰にも聞かれることなく、警告放送の音声にかき消された。
次も1週間以内の予定です




