情報を持っているのと知っているのは別
新世界暦1年12月16日 ラストール・人民統制委員会の間の海域 人民統制委員会 戦艦「突撃精神」
飛行戦艦の砲撃命中の報告に沸いていた艦橋に、青い顔をした通信委員がやってくる。
「ん?どうした?」
上機嫌な様子を隠しもせず艦委員長は通信委員に尋ねる。
「飛行戦艦大躍進との通信が途絶しました」
「は?」
艦委員長も一瞬で顔が青くなる。
「いやいやいや、またいつもの通信機の不調だろ?さっき初弾から命中って報告が来たんだろ?」
「その通信が突然途切れたのです。不調にしても突然すぎます」
隅でごにょごにょと小声でやり取りを続ける艦委員長と通信委員だが、革命管理委員は高揚して自分のありがたい演説に酔っているので気付いていない。
それを周囲で聞いている乗員たちは、おべっかなのか、それとも生存術なのか、革命管理委員の演説に合わせて気勢を上げている。
「本艦の通信設備は」
「調べましたが異常ありません。本国からの通信は受信できていますし。つまり、問題が発生したのは」
「大躍進のほうか・・・」
さすがにそこで、たまたま向こうの通信機が故障した、なんて考えるほど楽観的に生きていない艦委員長は、革命管理委員の方を見る。
「・・・そうか。じゃあ、報告して来いよ」
「え゛。いやいや、私の直属の上司は艦委員長ですから、それに早く通信室に戻らないと」
お互いに露骨に嫌な顔をして睨み合いになる。
「「不確かな報告をするのは良くない。もっと良く確認してからにしよう」」
こうして今日も重要な報告が遅れることになるが、人民統制委員会では日常茶飯事なので些細なことである。
新世界暦1年12月16日 ラストール・人民統制委員会の間の海域 海上自衛隊 ミサイル護衛艦「こんごう」
「いやぁ、どうにかなったな」
「まぁ、向こうの初弾を迎撃できれば満点でしたね」
良かった良かった、という艦長と、辛口の副長である。
「けど普通の艦隊もいるんだろ。どうするんだろうな」
「それこそラストールが普通にやるのでは?どっちみち本艦は今ハープーン4発しか積んでませんし」
「まぁ、米軍もいるし、どうにかするだろ」
「その米軍も対艦兵装って・・・ああ、まだ水上戦パッケージのLCSがいましたか」
どっちにしてもアズガルド戦での戦訓から戦艦2隻を沈めるには火力不足だが。
「米軍がアウトレンジで叩いて、弱ったところをラストールが仕上げですかね」
「我々も早く戻って補給しませんと、船団の帰路の出発時刻は予定通りなんでしょう?」
「やれやれ、お土産を買う時間もなさそうだな」
「帰路の安全を確保するのも重要な任務ですよ」
彼らの出動名目は船団に対する脅威の排除、である。
まぁ、今回の作戦はこんごうはレーダー以外には何も使用していないので、余計にかかったのは燃料代くらいで、それで船団の安全が確保されたと考えれば安いものである。
「戦艦も自力航行に問題はないみたいだし、さっさと戻ろうか」
忙しないなぁ、という艦長のぼやきとともにこんごうはラストール王都軍港に戻っていくのだった。
新世界暦1年12月17日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C. ホワイトハウス
「ラストール方面は落ち着いたか」
「例の障壁持ちの大型飛行艇ですが、中国かロシアの占領地域から逃げてきた可能性が高そうですね。というかそれ以外にないです」
国家偵察局長がいくつかの画像を出しながら分析の結果を報告する。
「避難船としていくつかの地域から出たのが人民統制委員会に拾われて改造されたみたいですね」
人民統制委員会の無駄に大きいドックで改造されている大型飛行艇を捉えた衛星画像で報告を終える。
「ていうか、画像撮ってたんなら事前にわかってたんじゃないの?」
「無茶言わないでください。レーダー衛星も含めて、得られたデータを全て解析するには予算も人も設備も、何もかも足りませんよ」
惑星上のすべてを監視するなんて無理に決まってんだろ、と偵察局長は諦めたような表情をする。
情報の蓄積は行っているので、何かが起こってから情報を引っ張り出してくるのは簡単にできる。
しかし、何かが起こる前に情報を得るには、ある程度対象を絞って監視しておく必要がある。
惑星上の全てを舐めるように撮影したとしても、そこから意味のある情報を拾うにはそれを解析する必要があり、AIや特定の解析アルゴリズムを用いようにも膨大な演算能力が必要になるので不可能である。分析官による人海戦術は言わずもがなである。
結果的に衛星で事前に情報を知れるのは、SIGINTやHUMINTで得られた情報を元に対象を絞って継続監視を行う場合だけになる。
それでも、敵の空軍基地やミサイルサイロ、原潜の入出港など、特定地点を継続監視するには大きな力を発揮するからどこの国も持とうとするのである。
「ふーむ、監視対象は大して増えないと思ったんだが・・・」
「いや、ほんと予算措置どうにかしてくださいよ」
地上戦力の再建に予算を取られているので、情報部門の予算は急ピッチで進む衛星打ち上げを除いて特に変化がない。
結果、人員も組織も従来のままであり、それで4倍に広がった惑星の情報収集にあたっているので、どのみち完璧に監視しろなどとは無理である。
「そうはいってもなぁ。地上戦力の再建に、戦場になった南部州の復興支援だけでもいっぱいいっぱいで、よく他の予算を従来通り確保できてるなぁと感心してるのに」
まぁ、その分国債は増えているのだが、経済がかなり上向きそうな気配なのでなんとかなりそう、というのが大方の見立てである。
「ですが今は無人機絡みのリソースを衛星に回しています。今後無人機の運用が本格化すれば」
「増員は必須かぁ」
「増やしたからすぐ使えるわけでもないですし、身辺調査も必要なんで」
早くしてくださいね、と偵察局長は大統領を急かす。
「とはいえ、人民統制委員会にも報復はせんとなぁ」
「巡航ミサイル攻撃でいいんじゃないですか。独裁国家みたいですし、国家中枢に数発撃ちこんどけばいいでしょう」
「というか、他に選択肢がない。これ以上手を広げるのは不可能だ」
軍のリソースも有限なので、常時展開できる兵力は限られる。
「ラストールをけしかけますか」
「だが、当のラストールも人民統制委員会は正直関わりたくないって感じなんだろ?同盟国として支援する程度で抑えとしては十分だろ」
世界は好戦的な奴が多すぎる、と自分は棚に上げて大統領はうんざりしていた。
そんなわけなので、1つの地域にばかり手を取られているわけにもいかない。
「それより、欧州の様子は?」
「印パが落ち着いてロシアがアジア方面に注力する必要が無くなったせいか表向きは平穏ですね」
「表向き、ねぇ」
呆れたように大統領は世界地図の欧州を見遣る。
「独仏がNATO脱退を公言する状況は表向きでも平穏と言えるのかね?」
「ポーランドやイタリア、スペインなどいくつかの国はEU離脱を唱えてますし、統一欧州は幻想でしたね」
もともとEU懐疑派の強いイタリアやドイツに反発するポーランドはさもありなんという話だが、スペインやポルトガルあたりは独仏に付き合ってられないし、なんかイタリアが美味しい繋がりを持ったみたいだしそっちにのっかろうと考えている故の混乱である。
「欧州でアメリカの同盟国であることを積極的に望んでいるのは現状ではポーランドとバルト三国、ルーマニア。とはいえポーランドとルーマニアは互いに、その」
「仲は良くないけどロシアやドイツよりはマシってことだろ」
わかってるよ、と大統領は手を振る。
「ノルウェー、デンマークは自身からどうこう言い出したわけではないですが、NATO離脱を唱えだした独仏に批判的です。ベネルクス三国は・・・場所的に選択肢がないので・・・」
「独仏側か。まぁ片側からでもひき潰されるのに、両側と敵対とか悪夢だわな」
うーん、と適当に欧州の地図を色塗りする大統領。
偵察局長は何やってんだこいつ、という顔でそれを見ている。
「いっそ大西洋なくなったし、NATO解散して新しいのつくる?正直、イギリスいなくなった時点できついわ」
「まぁ、名称変更はありっちゃありでしょうが、多分そのタイミングで間違いなく独仏が抜けますよね」
わざわざ絶好の離脱の機会を与えるのはどなの?という風に偵察局長は言うが、大統領は気にした風はない。
「だって、人の核兵器盗もうとする奴らの面倒なんて見切れないよ」
「いや、まぁ、それを言っちゃうとそうなんですが・・・」
「新しい名前どうしようか?ワルシャワ条約機構とか?」
「悪乗りしすぎぃ!?」
くだらないことを言っている大統領だが、欧州再編のうねりはどんどん大きくなっていくのだった。
新世界暦1年12月17日 人民統制委員会 委員会本部 委員会本部ビル
革命によってかつての都市名すらも棄却された、他国でいうと首都にあたる委員会本部は、その名の通り、人民統制委員会の中枢機能以外のものが「一切」ない。
結果、そこにあるのは床面積で米国防総省はおろか、ドバイ国際空港第3ターミナルすら上回る広大な委員会本部ビルと、それよりは少し狭い革命管理委員会ビル、そして、その2つを囲むように立つ共産国特有の飾り気のない大量のアパート、という共産趣味者垂涎の都市である。
その中心、事実上の最高権力者であり、このイカレタ国をつくった革命の中心メンバー唯一の生き残りである人民統制委員会最高委員長は、深いため息とともにベッドにダイブした。
「あ゛ー、今日も疲れた。そもそもなんだよ革命精神て。意味わからんわ」
聞いたら発狂する奴がいそうなセリフを吐きながらベッドでゴロゴロする。
そもそも、彼がこの地位にいるのは実は偶然である。
革命の初期メンバー15人の1人であることは確かだが、そもそもそこに参加していたのも、同じく初期メンバーの1人だった義兄に頼まれたからである。
そして、最初の決起に失敗して7人いなくなり、内ゲバで4人いなくなり、最後の革命の過程で3人いなくなったので、彼だけが残ったのである。
そんな彼なので、実はこの国をどうしようとかは一切無かったりする。
彼が適当に言ったそれっぽいことを周りが勝手に都合よく解釈して、内ゲバして出来上がったのがこの国である。
つまり、制度を作った人間が次の日には再教育キャンプ送りになっていたり、途中で作る人間が変わったりした結果がこの無茶苦茶な国を生んだ原因である。
最早神格化されて誰も手出しできなくなっている、というかそれくらいしか権威を正当化する要素が無いので不可侵領域になっている。結果、彼は安穏とした日々を(適当なことを言いながら)過ごしていけるのである。
そして、委員長の私室で1人になれるこの夜の時間こそが、彼にとって最も心安らぐ時間なのである。
この日までは。
「な、何事だ!?」
突然、大きな爆発音と振動が最高委員長の体を襲った。
慌ててカーテンを開け、外を見ると複数の場所から赤い炎に照らされた煙が上がっている。
「・・・攻撃か!?」
なぜ彼がここまで生き残ることができたのか。
簡単である。他の追随を許さぬほど鋭敏な危険に対する嗅覚の賜物である。なんなら生への執着と言い換えてもいい。
爆発を何物かの攻撃だと判断した最高委員長は躊躇うことなく部屋を出ると、走り出した。
地下にある退避壕に向けて。
新世界暦1年12月17日 人民統制委員会 南西海域 アメリカ海軍 巡航ミサイル原子力潜水艦「オハイオ」
「艦長、本日分の発射を完了しました」
「ハッチ閉鎖。潜航深度150へ」
元々は弾道ミサイルを搭載する戦略原潜として造られたオハイオ級だが、START IIで戦略核弾頭の配備数に制限が加えられた結果、余剰となった4隻のオハイオ級が巡航ミサイル母艦に改造されている。
最大で154発のトマホーク巡航ミサイルを搭載可能という、弾道ミサイル原潜とどっちが凶悪か判断に困る破壊神である。
元々は中露牽制のためにオーストラリアに配置されたのだが、今回の件で人民統制委員会への報復攻撃を担うことになったのである。
その豊富な搭載ミサイルを活かし、連日数発のトマホーク巡航ミサイルを撃ち込むという嫌がらせのような攻撃を1ヶ月以上続けるのだった。
次は出来れば水曜日?




