成層圏の要塞
世界歴1年11月22日 アズガルド神聖帝国ドラスト大陸領 東部方面第15戦術航空基地
夜明けまでまだ長く、基地は一部の見張りを除き眠りについている。
レーダー黎明期だったアズガルドの世界においては、夜間飛行はもちろん、航空機による夜間戦闘など、レーダーを搭載した専用機でないと困難である。
一応、この基地にもレーダーは設置されているが、アズガルドが開発した自前のものなのでAスコープを解読するタイプであり、方位角と目標までの距離を判読できるだけで、高度はわからない。
そんな寝静まった基地のレーダー室で、Aスコープを眺め続けるのに飽きてきたレーダー員は大きく伸びをする。
ここのところホリアセの航空戦力の動きは著しく衰えており、昼夜を問わずここまで進出してくることはほ無くなっていた。
「何やら新しい本土防空用のレーダーが輸入されるとか聞いたが・・・ここまでその恩恵が届くのはいつなのやら」
ここにあるのはもともと本土の研究施設で使われていた先行試作品であり、東部方面の戦術航空基地では唯一のものである。
「さて、さぼってるとおっかない当直長に怒られるし、仕事するか」
そう言って、再び覆いのつけられたAスコープを覗き込む。
周辺を警戒するために、アンテナは360度を定速で回転するモードになっているが、その速度は非常にゆっくりである。
高速回転だと探知しても波形変化が一瞬すぎて、方角がわからなかったり、そもそも見落とす危険があるためである。
「んあ?」
覗き込んだとき、反射物を示す波形があったような気がしたが、今は波は平穏そのものである。
「んん?まぁ一周してきたらわかるか」
そんな思いとは別に、アンテナの方位角を示す数字はゆっくりと動く。
そもそも、想定される敵機の速度が遅いからこそ許される回転速度であり、たとえばシースキマー型の対艦ミサイルを探知するために護衛艦が搭載するOPS-28などは毎分30回転したりするし、通常の対空捜索レーダーでも、OPS-24で毎分20回転である。
米海軍イージス艦や一部海自イージス艦が搭載するSPQ-9Bに至っては毎分60回転と、対艦ミサイルの高速化に伴い、走査頻度を上げるためにどんどん回転は高速化しており、なぜどこの国も次々に複数のレーダーアレイを固定装備するようになったのか、その原因がわかるというものである。(え、どっかの島国が背中合わせのレーダーにカバー被せてカバーごと回してるって?HAHAHA御冗だってほんまや!?(茶番)
「な!?これは!?」
Aスコープに現れた大きな波形に驚く。
「デカい!?ホリアセの大編隊か!?」
慌てて基地の警報スイッチを押しそうになるが、一度気持ちを落ち着かせる。
誤報だったら、建前はともかく、安眠を妨げたと全員から白い目で見られることになるのである。
波形ははっきりと示されている。故障している様子はないし、そこに何もないとは考えにくい。
レーダーの故障や誤探知の可能性を排除したレーダー員は、続けて手元のノートを開いた。
毎日、各戦術航空基地に連絡便で配達される、味方の飛行予定が書かれたノートである。
「該当する飛行予定はない・・・よし」
レーダー員は意を決して、蓋を開け、警報のボタンを押した。
世界歴1年11月22日 アズガルド神聖帝国ドラスト大陸領 東部方面第15戦術航空団第3飛行隊
『やれやれ、誤報だったらタダじゃ置かねぇぞ』
「騒ぐなバカタレ。間違いだったらそれでいいじゃねぇか。平和が一番だよ」
誤報を恐れて襲撃を見逃し、奇襲を受ける方が問題なので、誤報だったら笑い飛ばすくらいが理想なのだが、寝ていたのを叩き起こされて笑って許せる人間ばかりではない。
『そろそろ会合点のはずですが』
「レーダー手、探知まだか」
「少々お待ちを」
東部方面第15戦術航空団第3飛行隊は夜間戦闘機のみで編成された飛行隊である。
双発三座のレーダー装備の機体であり、夜間戦闘に特化しすぎて昼間は敵戦闘機のカモにしかならないという優れもの(?)である。
「うーん、おかしいですね、確かに先ほどこっちの方角で探知したんですが」
レーダー手はなかなか敵編隊を捕まえられずに焦り始める。
「とはいえ、基地のレーダーが探知して、さっき各機のレーダーも探知したしなぁ。誤報はあり得ないはずだが」
編隊の他の機もレーダーに反応が無く、困惑している。
ちなみに、機体のレーダーは全周走査できるわけでなく、機首方向の上下左右15度程度の範囲である。
「全周捜索を行う」
「了解」
そんな範囲しか探知できないレーダーで全周捜索を行うにはどうすればいいか。
簡単である。機首を振ればいいのである。
戦闘機としてはのんびとした旋回を行いながら、周囲の捜索を行うが
「やはり反応は無いですね・・・もしや高度差があるのでしょうか」
「あー、それはあるか」
ちなみに今飛行しているのは高度6000メートルである。
レーダーで遠距離から見つけられたのだから低空飛行はしていないだろう、という前提での高度である。
まぁ、そもそもの問題は第15戦術航空基地に測高レーダーがないことなのだが。
「上か、下か、どっちだと思う」
「賭けますか」
「俺は上ですね」
機銃手やレーダー手とくだらないことを言いながら、機首を上に振り、上昇姿勢をとる。
「え?」
その時、目が良い機長はそれを見逃さなかった。
僅かな光だが、断続的に発生している小さな炎。
排気管から出るアフターファイアである。
「敵機発見!上だ!速いぞ!」
無線に向かって叫ぶ。
『なんだ!?』
『どれだけ上を飛んでるんだ!?』
『ダメだ!追いつけない!』
遥かに上を飛ぶ敵機を見送るだけの状況に、無線には悲鳴のような声が溢れた。
世界歴1年11月22日 アズガルド神聖帝国ドラスト大陸領 高度12000m
「機長、やはり6番エンジンが不調です」
与圧されていないので、酸素マスクを着け、電熱入りの服を厚着した航空機関士が機内通話で告げる。
「他の5発が嘘みたいに快調なんだし、良しとしよう」
断続的にアフターファイアを出す排気管のせいで左舷機銃手は常に目くらましを受けている状態なので、あんまりよくは無いのだが、そもそも快調なことのほうが少ないエンジンなので仕方ない。
まぁ、クランクシャフトにつながるスーパーチャージャーとターボコンパウンドが両方ついているのだからお察しである。
というか、発想がいかれているとしか言えない。
一応、カタログスペックでは高度10000メートルを時速420キロで巡航できるはずなのだが、今この編隊は350キロしかでていない。
巡航高度より高度をとっているのも1つだが、エンジン不調の機に合わせて飛んでいるからである。
まぁ、それでもB-29の9000メートルでの巡航速度なのだから、1、2発がエンジン不調でもレシプロ機としてはバケモノの部類である。
「ドラスト大陸にこの高度を前提にした迎撃機はいないはずだが、経路上で待ち伏せて一度きりの攻撃、というのはあり得るぞ!」
「しかし、そんなのでこの機は落ちませんよ」
ヨタヨタと必死に昇って進路上で待ち伏せて一度だけなんとか、と攻撃したところでまともな戦果など期待できない。
「バカモノ!必死の攻撃を侮るな!」
そう、「普通の攻撃」ならそうそう被害はでない。
が、仮に一度きりの攻撃でも「普通でない攻撃」、例えば体当たり攻撃を仕掛けてこられれば、相手が単発機であってもタダではすまないのである。
「速度を上げられないのはもどかしいが、このまままっすぐセントール基地を目指すぞ!」
レシプロ6発機の40機編隊は、エンジン不調で多少の脱落機を出しつつも、爆撃目標に向けて飛行を続けるのだった。
世界歴1年11月22日 アズガルド神聖帝国ドラスト大陸領 セントール空軍基地
「首相、危険です!退避してください!」
東部方面第15戦術航空団第3飛行隊によりもたらされた敵超大型爆撃機接近の報に、セントール空軍基地は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「おい、アルノルド、立場があるんだから退避機に乗るか、せめて退避壕に入れ」
おろおろしながら退避を促す秘書官に続き、ランヴァルドも首相のアルノルドに退避を促す。
そんな彼らがいるのは飛行場を一望できる格納庫の上である。
「猛将と恐れられたランヴァルド少将、おっと今は中将か、も随分と普通のことを言うようになったものだ」
「言ってる場合か、互いの立場を考えろ」
「だが、彼らが動くようだぞ?見届けてみたくはないかね?」
そういったアルノルドの視線の先で、エプロンに駐機していた機体が次々にエンジンを始動し、甲高い音を立て始めていた。
次は火曜日か水曜日




