ΔVを崇めよ!
新世界暦1年11月1日 日本国鹿児島県 種子島宇宙センター
「ねぇ、うちの打ち上げ計画立ててる奴ってアホなの?」
「そういうなよ、そのおかげで今回の探査機を打ち上げられるんだから」
そんなことを言っている彼らの視線の先には打ち上げ準備が進むH3ロケットがある。
そのペイロードは計画名称LiteBIRDと呼ばれるインフレーション宇宙を検証するCMB偏光観測小型科学衛星である。
もともと地球で2025年度の打ち上げが計画され、準備されていたビッグバン以前の原始重力波検出を目指す探査機だったが、転移とそれに伴う宇宙計画の計画で先送りに・・・なるはずだったのである。
「ロケットはあるけど衛星が準備出来ないってバカなの?」
「まぁ、もともと偵察衛星なんて年間1~2基しか打ち上げないんだししょうがないんじゃね?」
H3の年間打ち上げ可能回数は6回である。まぁ、前年から準備しておいて年度が変わってすぐに1回打ち上げれば7回にすることは可能だろうが、長期的に見ればそれで打ち上げ回数が増えるわけではない。
もちろん、製造に長い時間がかかるロケットを打ち上げ計画に基づいて事前に生産計画を立てておく必要がある。
打ち上げ予定もないのに1基50億円のロケットを作っても仕方ないのである。
今は宇宙産業は各社フル稼働とはいえ、その生産能力にはバラつきがある。
要するに「年間6回」の打ち上げに対応したロケット生産能力はあっても、偵察衛星生産能力は無いのである。
勿論、偵察衛星以外にも気象衛星や通信衛星も優先的に打ち上げられているのだが、そもそもどれも年間1~2機の打ち上げしか想定していないのである。
そこでいくつかの国から求められた打ち上げ枠の売却要請を無視して(一応国際プロジェクトだが)自分のところの学術目的の探査機を打ち上げるあたり鬼畜である。
まぁ、いきなり言ってもそれらの国が衛星を用意できるわけではないのだが。
ちなみに、イプシロンロケットのほうも打上能力を強化して全力生産に入っているので、来年あたりからさらに打ち上げ枠は増えることになる。
そのころにそれだけの打上能力が(日本に)必要かどうかは微妙だが。
とにもかくにも、無意味なロケット全力生産のおかげで、この惑星初の純学術目的の探査機が打ち上げられることになったのである。
ちなみに、ロケット打ち上げを衛星完成まで待てばいい、と思ってしまうが、単純にロケット組立棟を空けないと、次の次(VABでは2機同時に組立できる)のロケットが組立できず、単純に打ち上げ間隔が開いてしまうのである。
新世界暦1年11月1日 アメリカ合衆国フロリダ州 ケネディ宇宙センター
地球で歴史に残る有名な宇宙プロジェクトのいくつかを主導した、おそらく地球で最も有名な宇宙センターは、勿論NASAの施設なのだが、その施設を多くの民間企業にリースしているのが実にアメリカ的である。
そんなわけで、隣接するケープカナベラル空軍基地と合わせて民間企業複数社が他国を引き離す圧倒的ペースでロケットを打ち上げ続けている。
偵察衛星に気象衛星、資源探査衛星、早期警戒衛星、通信衛星、GPS衛星などなど、とにかく出来上がったものを出来上がったロケットに組み合わせて最速で軌道に放り上げていく方式なので、どの衛星がどのロケットで打ち上げられるのかは、ペイロードに収める時まで決まらない。
本来なら打上を請け負う民間企業が自由に受注できるはずなのだが、連邦政府が「戦時下」を理由に向こう2年全ての打上枠を押さえていた。
戦争は終わったのだから打上枠を民間に開放すべき、という意見もあるにはあったが、とりあえず必要な衛星を打ち上げ終わってから連邦政府で押さえている枠を売却するか検討することになっていた。
轟音とともに昇っていくファルコンヘビーを横目に、アトラスとデルタが打ち上げ準備をしている、なんていうのが日常なので、大量の技術者が行ったり来たりすることになり、基地の周辺は特需に沸いていた。
そんな状況をNASAが歓迎していたかというと・・・実はあまり歓迎はしていなかった。
そもそものNASAの任務が「長期にわたる探査」であるので、短期的な利益を目的にした偵察衛星や、国防総省管轄で商業利用も前提にしたGPS衛星や通信衛星は完全に管轄外だからである。
転移なんていう未知の事象に遭遇した後の世界がどう変化しているのか、そもそもなぜ転移なんていう不可思議な事態が発生したのか、これだけ大きな研究課題があるのだから、NASAからすれば宇宙望遠鏡をはじめとした、多数の探査機を打ち上げたいのである。
「JAXAが探査機を打ち上げるらしい」
中国が一度有人機を打ち上げた以外は、どこの国も実利重視で偵察衛星や通信衛星を重点的に打ち上げていた。
結果として、JAXAが打ち上げるLiteBIRDが転移後初の学術調査を目的とした探査機である。
「国際共同とはいえ、うちは噛んでないしな・・・」
アメリカの大学や研究機関が噛んでいるとはいえ、NASA自身は同時期に似たような計画を立てていた関係で計画に噛んでいないのである。なお、その計画は結局破棄されているので、探査機自体作っていない。
「こんだけバカスカ打ち上げるんだから、1機くらい譲ってくれてもいいじゃなかろうか?」
着陸場に戻ってくるサイドブースターを眺めながら、誰ともなく呟いたのだった。
新世界暦1年11月1日 フランス領ギアナ ギアナ宇宙センター
ロケットが打ち上げられているだけマシだと言わんばかりに、何もない発射台を職員がボケっと眺めている。
地球にあったころは、赤道までわずか500キロという好立地だったギアナ宇宙センターだったが、転移により、そのアドバンテージは消滅していた。
ちなみに、転移後赤道に近い周回軌道への衛星投入を目的にしたロケット射場は、種子島か文昌、ボストチヌイという状況である。
一応、韓国の羅老が一番赤道に近いはずなのだが、ぶっちゃけ中露朝の直接的、間接的軍事圧力でそれどころではなかったので、製造中、もしくは打ち上げ準備中のロケットがなかったこともあり、打ち上げは行われていない。
いくら赤道から離れてしまったとはいえ、欧州宇宙機関が持つ唯一の衛星軌道投入を目的にしたロケット射場である。(そう考えると国内に液体燃料ロケットと固体燃料ロケットで別に射場を持っているどっかの島国はだいぶおかしい)
使っていないというのは、欧州が事実上宇宙開発から撤退したということを意味し、戦う前から負けていることになる。
その理由はいくつかある。
まず、欧州そのものの混乱。
ぶちゃっけ、地球国家群の中で、アフリカと並んで気候変動の影響が大きかった地域なので、政治的にも社会的にも混乱した。
そして、イギリスが物理的にも欧州を離脱したこと。
ESAの加盟国でもあったイギリスだが、物理的にも欧州から離れ、しかもギアナ宇宙センターを使うメリットが無くなったとあって、早々に離脱を表明していた。
ちなみに、たまに誤解されているが、ESAはEUの機関ではない。よって、EU離脱後もイギリスは参加していたのである。
ESAはフランスが中心で、ドイツ、イタリアがそれに続く地位を占めている、とはいえ、イギリスも予算の8.5%を拠出していた加盟国である。
いきなり予算8.5%カット、となると大ごとであり、混乱に拍車をかけることになった。
打上請負会社も、日本や米国と異なり、「打上だけを行う会社」であり、ロケットの製造は行っていないのでとりあえずロケットをつくってESA以外の依頼を受ける、というのもできなかった。
ちなみに当のイギリスは自前の宇宙機関を立ち上げ、独自開発と早期の打上は諦め、日本やアメリカの打上枠を買ったり、相乗りする方向に進んでいる。
欧州が宇宙開発の舞台に帰ってくることはできるのか?それはただ打ち上げ台を眺めてコーヒーを飲んでいる職員にもわからない。
ちなみに、ギアナ宇宙センターにはソユーズロケットの打ち上げ施設もあるが、わざわざ使うメリットが一切なくなったので完全に放置されている。
新世界暦1年11月1日 極東ロシア ボストチヌイ宇宙基地
轟音とともにソユーズ2ロケットが上昇していくのを眺めながら、職員が呟く。
「しかし、いい加減射場をここだけに頼るのもいかがなものか」
赤道から大きく離れてしまったギアナは全く使用されておらず、バイコヌールはカザフスタンにあるという地理的要因で規模縮小されて久しい。
「とはいえ、わざわざ高緯度の射場使わなくても良くなったんだから、上は限界までここを酷使する気だろ」
げんなりとしたように別の技師が答える。
正直、スケジュールはギチギチに詰まっており、過労が原因のミスで大事故が発生するのではないかと全員ひやひやしている。
「中国と緊張が高まってるのに、ここだけに依存するのもどうなんだろうねぇ」
ロシア国内に造られた最新の射場だが、地球において無人地帯で可能な限り南側に、という条件で建てられたので、中国との国境に非常に近い。
「まぁ、さすがにここを第一目標にはしないだろ?・・・しないよね?」
過労の職員達の心配をよそに、ソユーズ2は順調に昇っていくのだった。
なんか宇宙関係の話はワンパターンになってしまいますね。
有人探査するわけでもないんであえて描写する必要も無いんですが(じゃあなんで書いたんだよ
タイトルのΔVは、この数字が大きければ大きいほどそのロケットや衛星、探査機は偉いという数字です(小学生並の語彙力
次は土曜日に




