火種はどこにもある
新世界暦1年12月10日 ウクライナ ノーバカホフカ
世界の視線がカシミール地方に注がれ、ロシアの軍事力がシベリアと新大陸に集中する中、その裏で各国家の動きも活発になっていた。
虎視眈々と機会を窺っていた国は1つや2つではないが、その1つは間違いなくこの国であった。
旧ソ連にありがちな整っており、美しいのだがどこか寒々しい街は封鎖され、戒厳令が敷かれている。
広大な敷地の工場にはウクライナ陸軍が駐屯していた。
同じく、広大な貨物駅にも続々と部隊が到着してきている。
本来、この街にいるのは第57自動車化旅団だけのはずである。
しかし、今この街にはそれを大きく上回る戦力が集まり、その時を待っていた。
彼らが目指す先は、幾度か世界史にその名が登場し、2010年代においても世界史を賑わしたあの半島。
ロシアに不当に奪われた土地を取り戻す。
東部と南部に向かうウクライナ軍には総動員が発令されていたが、なぜ彼らがロシア相手にここまで、かつてないほど強気に出ているのか、その謎を知るのは一部の人間だけである。
新世界暦1年12月10日 ウクライナ キエフ近郊 ボールィスピリ国際空港
ウクライナの空の玄関口であり、空軍基地も併設されたそこは、転移後に施行された戒厳令で閉鎖されたままだった。
ウクライナ空軍機しか発着していないはずの空港に、多くの貨物機が飛来していた。
少し航空会社に詳しい人間なら、その機体がドイツやフランスのフラッグキャリアの貨物機だと気付くだろう。
その機体からは次々に荷物が吐き出されているが、それを受け取っているのはウクライナの軍服に身を包んだ人間であり、少し離れたところでは、私服に身を包んではいるものの明らかに鍛えられた軍人だとわかる体格の人間が、ウクライナの軍人と話している。
荷物は開封されることもなく、次々にトラックに積み込まれ運ばれていく。
その中身が何なのか。
それを示すものは何もない。
しかし、次に到着した航空機が全てを示しているように思われた。
到着したのはこれまでの貨物機とは異なり、通常の旅客機である。
しかし、横付けされたタラップから降りてきたのは、迷彩服に身を包んだ人間の集団だった。
そして、さらにウクライナ空軍の大型輸送機やウクライナの貨物航空会社が運航する民間仕様のAn-124やAn-70が次々に着陸し、その中からドイツ軍とフランス軍の装甲車両を吐き出したのだった。
新世界暦1年12月10日 ポーランド ビドゴシュチ 仮設駐留米軍基地
「ドイツ軍に不審な動き?」
ドイツを追い出されるようにポーランドに移駐したストライカー連隊の隊長は、本国経由の情報に目を通す。
「フランス軍もらしいですよ」
横で別の情報に目を通していた副長が、ライセンス保持者読了後破棄のマークがついた書類をぴらぴらと振っている。
「ま、まさか、ポーランド分割!?」
「ねーよ」
あほなことを言う隊長に副官が突っ込む。
「国境で不穏な動きはないみたいですし、少なくともポーランドは無関係でしょう」
「じゃあ、こいつらどこ行くんだ?民間の貨物機も多数借り上げってなってるけど、まさかインドやパキスタンじゃあるまい?」
「まぁ、今のところ在欧米軍に警報は出てませんから、我々は無関係でしょう」
そんなことより引っ越しがまだまだ忙しいですからねぇ、とどうでもよさそうに副官は書類を燃やしてしまう。
「だが、連中がなんかやらかしたらNATOが巻き込まれないか?」
「連中から仕掛けたなら集団的自衛権の対象にはならないのでは?」
「とばっちりは来るかもわからんだろ?」
おー、いやだいやだ、と隊長も書類を焼いて燃えカスをぐじぐじと崩している。
「しかし、安保理は紛糾しているようですが、中国が動かなさ過ぎて気味が悪いってどこの解説も言ってますね」
つけたままでテレビから垂れ流されるインドとパキスタンに関するニュースを見ながら、副官は言う。
「中国国内で何かあったんじゃねぇかって憶測記事もあったな」
「まぁ社会主義国は何かあるとすぐそれですよね」
ソ連も何かあるとすぐそんな観測が流れたらしいですし、とわからんもんはわからんよね、ということに2人は落ち着いた。
「しかし、ドイツのその不穏な動きに合わせてポーランドが全軍に警戒命令出したらしいじゃん?」
「ドイツ国境とカリーニングラード国境に最大級の警戒とか、どんだけあの2国嫌いなんだよ」
「嫌いと言うか、全く信用してないですよね。それゆえの我々受け入れでしょう」
ドイツは転移後の気候変動で混乱していた際にアメリカが支援しなかったことを理由に、駐留米軍への一切の支援の中止を表明し、あげく撤退するように主張しだしたのである。
その結果が、もともと米軍の恒久的な駐留を求めていたポーランドへの引っ越しであり、ドイツ駐留の米軍はほぼゼロになっている状態である。
ちなみに、ドイツはニュークリア・シェアリングで有事の際にドイツ軍に提供されるドイツ国内にある20発のB61戦術核爆弾の搬出を拒否し、あげく起爆コードの引き渡しまで要求した。
もっとも、ドイツがその要求を出す前に、アメリカが核爆弾を保管するビューヒェル空軍基地に警備のために海兵隊を急派したことで、その目論見は頓挫した。
ちなみに派遣されたのは、元々はアフリカの在外公館保護のために高い独自展開能力を持ち、スペインに置かれていた危機対応特別目的海兵空地任務部隊である。
アフリカが移動してしまったので再編される予定だったのだが、その高い独立展開能力が活きた形である。
核爆弾を物理的に押さえようとしたドイツ側と一触即発になる場面もあったものの、一線級の戦闘部隊が展開している状況ではドイツ側も迂闊に手を出せず、両者のにらみ合いの中、米空軍のC-17によって核爆弾は全てドイツ国内から運び出されていた。
「まぁ、NATOが機能不全の現状じゃぁ何が起こっても不思議はないが」
「そんなことよりこの寒さの方が問題ですよねぇ」
外の雪景色を眺めながら2人は溜息を吐いたのだった。
新世界暦1年12月10日 ロシア連邦 モスクワ クレムリン
「ウクライナが近日中に何らかのアクションを起こす恐れがある?」
印パ問題で忙殺されていた大統領にもたらされた新たな報告に、大統領は渋い顔をする。
「しかし、連中も実際にしかけてくるほどバカではあるまい?」
「こちらが中国に手を取られて限定的な戦力しか動員出来ないと考えている可能性もあります」
まぁ、実際その通りだし、中国と新大陸に大きな戦力を割いている現状では無視できるほど小さい相手ではない。
「グルジアも国境沿いに戦力を集中させる動きを見せています」
もうういいよ、という顔を大統領はする。
「もし仮に、だ。そんな連中が動いたとしてどうなる?最終的に我々が踏みつぶしてやればいいんだ。向こうから動いてくれるんならそのチャンスじゃないかね?」
「・・・正直、そんなことに関わりあってるほど暇じゃないので、事前に叩き潰してしまいたいところですが」
「そのために極東から部隊を動かす余裕は無いな」
別に欧州ロシアの部隊が空っぽになっているわけではなく、それなりの戦力は残しているので、残った部隊でどうにかしろ、と言う話である。
「カスピ小艦隊もあるし、空軍も陸軍も防衛に必要な数は残っているんだろ?問題ないさ」
そう言って大統領は話を打ち切り、部屋を出て行った。
「楽観していた結果が初期の大祖国戦争の無様だということを忘れてはいませんか?大統領」
誰に聴かせるともなく呟いたGRU長官の言葉は、そのまま消えていった。
次は・・・土曜日?




