平和は戦争と戦争の間
異世界歴1年12月1日 ザルツスタン連邦国 首都ザリーニングラード
半壊して廃墟と化した連邦議事堂前に、ロシアとインドの国旗が翻り、テーブルが置かれている。
テーブルには文書が置かれており、その文書はサインを待っていた。
周囲には大量のインド軍兵士や車両が集まっており、皆その瞬間を見ようと、また動画や写真に収めようとしている。
その表情は一様に明るく、机の傍に立つインド陸軍の将官たちやロシア空軍の佐官も、これで一仕事終わりだ、という清々しい表情である。
対して、そんな集団の中にあって、一様に沈痛な暗い表情を浮かべているグループがある。
インドやロシアとは異なる軍服や礼服に身を包んでいるが、その肩章や胸に貼った略綬や勲章から上級士官だとわかる一団は、ザルツスタン連邦国の各軍トップや連邦政府高官である。
言うまでも無く、文書はザルツスタンの無条件降伏を記したものであり、彼らはその署名のために集まっているのである。
この日、ザルツスタン連邦国はインド、ロシアに無条件降伏し、実質的に政府としての機能を終えたのだった。
異世界歴1年12月2日 ロシア連邦モスクワ クレムリン
「これでようやく中国を向けるな」
「新大陸では出し抜かれましたからな。とはいえ、全面衝突はまずいですよ」
大統領の発言を産業・通商大臣が窘める。
「わかっている。だが、我々に対して、得られた土地は狭すぎないかね?」
どの口が言うんだよ、という話だが、領土拡張はロシアの病気なので仕方がない。
「現在、判明している中でどこの手も入っていないのは、新大陸のさらに東にある小大陸と、さらにその東の大陸くらいでしょうか。小大陸のほうはザルツスタン連邦国と同程度の技術水準の国があるようです。そのさらに東の大陸は、衛星での観測では人が住んでいるのはわかっていますが、技術水準は不明です」
「不明?不明ってなんだ?」
衛星で観測できているなら、都市の様子や交通手段などから技術水準を確認できるはずだと大統領は訝しむ。
ちなみに、東側の小大陸とは人民統制委員会が丸ごと統治する島のことであり、そのさらに東側の大陸は、ラストールが一度海沿いの集落に近づいたら弓矢の攻撃を受けた大陸である。
「確かに高い技術水準の都市らしきものは観測できるのですが、そこに人が住んでいる様子が無く、原始的な集落は多数観測できるものの、集落間のコミュニケーションは著しく弱そう、ということです」
「よくわからんな」
「どのみち遠すぎて維持できませんよ。一時的には押さえられても、いざ有事となるとあっさりアメリカに持っていかれる可能性が高いです」
「実際手を出すとなるとアメリカも妨害してくるだろうしな・・・」
地図を見ながら、日本とイギリスにも妨害されそうだな、と大統領は思った。
「というか、この位置関係で日英米が手を出してないって、何か問題があるんじゃないのか?」
「まぁ、多分そうでしょうね」
実際には、ドラスト大陸やジュラシック大陸、神聖タスマン教国の後始末で手一杯なので後回しにされているのと、位置的にいざとなったらAPTOで一気に押さえに行けばいいや、というので後回しになっている。
あと、ウルズ情報で内情を知った日本がめんどくさそうだからと臭いものに蓋方式で無視しているせいである。
「中国の牽制に新大陸東側の小大陸に接触してみるか?」
「そうですね。使えそうなら使うのもありでしょうが、いずれにせよ捨て駒くらいにはなるでしょう」
いずれにせよ、とか言いながら捨て駒にする気しかなさそうに2人とも話を進める。
「しかし、小大陸のさらに東側の大陸、唾くらいはつけときたいな」
「まったくインフラがありませんから、正直労力の割には・・・という気はしますが」
もう軍も余力はないですし、と産業・通商大臣はお手上げ、と言った感じである。
「新しく増えた土地の話ばかりしているが、従来からある国家のほうはどうなんだ?」
「南米大陸が隣に移ってきてくれたおかげで、ベネズエラへの干渉は容易になりました。まぁ、別にアメリカの裏庭というわけでもなし、特にメリットがあるわけでもありませんが」
ちゃんと掘らせれば石油は出ますし、損はしないでしょう、と産業・通商大臣は肩を竦める。
「中国に影響力を高められると面倒だぞ。アルゼンチンやブラジルは取り込めないか?」
「ブラジルは難しそうですね。先だっての戦役でもアメリカに派兵していますし。逆にそのあたりをつついてアルゼンチンに近づくことは出来そうです。外務省と国防省はそのように動いていると聞いていますが」
とはいえ、隣り合う南米諸国は仲が悪いと言っても、軍の装備を見ればわかるように、ベネズエラを除き、ほぼ西側一色なので、お得意の兵器産業から食い込んでいく方法がすぐには取れないのが問題である。
「地理的なことを考えればアメリカにつくのが利口とは思えんがな」
「グアムとハワイがありますからね。あれが無ければもう少し違ったのでしょうが。ポーランドのように我が国を目の敵にする連中もいますし」
「不愉快だな」
吐き捨てるように大統領は言ったが、どの口が言うんだよという話である。
「あ、それと南米諸国に対する中国の動きですが、相変わらずボリビア、パラグアイ、ガイアナといった国に大量の資本を投下することで中国抜きで国を回らなくする方針のようです」
「欲しがっている連中に金をくれてやる。単純だが有効な手段だな」
大統領は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「新大陸から収奪した未知のテクノロジーや開発地域の資源があるとはいえ、戦費もかさんでいます。とはいえ、中国が挑発を続ける限り、軍の予算は今の水準を維持するしかないでしょう」
「問題は資源価格だよ」
苦虫を噛み潰した表情のまま大統領は続ける。
「うちの資源が増えたと思ったら、値段が下がるとか想定外なんだが」
転移の混乱から年初からしばらくは資源価格は高値が続いたものの、日本がアズガルドから油田やその他鉱山利権をふんだくったあたりから下落が始まった。
他の2つの世界の技術水準を考えれば、まだ掘られていない資源が大量にあるうえ、消費量もまだまだ少ない、ということがわかってしまったので、地下資源の価値が相対的に下落したのである。
要するに、乱暴に言ってしまえば、埋蔵量は3倍になったが、消費量は2倍にも程遠い伸びしかなかったせいである。
「まぁ、まだ掘ってもいないものを見越して値段が下がっている感はありますし、直に落ち着くでしょう」
既に掘っていたアズガルドの油田の採掘能力を増強するだけの日本はともかく、米中露が得た地域の油田はゼロからはじめないといけないのである。
日本だって、ドラスト大陸の鉱山資源はようやく業者選定が終わったくらいで、まだまだこれからなので、実際に採掘がはじまり、市場に供給されるのは数年後である。
「なんにせよ、今は中国だ。どうにかしてあの貪欲な連中を抑え込まんと」
どの口が言うんだよ、という話をしながら、大統領は中国封じ込めについて考えを巡らせるのだった。
異世界歴1年12月2日 インド共和国 ニューデリー 国防省
ザルツスタン連邦国の無条件降伏に沸く世相とは別に、相変わらず国防省は緊張感に包まれていた。
ザルツスタンの戦後統治という問題があるのは事実だが、それについては別に国防省だけが担当するわけでもなし、当面の治安維持にしても、徹底して敵が組織的抵抗を行っている間に集結させて叩くのを繰り返した結果、脅威と呼べるほどの物は無くなっていた。
散発的なゲリラの抵抗が想定されはするものの、国内でテロ組織の掃討を日常的に行っているインド軍からすれば、向こうから軍に向かってくるのだから可愛いものである。
では、国防省が緊張感に包まれている原因は何か?
それは、もちろん中国とパキスタンの動向である。
「パキスタン空軍と中国空軍が大規模な演習を行っています」
「はっきり言って、我が国の航空戦力は劣勢です。このタイミングで一気にこられると、一時的であれ押し負ける可能性があります」
はっきり言ってインド空軍の調達計画はボロボロである。
主力機材はSu-30MKIでこれは270機ほどあるので、名実とも主力と言えるが、他がひどい。
昔買ったMig-29もあれば、海軍が空母搭載用に新しく買ったMig-29Kもあるし、1980年代に開発を開始したテジャスは完全作戦能力を獲得したのは2020年である。
なぜかちょろっとMirage2000も持っているし、Mig-21の入れ替えで一度は輸入とライセンス生産でラファールを126機導入するはずだったのが、ライセンス生産で揉めに揉めて輸入で36機だけ導入し、約150機のライセンス生産で別の戦闘機の選定を始めた結果、Mig-21は未だ現役に留まっている。
そうかと思えば、ロシアのSu-57の開発に資金協力しているので導入するつもりでいたりと、どこを向いているのか、というか何機種同時に調達する気なのかという状況である。(ちなみに、Su-30とテジャスとラファールは併行して調達していたが、2020年4月にSu-30は完納)
そんな状況なので、中国軍とパキスタン軍に共同歩調を取られると、多分一時的とかではなく押し負ける。
「地上戦力ではこちらが優勢だ。全軍に即応体制を取らせるしかあるまい」
「核攻撃の可能性を考えると戦力を集中させるのは危険では?」
最悪の事態に備えて準備は進む。
異世界歴1年12月2日 中華人民共和国北京 中南海
「パキスタンとの合同演習は明後日からだったか」
「パキスタンに大規模な部隊を派遣しての演習、というのはインドを刺激しすぎませんか?」
「ロシアの反応も気がかりですし、空軍4個航空旅団を派遣というのは・・・」
暢気な国家主席に、国務院総理と国家副主席が懸念を示す。
「パキスタンが勝手に、というのもあり得ますし、釘は刺しておきませんと」
「なーに、連中だってわかっているよ。バカなことをするようなら手を引けばいいだけだ」
楽観的な国家主席に一抹の不安を感じながらも、誰もそれに強く抗議できないのだった。
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