広がる世界と閉じた社会
新世界暦1年11月6日 湖上王国 大聖堂 神託の間
静謐な空気に満たされた荘厳な部屋の中には、複雑な紋様の魔法陣が描かれており、それが青白く発光していた。
窓は一切なく、室内を照らすのは魔法陣の明かりだけである。
それらの魔法陣の中央には、真っ白に金糸で装飾が施された服を着た女性が目を閉じ祈るように立っていた。
そして、壁際にはそれを囲むように、同じような、それでいて少し格は落ちるような服に身を包んだ人間が男女問わず、多数立っている。
やがて、魔法陣が徐々に光を失っていき、完全に光が無くなった後、中央の女性が目を開き、ランプに明かりを点けた。
それに倣い、何人かもランプに明かりを灯す。
「して、神託は」
周囲にいた人間の中から、最も地位の高そうな男が歩み出て中央の女性に問いかけた。
「はい、神託によれば魔王が復活したとのことです」
その言葉に室内に動揺が広がる。
「なんということだ!」
「おお、神よ、我らをお救いください」
口々に祈りの言葉や嘆きの言葉を吐き出し、収拾がつかなくなったところで、さきほどの地位の高そうな男が、場を制する。
「静粛に。神託はそれだけではないでしょう」
「はい、大司祭様、神託はそれだけではございません」
中央に陣取ったままの女性は言葉を続ける。
「明日、魔王を討つ勇者が伝承通り北の空から我らの母なる湖に舞い降りる、とのことです」
「皆、神託の巫女の言葉を聞きましたね。さあ、時間がありません、すぐに準備にかかりなさい」
大司祭と呼ばれた男の言葉に、全員が一斉に弾かれたように部屋の外へ出て行く。
あとに残された大司祭と神託の巫女が何やら言葉を交わしていたが、その内容を知るものは2人以外にはいない。
新世界暦1年11月7日 ドラスト大陸南方 未知の大陸上空 海上自衛隊 第71飛行隊 US-2
「間もなく降下開始地点です」
「降下準備」
間もなく被発見を避けるために高度を下げて、山を盾に一気に湖に接近し、着水することで相手に対応の時間を与えないというプランである。
まぁ、別に見つかったところで相手に対空ミサイルはおろか、対空砲すらあるわけでもなし、問題なくね?と思うのだが、訪問団曰く「気分の問題」らしい。
そんな理由でわざわざ危険な低空飛行をやらされるほうはたまったものではないが、不意打ちのほうが相手に準備する暇を与えないから訪問団の安全を確保しやすい、と言われてしまうと反対もできなかったので採用された。
「私が操縦する」
「機長に操縦渡します」
操縦桿を副操縦士から機長が引き継ぎ、降下を開始する。
3機編隊の先頭なので、責任重大である。
「雲が低いな。FLIRは出せるか?」
「準備はできています。出しますか?」
機首左側のドアには引き込み式のFLIRが設置されており、必要に応じて引き出して使用される。
ちなみに、機首のドアは着水時のアンカーを出すドアでもあるので多芸である。
「もう少し高度を下げて、山や地面が見えないようなら出そうか。電波高度計に注意」
とはいえ、FLIRを見ながら操縦、なんていうのは普通はやらないので、できればやりたくないところである。
低空での計器飛行なんて、なかなかの恐怖なので、FLIRで山を確認できるだけマシなのだろうが。
「雲を抜けたな」
ほっとしたように機長は言う。
「しかし、崖みたいな山ですね」
「クライマーたちが喜びそうだな」
切り立った崖が続く山を右手に見ながら、ゆっくり旋回しつつ山脈に沿って飛行する。
山脈の高さは一番高いもので7千メートル超えといったところで、なかなかの見応えである。
「そう言っても、例の生物の生態がわからないことには登れないでしょう」
「まぁなぁ。速度的に追いつかれることは無いが、横から飛んできて衝突、なんてのは勘弁してもらいたいなぁ」
「けどあの見た目はなかなかファンタジーですねぇ。動物園も欲しがってるとか」
「あんなデカくて飛ぶやつをどうやって飼うんだか」
彼らの言う生物とは、とりあえずのところ幻想生物の中で一番似ているから、と「ワイバーン」と名付けられた爬虫類(推定)のことである。
「しかし、自力で飛べないとは、ロマンのかけらもないな」
「あのナリでは仕方ない気もしますが」
大きさは大きいもので5メートル程度、ワイバーンと名付けられた通り、飛べる。のだが、どちらかというと滑空できる、というのに近い。
一応、一度飛行速度に乗ってしまえばある程度自由に飛べるようだが、自力で離陸速度に到達できないのである。
では、どうやって飛ぶのか?
その答えが、彼らが住処にしている右手の切り立った落差のある崖である。
要するに、崖から飛び降りて最初の速度を稼ぎ滑空するのである。
なのでこれまでの航空偵察や衛星探査で調べた限りでは、地面には降りていない。
かならずある程度高さのある場所に降りるのである。
それでも、低いところに降りすぎるのがときたまいるらしく、情けなく切り立った崖を2本しかない脚で必死にしがみついて登っている様子が観察されている。
「自分の羽ばたきだけで飛べないってのは間抜けだな」
「鳥じゃないから仕方ないんじゃないですか?」
「蝙蝠だって鳥じゃねぇぞ?」
くだらないことを話しながら、US-2は順調に目的地の湖に近づいて行くのだった。
新世界暦1年11月7日 湖上王国 王都 大聖堂
湖に浮かぶ島がまるごと国になっている湖上王国は、一部農耕地を除いて、その全てが島の中で完結している。
職業によっては一度も島から出ることなく人生を終えることも珍しくない、そんな国である。
そんな狭い、閉じた社会を形成する国なので、絶対君主である王家と唯一の信仰である聖堂の関係は深い。
聖堂のトップである大司祭はだいたいが王の弟だったり、遠くても従兄弟くらいだし、神託の巫女は当代王家の長女と決まっている。
となればどうなるか、というと、神託にあった勇者を迎えるにあたり、王家や聖堂の主要メンバーが聖堂に集まっているのだが、さながら家族会、という様相で、血縁の無い聖堂関係者は締め出されて一般市民と同じく、岸壁から湖を見ている。
「お父様、叔父様、そろそろです。上に上がりませんと」
神託の巫女が国王と大司祭に声をかける。
「む、そうか。やれやれこんな時でないとゆっくり話もできんとは」
「お互い面倒になった・・・いや、兄上はまだいいじゃないか。こっちは普段は荘厳で神秘的な雰囲気出さなきゃいけないんだぞ」
「ははは、この野郎、書類半分まわしてやろうか」
そんなくだらないことをいいながらこの国のツートップが聖堂の上のバルコニーに出るために階段を登っていく。
その後ろから、やれやれこのおっさんどもは、という顔をした神託の巫女以下、王家血縁関係者が続く。
「えーと、神託では勇者は北の空から湖に降りるんだったか」
「ワイバーンに乗って登場とは、中々憎い演出だな」
そんなことを言いながら、国王と大司祭がバルコニーに出ると、神託を知り勇者の到着を待つために周囲に集まって行った群衆からわっと歓声が上がる。
2人がそんな群衆に手を振るが、神託の巫女がバルコニーに顔を出すと、さらに大きな歓声が上がっておっさん2人は周囲にしかわからない微妙な顔をする。そりゃみんなおっさんより綺麗なおねーちゃんのほうが好きだから仕方ないね。
「あ、見えてきたのではないでしょうか」
山影から旋回して出現した影を見つけて神託の巫女が指をさす。
「お、そのようだな」
「・・・気のせいかな?3つあるように見える」
やがて、その影は段々と大きくなるとともに、独特の音も聞こえてくる。
そして、巨体に似合わずゆっくりに見える速度まで減速しつつ、盛大な水しぶきを上げて次々に湖に着水した。
「「「・・・なにあれ?」」」
全くの想定外の物を見た、という感じで、大歓声をあげる群衆とは裏腹に、3人は驚愕の表情を浮かべたのだった。
時間は出来たのに執筆は進まない。おかしいね。
次は土曜日の予定?




