ジェットエンジンは使いまわしが多い
異世界歴1年12月8日 ホリアセ共和国プル
その日のホリアセ共和国の首都プルは、雲一つない晴天であった。
特にいつもと変わりのない昼下がり。
あるものは仕事に精を出し、あるものはオープンカフェで遅い昼食や、昼下がりのコーヒーを楽しんでいた。
国民統一党本部があるのは、周囲に政府機関が集中した区画ではあるが、その外縁に位置しており、一応「政府機関そのものではないよ」と主張しているように見える。
実際には、党本部に出入りする人間達が、政府機関が集中する区画の中央にあるとカフェやバーが遠くて不便、という理由でこの場所に建てただけである。
なお、何代か前の総裁がお気に入りのカフェに行くのに邪魔だから、という理由でいくつかの政府機関が移転させられて道ができたが、些細な事である。
そんな、いつも通りの昼下がりは、突然の爆発によって中断された。
逃げ惑う群衆、路上で蹲り、もしくは横たわる人々、崩れて瓦礫となった建物。
どの世界でも幾度となく繰り返された戦場の景色が、この国の首都に突如として出現したのだった。
異世界歴1年12月8日 ホリアセ共和国プル 高度13000メートル
雲一つない青空だというのに、白昼堂々と首都上空を飛行するホリアセ以外の複数の機影があった。
《全目標の破壊を確認。追加攻撃の要無し》
《了解。作戦完了、帰投せよ》
アメリカ空軍所属のB-2戦略爆撃機4機による本土からの長距離往復爆撃は、ホリアセ側に全く察知されることなく、首都上空に到達し、国民統一党本部、陸軍省、海軍省、空軍省、そして近郊のオヴレー空軍基地を瓦礫の山に変えたのだった。
異世界歴1年12月8日 アメリカ合衆国ワシントンD.C. ホワイトハウス
「ホリアセ共和国への爆撃は成功とのことです。目標以外への着弾もありません」
「完璧だな」
拍手する大統領に、空軍参謀総長は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「無人機による長距離攻撃を試してみたかったところですが」
「今回は確実性をとったんだ、勘弁してくれ」
事前のプログラムによって自律制御される無人機によって、他大陸の重要目標をピンポイント攻撃する。
不可能ではないが、最終の攻撃目標の確認を人間の手で行いたかったが故にB-2での爆撃になったのである。
「AIの暴走なんてSFの中だけの話ですよ」
「心配してるのはそういうことじゃないんだが・・・」
単純に「事前に指定した目標を攻撃する」だけだと、例えば何らかの理由で大量の一般市民が現場にいても問答無用に爆撃してしまうし、そもそも論として事前に設定した情報が間違っているという可能性があるのである。
ちなみに、事前の設定が間違っていた例としては、目標設定に使った地図が古かったせいでGPS誘導爆弾はきちんと作動し、指定した座標に着弾したが、誤爆になった在ユーゴラスビア中華人民共和国大使館爆撃事件がある。
目標選定は偵察衛星や無人偵察機の画像とそれによって作成した地図、アズガルドからもたらされた情報によって行われたので、それが仮に間違っていたとして飛行中の上空13000メートルから気付けるか、というと普通に考えて無理なので、まぁ、万が一のための言い訳でしかないのだが。
「しかし、これであの国もしばらく大人しくなりますかな?」
「政治的にも混乱するだろうし、しないようなら、まぁなんだ、またやればいい。大した手間もかからんしな」
そう大統領は言うが、空軍としては予備も含め戦略爆撃機4機と空中給油機2機を使うのでそれなりに大ごとなので渋い顔をする。
正直、長距離巡航ミサイルで良くね?というのが空軍参謀長の感想なのだが、低空を飛行する巡航ミサイルは目撃される可能性が高いので、使用を禁じられていた。
あくまでもホリアセを混乱させるのが目的なので、突然政府中枢が吹っ飛ぶ、というのが重要なのである。
「とはいえ、こんな作戦より、警告して我々の”利権”を脅かしたことに対する懲罰行動だとはっきりさせたほうが良かったのでは?」
「まぁ、それも考えはしたのだがね。正直、これ以上相手してられないから国内でゴタゴタしていてくれるほうがいいだろう?」
正直、これ以上手をかけていられない、というのがアメリカの本音である。
島やジュラシック大陸の開拓、ラストール王国・豪州方面の防衛、不穏なユーラシア大陸情勢と、現時点でも4正面必要なのである。
「それに、NSAが傍受した限りは、中国が接触した際は尊大で話を聞かなかったという話じゃないか。しばらくは勝手に国内で争ってもらおう。可能ならもう少しかき回すんだが、なんの足掛かりもないしな」
使うのはCIAかグリーンベレーか、はたまた別の部隊か、状況によってマチマチではあるが、敵の敵は味方、現地勢力に戦闘訓練を施したり、武器を供与したりしてアメリカの戦力として利用したり、敵を妨害するのは常套手段である。
「足掛かりがないですから、難しいでしょうな」
「そうだな」
空軍参謀長は何もしらないので、大統領はそれ以上話を続けなかったが、すでにホリアセの言語を学ぶためにCIAとSOCOMがアズガルドで語学研修に入っており、政治工作や肩入れする勢力の調査も始まっているのだった。
異世界歴1年12月10日 アズガルド神聖帝国帝都アガルダ 首相官邸
「恐ろしいな」
「全くだ」
2人は外務省から回ってきたホリアセの首都プルの状況についてまとめたレポートを見ていた。
1人はもちろん、家主である首相のアルノルド。
もう1人は兵器調達や兵站の責任者であるランヴァルドである。
「まぁ、うちがやられてから1年もたってないがな」
「本土の攻撃は軍港と滑走路のある基地に集中していたし、そもそも俺らはその時日本にいただろ」
「日本で捕虜だった時から1年たってないとかうっそだろお前!?」
いや、お前最初に本国が攻撃受けて1年たってないって言ったじゃん、とランヴァルドは思ったが、捕虜だった時からまだ1年たってないということにはアルノルドと同じく驚きしかないので、黙っていた。
「しばらくホリアセは大人しそうかな?」
「どうだろうな。一応、あの気の強い総裁は生きてはいるようだし、次期総裁最有力の情報部長も元気だから、しばらくは権力闘争だろ」
「てことは、暴発する危険はあるな」
過去においてもホリアセの総裁が変わる権力闘争の際に、民衆の支持を求めて大規模攻勢にでることがあったのである。
まぁ、その攻勢もホリアセ内で成功させようとする奴と失敗させようとする奴がいるので、アズガルドから見ればひどいグダグダなので脅威にはならないのだが、無視するわけにもいかないのは事実である。
「とりあえず奇襲は受けないだろ」
「警報だけは出しておく必要がある」
ホリアセは日英米に監視されているので、その監視網を掻い潜って奇襲、というのは不可能だろう。
「それより、軍の装備再編を急がんと」
「まず一番の問題だった航空機だが、練習機は日本からT-4とT-2Bを調達。これは従来通りだし、T-2Bは有事の際には作戦機として使用できる。戦闘機はとりあえずF-1Bを急ぎ調達、将来的にはF-1Cへの改修を前提に、開発完了と同時にF-1Cの調達に切り替える」
「まぁ、これまで通りだな」
「ただ、年間20~30機の調達では」
「遅いな」
「よってアメリカから中古機を購入する。安いし数もある」
そりゃBVRミサイルがつかえないF-16A/Bなんだから安いのは当たり前である。
「他のは?」
セントール空軍基地には他にもたくさんなんか来てたけど?とアルノルドは言う。
「F-15とかいう日本も使用している機体は、確かに日本の中古機も含めれば状態のいいのが大量に手に入りそうではあるが・・・」
「あるが?」
「高いんだよ、あれ」
F-16A/Bが搭載するエンジンを双発で搭載しているのがF-15なのだから、単純にエンジン代とそれに関わる維持費が倍である。
というか、F-15のエンジンを単発にして作ったのがF-16、という方が正しいだろう。
なお、F-16C/DになったときにエンジンはF110との選択式になり、そのF110をF-15に持って行ったのがF-15Eである。と考えると、この辺のエンジン使いまわしはなかなかである。
「うーん、とはいえ」
「わかってるよ、だがいずれにしてもまずはジェットエンジンの扱いに慣れないことには」
「というか国産できないのか?」
「国内でも研究していたところはあるようだが・・・」
ジェットエンジン研究としては初歩も初歩なので、とても戦闘機に使えるようなものではない上に、いわゆる遠心式を研究していたので、ほぼ研究はリセットである。
ちなみに、初期のジェットエンジンでいうと英国のミーティアの搭載したダーウェントが遠心式、ドイツのMe262が搭載したJumo004が軸流式、日本の橘花が搭載したネ20も軸流式である。
現在主流のターボファンエンジンも軸流式がベースなので、ジェットエンジンとしては遠心式はほぼ死滅している。
まぁ、他の用途に遠心式圧縮機は現役なので、研究が完全に無駄になるわけではないが。
「前途多難だな」
「70年以上の技術格差だ。そう簡単には埋まらんよ」
もっとも、技術格差を埋めたところで、特許とか意匠で雁字搦めであることに彼らはまだ気付いていないのだが。
次は土曜日




