いつか見た光景
新世界暦2年1月2日 敷島大公国 防空軍 中央指揮所
防空軍は有事においては本土防空、平時においては領空警備を専門とする組織である。
普通は空軍がやることなので、それが独立した組織、という例は珍しい。
実際、ソ連において存在した防空軍も(ソ連崩壊後のクーデターで保守派についた防空軍を冷遇する政治的意味合いもあったが)機材を分けているのは効率が悪いと空軍に統合されたし、アメリカにおいては連邦空軍が海外展開、州空軍が本土防空と分けられているはずなのだが、実際のところ結構曖昧である。
サウジアラビアには現在も防空軍が存在しているが、警戒レーダー施設と地対空ミサイルのみで航空機材は有していない。
要するに、「戦闘機」という高価な機材を運用する組織を(艦上機、艦載機は別にして)分けるというのは効率が悪いのである。
そんな効率の悪い防空軍を有する敷島大公国だが、軍の組織は、陸軍、海軍、空軍、防空軍の他にも近衛軍と警備軍が存在すると言う、凄まじい非効率ぶりである。
一応、警備軍は国内治安と国境警備を担う準軍隊扱いなので、それほどの重装備は有していないが。
「空軍としては防空軍の提案に反対である」
で、そんなに組織が別れていると、どういうことが起こるのか、というのがわかりやすく防空軍中央指揮所の作戦会議室で展開されていた。
「では、空軍としては現在の状況をどう考えているのか、見解をお聞かせ願いたい」
議長である防空軍大将は、頭を抱えるのを隠しもせずに、絞り出すように尋ねた。
会議の参加者は敷島大公国の全六軍の最高位指揮官である大将たちであり、会場が防空軍中央指揮所になったのは、何か事態に進展があった場合にいち早く情報が入るからである。
「決まっている、状況が分かるまでは防衛に徹するべきだ。全国内空域は閉鎖、民間航空も休止、全船舶は最寄りの港に入港させる。全空軍、防空軍機は全機即応態勢で待機。それで良いではないか」
何が不満なのだ、と言わんばかりに空軍大将は腕を組んでふんぞり返っている。
「海軍としては空軍の提案に反対である。状況が不明だからこそ、積極的に情報収集に動くべきである」
まぁ、要するに各軍の仲が悪すぎてこの五軍会議では何も決まらない、というのが定番で議長役は貧乏くじ、というのが参加者5人の間で唯一一致する意見である。
ちなみに、当初は近衛軍のみだったのだが、近代化で軍が拡大する過程で陸軍と海軍が、国内で過激化する共産主義者に対抗するために警察の武装部隊を拡充する形で警備軍が結成され、飛行機の登場と部隊の拡大と共に、陸軍航空隊の本土防空部隊と海軍の基地防空隊を統合する形で防空軍、それ以外の陸軍航空隊と海軍基地航空隊を統合する形で空軍が結成されて今に至る。というのがこの異常に細分化された編成の成り立ちである。
ちなみに、海軍の艦艇搭載の航空機は海軍のままだし、近衛軍は少ないとはいえ独自の航空戦力や艦船を持っているので、縦割りの非効率な面がフルに発揮されている。
「どのみち仮にここで決まっても、内閣の決定やご聖断があればひっくり返るんだ。通常の警戒監視任務だけ続けていればいいのでは?」
うんざりしたように警備軍大将が言った言葉に、近衛軍大将は若干の異を唱えつつものっかって発言した。
「ご聖断があればひっくり返るのは当然だが、通常の警戒監視というのはいかかがなものか。不測の事態である以上、我々は陛下の安全を大公城の警戒態勢を最上位に上げている」
「近衛軍はそれでいいでしょう。どうせ内閣が何を決めても関係ないんですから」
陸軍大将がお前はどうでもいいよ、という感じで発言する。
一応、この国で軍の統帥権は元首である大公が持っていることになっているが、近衛軍以外は首相に統帥権が貸与されると憲法で定められており、実質的な文民統制下にある。
対して、大公一族の安全を守るのが任務の近衛軍だけは指揮系統が完全に独立しており、内閣の指揮命令を受けないのである。
「いずれにしても、拿捕した航空機の件もある。外交問題になる可能性がある以上、内閣の決定を待つしかないでしょう」
やはりうんざりしたように警備軍大将は再度発言する。
「そうだ、その航空機の件だ。領空侵犯措置をとったのは我が防空軍なのに、着陸後は一切調査が認められないとは、警備軍の横暴ではないか?」
「空軍としても、未知の敵の可能性がある以上、相手の技術水準の調査は必要である!」
防空軍大将の発言に、空軍大将もここぞとばかりに警備軍大将を攻撃する。
「国内における調査権はわが警備軍のみに認められている!空軍と防空軍の要求は越権行為である!」
それに対し、警備軍大将も負けじと反論する。
「そう言うからには、調査結果は全て開示していただけるのでしょうな?海軍としても相手の技術水準には重大な関心を抱いておりますので」
敵の敵は味方、で警備軍を袋叩きにしているように見えて、実際のところいつでも自分以外の首を狙っている当たり、結局、敵の敵は敵だという実に殺伐とした会議は、特に結論を得ることも無く、延々と続けられるのだった。
新世界暦2年1月2日 敷島大公国 首相官邸
「あ゛あ゛ああ゛ぁ゛ぁぁぁ゛」
なんとも声にならない声を上げて頭を抱えているのは、この歴史ある館の現在の主、敷島大公国内閣総理大臣である。
「ちょっとは落ち着かんかね?昨日より酷くなっとるじゃないか」
それを呆れたように眺めているのは副総理たる軍務大臣である。
「いや、だって台湾とか日本とかアメリカとかイギリスとか、全部聞いたことない国ばっかじゃん!?」
がばっと起き上がった首相は叫ぶように言ったが、はいはい、と言った感じで軍務大臣は聞き流す。
「彼らのテリトリーに我々が現れた、ということだろ」
「なんでそんなことが起るんだって話だよ!?有り得ないでしょ!」
最早、首相の言葉は絶叫に近いが軍務大臣は、起こったもんはどうしようもねぇじゃん、という顔である。
「今はなんでそんなことになったかより、現実に対処せんといかんだろう」
仕事しようぜ、という軍務大臣だが、首相はまだぶちぶちと何か文句を呟いている。
「幸いなことに言葉は通じる相手がいるんだから、話し合いでどうにかなるだろ」
「話し合いで済むなら軍隊はいらねぇんだよ!」
話し合いでどうにかなるという楽観的な意見の軍務大臣になぜか首相が逆ギレするというカオス空間に、秘書官たちはどうしたらいいのかとおろおろしている。
「今更やっちまったことを無かったことにはできねぇんだから、話し合いでどうにかする努力を最大限するのが俺らの仕事だろうが」
なんで俺こんな奴の派閥と組んだんだろ、と過去の自分に疑問を持ちながらも軍務大臣は続ける。
「民間機4機に乗員、乗客計802名、拿捕しちまったもんはしょうがないんだから、向こうからの接触を待とうや。聴取の報告書じゃ、いきなり問答無用で爆撃してくるような国じゃねぇんだろ」
「だといいけどねぇ」
そうであってくれ、と祈るように言う首相の視線の先には「鹵獲航空機ノ搭乗員ニ対スル聴取報告書(第一報)」と漢字とカタカナで書かれた書類が置かれていた。
次も一週間以内を目指しますが不透明です




