とりあえず言っとけみたいな言葉ってあるよね
新世界暦1年12月11日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸
「欧州情勢は複雑怪奇・・・か」
欧州各国の大使館から送られてきた報告に目を通しながら、とりあえず欧州でなんかあったらそれ言っとけばいいみたいなセリフを口にする首相。
「シンプルだと思いますがねぇ」
それを横からお前それ言いたいだけだろ、と官房長官が口を出す。
「新世界の分け前をもらえなくてキレてる独仏に、ロシアへの雪辱の機会と見ているウクライナにジョージア、独仏もロシアも信用しない東欧諸国、我関せずの北欧諸国、・・・我が道を行く?イタリア。わかりやすくないです?」
「プレイヤーが多すぎんのよ」
すっかり経済的つながりも薄くなってしまった欧州諸国の地図を見ながら、首相はあれやこれやとそれぞれの思惑で動いている国々を眺める。
「けどほんとまとまり無いねぇ。欧州統合とか言ってたのに」
「結局のところ、人間は国家というシステムに縛られ続けるということでしょう。国家を無くして統合しない限りムリですよ」
「それしても最終的にバラバラになるじゃん。ソ連とかチェコスロバキアとかユーゴラスビアとか」
「大きな利益共同体に不満がたまって、それを分ける過去の大義名分があれば分解しちゃうんでしょうね」
島国で良かったですね、と官房長官は付け足す。
「ほんとにな。で、欧州情勢の影響はこっちまで出そうなの?」
「別に独仏がイキってたところで、隣のポーランドが独仏露全ての軍の通過を拒否してますし、そのポーランドには米軍がいますから」
さすがに手を出そうとは考えないだろう、と官房長官は言う。
「ウクライナにしても、ジョージアにしても、ロシアに仕掛けたところで、一時的には押せても、シベリア方面や新大陸の戦力が戻ってくるとムリですから、示威行動と小競り合いくらいじゃないですか」
「じゃあ別に経済への影響もなさそうかな?」
「印パ情勢次第じゃないですか?核を撃ち合うような事態になれば市場のメンタルは大ダメージでしょう」
「それでも中露が絡まなければなんとか局地紛争で収まるかな?」
「戦闘機を撃墜されたのに沈黙してる中国が不気味ですがね」
未だにはっきりした態度を示さない中国に、世界は不気味なものを感じていた。
今のところ中国が公式に発表した声明は、「誰であれ中国に危害を加えた者に報いを受けさせる」というものだけでパキスタンで演習に参加していた中国軍は何をするでもなく、ただ居座っていた。
結果的に、そのせいで印パ共に行動が制限され、全く意図しない抑止力となっていたが。
「いずれにせよ、中国の動き次第でしょう」
「連中がまた無茶しないことを祈ってるよ」
多分ムリだけど、とは首相と官房長官の心の声だった。
「それと、欧州がバラバラの方向を向いているせいでNATOが解体されてしまいそうです」
「とはいえ、どうするんだ?」
欧州自体は経済的にそれなりでも、国自体は小国が多い上に、歴史的にも集合離散を繰り返しつつ敵対していた期間の方が長い地域なので、(転移後に域内分断がさらに進んだEUも合わせて)解体するとまた戦争を始める未来しか見えない。
「そうですねぇ・・・正直欧州との海上貿易は護衛の自衛隊と海保が音を上げていますし、情勢が更に不安定化するようなら多少は実体経済に悪影響がでるでしょうね」
「その程度ならまだ許容範囲内かなぁ」
面倒なことには違いないけど、と思いながら首相はお茶を啜るのだった。
新世界暦1年12月11日 インド ニューデリー 国防省
「全部隊の調査が終了しましたが、12月9日時点において不自然な弾数の減少や出撃、事前計画外の飛行は確認されませんでした」
参謀長に各軍の調査を行った憲兵隊長が報告を行っている。
「つまり?」
「パキスタンの自演でしょうが、中国軍の戦闘機を撃墜するとか本気か?という考えは拭えないですね」
ふうむ、と参謀長は椅子に深く座り直す。
「しかし、それを他国に納得させるのは骨だぞ」
どうしたものか、と参謀長は頭を悩ませる。
「おそらく中国が動かないのはこの疑念を持っているからでしょう。前線には中国軍に手出しさせず、実際やってないんですから、国外メディアを集めてうちはやってない、パキスタンの侵略行為だと明言しておく必要はあるでしょう」
どうせ無関係な国は自分たちの都合のいい方につくか、無視するかの二択なのだから、悪いのはあっち、と言うだけ言っておくのは重要である。
どうせ各国は信じたい方しか信じないのだから、実際悪くない場合は尚更である。
「まぁ、それはすでに首相がやってるからいいんだが、パキスタンを叩き潰すにしても中国が邪魔だな」
「あまりパキスタンを叩きすぎると他のイスラム連中も煩いですよ」
新世界の利権を得られた国と得られなかった国の間で、景況は大きく差がついており、出遅れた国はなんとかして取り返そうと機会を窺っており、国連もかなり殺伐としている。・・・元々か。
「しかしユーラシア以外の国は関わろうとしないのも事実だ。アメリカの後押しくらいは欲しいが」
「パキスタンが今回の戦闘にF-16を投入しているようなので、何かしらの措置は取るでしょう。そのように発表していましたし」
「とはいえ、サポート停止や経済制裁はすぐには影響でないからなぁ」
全てのF-16を爆撃して破壊くらいしてくれないだろうか、と参謀長は思うが、全てのF-16を使用不能にする作戦を米軍が進めていることは知らない参謀長だった。
新世界暦1年12月11日 ユーラシア大陸西方 旧インド洋相当海域上空
1機の見慣れた4発ターボプロップの軍用輸送機が飛行している。
が、国籍表示が非常に目立たないロービジ塗装が、この輸送機は通常のものではないと示していた。
EC-130H CompassCall
米空軍の第55航空団が保有する電子攻撃機であり、敵国レーダーに対する欺瞞はもちろん、そこにハッキングを仕掛け、全く異なる情報を表示したり、敵データーリンクや情報網に侵入することも可能である。
そんな機体が今狙っているのは、パキスタン空軍の保有するF-16のアビオニクスである。
中身を消して使用不能にするのがその任務である。
「しかし、上も無茶苦茶言うよなぁ」
その機内では電子兵装士官が愚痴っていた。
「仕方ないだろ。任務は任務だ」
もう1人の電子兵装士官も諦め顔でコンソールに向き合っている。
彼らが「無茶苦茶」と言っているのは、別にF-16のプログラムを消去することではない。
その消去するときの条件を言っているのである。
「飛行中にやれば墜落して地上に被害が出るかもしれないし、何より事故が多発するのはセールスに悪影響だから離陸前にやれ。って無茶苦茶だろ」
ちなみに、そのせいで可能な限りパキスタンに接近する必要があり、作戦を察知されないために、別のもう1機がパキスタンのレーダーをハッキングして、探知を免れているのである。
「パキスタンに見つかったら面倒だし、さっさと済ませて帰ろうぜ」
いくらレーダーをごまかしても、目視で見えなくなるわけではないので、付近を飛行する航空機があれば発見される可能性はあるのである。
「まぁ、とりあえず始めますか」
そう言って彼らは作業を開始した。
新世界暦1年12月11日 パキスタン ムシャフ空軍基地
駐機場はは混乱に包まれていた。
出撃準備のためにエンジンを始動し、タキシングを開始しようとしていたF-16Cが一斉にエンジンストップしたのである。
「再始動できないのか!?」
「ダメだ!どのスイッチを操作しても何の反応もない」
「バッテリーは問題ないから何の反応もないってことはないだろ!」
「ディスプレイも全てブラックアウトで反応が無い。JFSもEPUも起動しない」
ギャーギャーとパイロットと整備員が怒鳴りあっているが、キャノピーを閉めていなかった機が幸運だっただけで、タキシング開始に伴い、キャノピーを閉めていた機体は意思疎通が身振り手振り以外全くできなくなっていた。
仕方ないのでクランクを刺して回すという物理的手段でキャノピーを開けている姿が見られるが、めんどくさがった1機はEmergencyと書かれたハンドルが引かれてキャノピーが火薬で吹き飛ばされ、ついでにパイロットが射出されてパラシュートが開いている。
事前に手順はきちんと確認しないとろくなことにならない典型である。
何もしていないのに一瞬にしてパキスタン空軍は大量の主力機を喪失したのだった。
次は・・・水曜日かな




