動き回る人たち
書けたし
新世界暦1年12月12日 パキスタン イスラマバード 首相官邸
「仕掛けたバカ共はわかったのか!」
首相官邸にこっそり集まっているメンバーを前に、大統領が声を荒げている。
「空軍の一派が主のようですが、陸軍にもかなりの数のシンパがいるようです」
パキスタン軍統合情報局局長が冷静なまま報告する。
「つまり、中国軍機を撃墜したのは」
「我が軍ですね」
局長のその報告に、集まっていた人間は一斉に溜息を吐く。
「どう収拾をつける?」
ほんとどうするんだよ、と言った感じで首相が言う。
「首謀者を逮捕して差し出す程度では済まんだろうな・・・」
実際、報告を受けた後、何の疑いも持たずにノータイムでインドへの攻撃を命令したのは大統領である。
「クーデターでもしますか?」
冗談めかして局長が言うが、誰もそれに笑わない。
「それもありか」
「え?」
ぼそりと大統領が呟いた言葉に、局長は固まったのだった。
新世界暦1年12月12日 パキスタン イスラマバード 在パキスタンアメリカ大使館
「パキスタン中枢部も迷走しとるなぁ」
「いや、迷走もするでしょ」
首相官邸で行われている会合をリアルタイムに聞きながら、大使館員たちが話し合っている。
広大な敷地に建つ巨大な建物は、中東におけるアメリカの情報拠点の1つであり、外交官の身分を持たないCIA職員が堂々と出入りしている数少ない在外公館である。
「パキスタン政府中枢としてはこの事態を収拾したいみたいだな」
「そりゃそうでしょ。下手したらインドと中国とロシアを敵に回して戦争とか、国がなくなりますよ」
「本格的にやばくなったらイランも介入するんじゃね?」
「どっちみち国は無くなるんだよなぁ」
完全に他人事のCIA職員達は好き勝手言っている。
「とはいえ、いくら事態収拾のための制御されたクーデターでも面倒じゃないですか?」
「うちの影響もまとめて排除、なんてのも画策しそうだしな」
「クーデターで政権を取った新政権が、旧政権からの政権奪取の正当性を主張するために旧政権の犯罪行為を糾弾する。筋書としては悪くないがな」
国境を接する国がアフガニスタン、イラン、インド、中国とか、なんかの罰ゲームかという立地をしている国なので、様々な国の情報機関、テロ組織、宗教組織が入り乱れ、部族社会なのも合わせてぐちゃぐちゃである。
「しかしこれで中国軍機を墜としたのはパキスタンだと確定しましたが、ワシントンはどうするんでしょうね?」
「どうもしないだろ?」
どっちみちどこがやったか確かな証拠はないのである。
パキスタンがうちがやりましたと言わない限り、公式にはそれぞれあっちがやったと言うので、わからないままである。
「とりあえずパキスタンが国内クーデターで事態収拾を図る可能性がある、と報告しておけ」
「筋書き通りに動けば問題ないが、不安定化するようなら核弾頭は押さえる必要がありますかね?」
「パキスタン軍統合情報局が噛むんですから、その辺はしっかり押さえると思いますがね」
彼らにとっての重要事はアメリカにとってパキスタンがどうなるか、であって、パキスタンという国の行く末自体には興味がない。
よって、アメリカの利益になる限りはパキスタンと言う国がどれだけ人権蹂躙を行っていようが、(世論が騒がない限り)関係ないのである。
「いずれにせよ、これから増々忙しくなる。気を引き締めて行くぞ」
その言葉とともに、各々自分のデスクに散って行き、仕事にかかるのだった。
新世界暦1年12月12日 パキスタン ムシャフ空軍基地
「はぁ」
中佐は溜息を吐きながら帰宅するために車に乗り込む。
中国軍機撃墜し、それをインド軍のせいにして中国軍を巻き込む、という計画に反し、中国軍は不気味な沈黙を保っていた。
さらに、基地に所属するF-16が全て使用不能になるという、散々だった1日を思い出しながら、早く帰って休もう、とキーを捻る。
疲れ切っていた彼は、そのタイミングで、ルームミラーに映る後部座席から体を起こす人影を見落としたのだった。
新世界暦1年12月12日 パキスタン サルゴーダー近郊 某所
次に中佐が気付いて目を開けたとき、その視界は漆黒に包まれていた。
繊維の隙間からわずかに光が差し込んでいることから、黒い袋を頭に被せられているのだと気づいて、中佐の背中には一斉に嫌な汗が流れた。
体を動かそうとしても、両手両足は座らされている椅子に縛り付けられているらしく、全く動かせなかった。
「お目覚めかな、中佐」
かけられた声に中佐は身を固くする。
「お、俺を拉致して何に協力させる気か知らんが、パキスタン軍人として職務を全うするだけだ」
そう中佐は口にするが、周囲からその言葉を鼻で笑ったような音がいくつか聞こえた。
「中佐が我々を何と勘違いしたのか知らんが、我々は君を不名誉除隊にすることもできるし、犯罪者ということにすることもできる。さらに言えば君の一族全員を反逆者として刑務所に送ることもできる。我々は君を基地内で拘束し、正門から連れ出したのだがね?」
その言葉に、中佐は嫌な汗が更に増えたのを感じた。
まだテロリストに拘束されて、基地内への手引きを強要されるほうがマシだったと思うが、立つことすらできない現状では何もできない。
「さて、我々が誰だか中佐もわかってくれたと思うが、我々が聴きたいことも理解してくれていると我々も仕事が楽になって嬉しいのだが」
「何の話だかわか」
そこまで言ったところで、中佐の頭は袋で強く後ろに引っ張られ、上からバケツから注がれる勢いで水が注がれた。
突然のことで、口や鼻に流れ込んだ水を吐き出そうにも、濡れた袋はそれも許さないし、なにより頭は今も後ろに引っ張られ、下を向いて吐き出す、という単純な手段も取れない。
ゴボゴボとなんとか水を吐き出そうとするが、呼吸がほぼできない状況では直に意識が遠のき始める。
もう無理だ、いうところで、頭を後ろに引っ張ていた力が無くなった。
勢いよく下を向き、ゲホゲホとせき込みながら、水を吐き出し、貪るように空気を吸う。
「何か話すことはあるかね?」
「だから、あんたらに話すような」
再び頭が強く引かれ水が注がれる。
何度も同じことが繰り返され、やがて部屋からは誰もいなくなった。
天井からロープで吊るされた中佐を除いて。
新世界暦1年12月12日 パキスタン イスラマバード 在パキスタン中国大使館
「パキスタン側から内々で接触がありました」
「で、なんと?」
大使館の一室ではあるが、その部屋の主は公式には中国地方政府系企業のパキスタン法人社長ということになっているはずの人物である。
「落とし前はこちらでつける。手出し無用、ということにしてくれないか、とのことです」
呆れたように部屋の主は息を吐いた。
「随分と虫の良いことを言うじゃないか」
中央統一戦線工作部の現地主任は不愉快そうにその報告の感想を述べた。
「どうします?」
「北京は印パどちらであれ、舐めたことをした連中には報いを受けさせろ、と仰せだ。それを手出し無用、ではいそうですかと言えるかね?」
「それはそうですが、パキスタン軍の一派が相手ではこちらで出来ることは限られませんか?」
どうしろってんだよ、と報告した工作員は投げ槍気味である。
「それで何もしませんでした、では北京に報告できないだろ、と言ってるんだ」
「あー、はいわかりました」
そう言って工作員は退室する。
適当に何人か主要人物の死体でも回収すればいいか、と伝手のある統合情報局員に連絡を始めたのだった。
つぎは水曜日




