歓喜の歌
新世界暦1年12月31日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸
「今年もいろいろあったねぇ」
「ありましたねぇ」
机を挟んで向かい合ってみかんを剥いている2人。
そもそも歴史の大転換の年を「今年もいろいろあった」で済ますなと言う話だが、こんなのでもこの国の行政のトップとその女房役である。
「来年は少しは落ち着くかなぁ」
「ムリじゃないですかねぇ」
のほほんとそんなことを言いながらみかんを口に放り込む。
つけっ放しのテレビは、アズガルドの皇宮前広場からの中継で、同じく年の瀬のアズガルドの様子を伝えていた。
元々は皇帝の御前で閲兵式を行うために造られた広場だったらしいが、陸軍の機動力の主力が馬から戦車や自動車に変わってからはもっぱら郊外の演習場で行われており、ただの「国家行事的なお祭りをやる広場」と化している。とアナウンサーが解説している。
その「お祭り広場」に相応しく、広場には仮設のスタンドや大きな演壇が設けられており、年越しイベント直前、といった雰囲気が画面から伝わってきていた。
「そういえば、このイベントも揉めたんだって?」
首相が画面を指差しながら言う。
「まぁ、揉めましたね。とはいえ、どの楽曲で年を越すか、という話なので可愛いものですが」
そんなもんに外務省巻き込むなよ、と官房長官は呆れたように言う。
ちなみに、そのイベントとは日英米ア4ヶ国の交響楽団や合唱団が参加する大規模な年越しコンサートである。
とはいえ、皇宮前という場所柄、アズガルドの皇帝以下、首相や各軍参謀長なども参加する一大イベントであり、そこでの演目となるといろんな駆け引きがあったのである。
「ロンドンとボストン、ニューヨーク、松本、西宮から楽団が参加って、贅沢だけどなんで西宮?」
ロンドン、ボストン、ニューヨークから来るのは歴史的にも評価も知名度も高い交響楽団であり、松本のものは歴史こそ他に比べれば浅いが、世界的に有名な指揮者が呼び掛けて集った評価の高い交響楽団である。
それに対して、西宮のものは歴史も浅いし、世界的に見れば知名度もいまいち、というか若い奏者を中心にその育成に力を入れている楽団である。
「ああ、それはそこが毎年やってるコンサートのノウハウが必要になったので急遽追加になったんですよ。正直、これが一番大変だったって言ってましたよ」
内閣府や外務省が、と官房長官は呟く。
「ふーん。というか演目って、なんでそんな揉めたの?」
「えーと、アメリカが、”新しい世界の門出を祝いドヴォルザークの「新世界より」こそが相応しい”と主張したのに対し、イギリスが”「新世界より」は北アメリカ大陸を意識して創られた楽曲であり不適切”と反発を」
「ふむ。それは理に適ってると思うが・・・」
「それでイギリスがその後”威風堂々こそが相応しい”と言って炎上を」
「バカじゃねぇの?」
エルガーの威風堂々は第一番が最も広く知られているが、その中でも最も知られた中間部の旋律を利用した「希望と栄光の国」はイギリスの第二国歌とも言われ、戴冠式の際に演奏される曲になっている。
「で、その後収拾がつかなくなったので、”日本語でも英語でもアズガルド語でもなかったらみんなわからないから平等だろ!”というヤケクソな提案が通ったので、今の形に」
「アホだろ?」
とはいえ、落ち着くべき楽曲に落ち着いた感はあるので、収まるべきところに収まったのだろう。
「まぁ、お祭りですから、裏方はともかく、参加する人たちが楽しければそれいいんじゃないですか?」
最早他人事、とばかりに官房長官はテレビを見ながらみかんを口に放り込んだのだった。
新世界暦1年12月31日 アズガルド神聖帝国帝都アガルダ 皇宮前広場
ぽつぽつと気の早い観客も集まり始めた皇宮前広場を眺めながら、ようやくこの日が来た、と調整に走り回っていた在アガルダ日本大使館の書記官は感無量だった。
思えば、まとめ役のいない、というか船頭多くしてな実行委員会での調整から、その後の日本側楽団の調整に宿泊手配、練習場所の確保と、まだ碌にコネも土地勘もない土地を走り回ったのである。
ちなみに、横で同じように会場を眺めているイギリス大使館とアメリカ大使館の書記官も同じことを考えているのだが、それは互いに言わぬが花であろう。
正直な話、並んでいる3人の本心は
「もう仕事は終わったし帰って寝たい」
なのだが、他の2人への対抗心から3人とも
「こいつらより先に帰れるか!」
と変な意地を張っていた。
まぁ、実際、彼らの仕事はイベントの前で終わりだし、別に招待客でもないので(関係者として楽屋に入ることはできるが)残っていることに意味は無い。
とはいえ、本音としては帰りたいわけで、そのきっかけを探しているのである。
しかし、彼らは疲れていた上に、変な意地を張っていたせいで完全に見落としていたのである。
この会場に招待客として誰が来るのか、ということを。
「「「お、本イベントの立役者が揃ってるじゃないか。どうだ、せっかくだし君らも聴いて行ったらどうだ」」」
連れだってやってきた彼らそれぞれの上司、つまりイベントの招待客である日英米の大使に声を掛けられ、帰れなくなった結果、そのまま年越しコンサートに聴衆として参加する羽目になったのだった。
新世界暦1年12月31日 アメリカ合衆国ワシントンD.C. ホワイトハウス
「うちもワシントンD.C.でこんなんしてみるか?」
「政府主催でやるイベントをこれ以上増やさないでください」
アズガルドの皇宮前広場の中継を見ていた大統領が、閃いた!と言った感じで突如発言したが、それを財務長官がばっさり切り捨てる。
「軍の再建と復興だけでどれだけ予算が必要だと思ってるんですか?そのうえまた金のかかるイベント増やすとかバカですか?」
ここぞとばかりに財務長官は攻め立てるが、大統領はそれを露骨に嫌そうな顔をして聞いている。
とはいえ、独立記念日などのイベントは通常通り行っているので、その規模のイベントをもう1個追加とかおかしいのだが。
「しかし、こういうイベントを国が主催でやってるというのは粋ですなぁ」
テレビの画面を眺めていた国務長官が感心した様に言った。
「あの国では大きなコンサートホール、と言えばオーケストラが演奏する場所、という認識のようですから、知り合いの交響楽団の関係者は大きなビジネスチャンスだと喜んでましたよ」
「まぁ、電子楽器も未発達らしいし、テレビはまだで、映画も基本的にニュース映画や教育目的だったようなので、大衆文化がまだまだ未発達なんでしょうね」
「長いこと戦争してたせいじゃないか」
補佐官達が雑談のように好き勝手話していると、それに国務長官が割って入った。
「そうだ!そのテレビだよ!放送方式を日本に持ってかれたらしいじゃないか!」
なんでそんなビジネスチャンスを逃したんだ!という感じで国務長官は憤慨しているが、アズガルドに関しては日本の方が全てにおいて動きが早くなるのだから仕方ないじゃないか、という顔で補佐官たちは顔を見合わせる。
「まぁまぁ、国務長官。ラストールのほうは取れそうだし、それでいいじゃないか」
こんな時に喧嘩すんなよ、という感じで大統領がなだめる。
「あ、始まった」
財務長官のその言葉で全員の意識はテレビへと向かったのだった。
新世界暦1年12月31日 アズガルド神聖帝国帝都アガルダ 皇宮前広場
例年に無い規模になった年越しコンサートだが、元々の始まりは皇帝が臣下の一年の苦労を労うために開いていた宮廷演奏会であり、ささやかなものだったのだが、数代前から軍で功績をあげた平民なども呼ぶようになり、段々と規模が拡大。
いつの間にやら皇宮前広場をフルに使うお祭りのような大規模イベントになっていた。
そして、皇帝が一年の労を労い、新年を祝うという主旨はそのままなので、皇帝の挨拶に始まり、挨拶に終わることになっている。
皇帝の挨拶が終わり、4ヶ国の国歌をそれぞれの国の楽団が演奏したところで、各国大使の挨拶が始まった。
ちなみに例年なら参加する楽団はアズガルドだけなので、国歌もアズガルドのみであるが、駐アズガルド大使の挨拶は毎年いくつかの国が行っている恒例行事である。
今年は、日本、イギリス、アメリカに加えてラストールが挨拶することになっていた。
そんな挨拶が続く中、皇帝はそっと隣に座るアルノルドに話しかけた。
「調整がかなり難航したと聞いているが、何が難航したのだ?」
「全てですよ」
それにアルノルドがうんざりしたように返す。
「楽団をねじ込んできたのはまぁ、我が国でも望む声があったのでいいのですが、曲目でどこも好き勝手言うので・・・」
実際、アズガルドにとっては新鮮な地球の曲を演奏するので、日英米の交響楽団は一種のブームになっており、公演を望む声は多い。
その中でも特に名高い楽団がまとめて来てくれたのだから、今回のコンサートのチケットは各所で争奪戦が発生していた。
「結局、4ヶ国のどの国のものでもない曲に落ち着きました」
「まぁ、妥当な解決方法というか、安直すぎて誰も得をしていないというか・・・」
呆れたように皇帝が呟く。
「ですが、この曲なら、と日英米の大使も太鼓判を押していましたし、我が国では初演です。期待しましょう」
心なしか楽しそうにアルノルドは言う。
「そうだな。今年はいろいろありすぎた。今ぐらいは何も考えずに楽しむか」
疲れたように皇帝は正面に向き直る。
ちょうど大使達の挨拶も終わり、演奏が始まろうかというところだった。
1曲目はリヒャルト・ワーグナーの「ニーベルングの指環」四部作から、もっとも人気の高い第2作の第3幕序奏「ワルキューレの騎行」
2曲目はアズガルドの年末コンサートの定番曲。建国の父である初代皇帝を称える曲である。
3曲目はヨハン・シュトラウスの「ラデッキー行進曲」 ちなみに、「新年にやる曲では?」という意見もあったのだが、「せっかくのお祭りだし盛り上がるのにしよう」ということで採用された。
そして小休止を挟んで、広い屋外会場という特徴を活かして、いくつかの公演を同時に行う形で、聴衆は自分の聴きたい場所に移動する。
なお、皇帝以下VIPの移動は(主に警備上の理由で)無い。
最後に再度、参加している全ての交響楽団、合唱団によって年をまたいで楽曲が演奏され、それが終われば皇帝の新年の挨拶があって散会となる。
「どうせなら余も聴き歩きたかったものだ」
「無茶言わんでください」
大衆に交じって各小会場をはしごしたいという皇帝に、アルノルドは無茶言うなよと呆れて返す。
「わかっておる。言ってみただけだ」
「ダメですよ?絶対、ダメですからね?」
「それは日本だとやれということらしいぞ?」
「いや、日本でも普通はダメってことですからね?」
一部の特殊な風習になぜか通じている皇帝を、アルノルドは再度呆れた顔で見る。
「ほら、最後の曲が始まりますよ」
準備が整い、演奏が始まろうとするが、ここに至っても曲の詳細は(アズガルド側には)伏せられていたので、5つのオーケストラと1万人の合唱団で演奏される曲って何?という空気が聴衆を支配していた。
やがて、静かに始まった曲は、独唱が始まり、やがて合唱となり最高潮を迎える。
全てのひとが兄弟となり、ひとりの友の友となる大きな成功を勝ち得た者、心優しき妻を得た者、たった1つの魂であっても自分のものだと言える者なら、歓喜の声を上げよと歌詞を告げる。
幸運な出会いも、不幸な出会いも、この1年で無限にあった世界の中に、歓喜の歌が響き渡る。
この世界で出会えたことこそが幸せなのだと、そして、来年こそは全ての人にとって幸福な、歓喜の年であれという願いと共に合唱が続く。
音楽家でありながら聴覚を失い、それでいて生涯の全てを音楽と作曲に捧げた、楽聖の交響曲第9番は、この世界においても不動の名声を得ることになるのだった。
以前言っていた通り、今回の更新からしばらくの間お休みさせていただきます。
とりあえず近いうちに各国の現状まとめくらいは投稿したいかなと思ってますが、更新再開は未定です。
しれっと再開すると思いますので、その時はまたお付き合いいただけますと幸いです。




