鉄路は続くよ
新世界暦1年10月30日 アズガルド神聖帝国 交通省鉄道総局 大会議室
アズガルド神聖帝国交通省。
海外領土も含め巨大な国土全体の交通行政を担う巨大官庁である。
その中でも鉄道局と海運局は運輸部門において絶大な権限を持つ巨大部署であり、未だ黎明期でしかなかった自動車局と航空局は人員も少なく、日本との国交開設以降パンク状態である。
もともと、輸送の主力が未だ鉄道と海運だったのだから仕方ないことではあるのだが。
そしてややこしいことに、鉄道局と別に鉄道総局が存在していた。
一体何が違うのか、という話だが、鉄道局は言わば各種許認可や整備計画、営業免許などの管理を行う通常の行政機関であるのに対し、鉄道総局は実際に鉄道を運営している部署、要するに国鉄に相当する機関である。
名前もうちょっとどうにかしろよ!とはみんな思うことなのだが、海軍に全く性質も設計思想も異なる「巡洋戦艦」が存在するように、「だって設立時にそうなってたんだもん」という理由だけでその名前のままなのである。
アズガルドの役所絡みはこの手の話に事欠かなかったりする。
そんなわけで交通省鉄道総局、とは名乗っているものの、わかりやすく日本語で言うなら「国鉄本社」であるそれが交通省本省の建物におさまるわけもなく、全くの独立したビルを有していた。
一応、アズガルドにも「私鉄」は存在しているが、100年以上戦時体制が続いているアズガルドでは、戦略輸送路である長距離鉄道は全て鉄道総局の管轄であり、私鉄は都市内交通にとどまっている。
そんな巨大鉄道会社の会議室では、今現在進行中の多数のプロジェクトに関する報告が行われていた。
「帝国縦貫線の改軌作業は予定通り進行しています」
帝国縦貫線。
アズガルド神聖帝国本島を南北に走る主要幹線で、日本でいうなら東海道線に匹敵する重要路線である。
そこを一時不通にしてまで急ピッチで改軌作業を行っていたのである。
当然、主要幹線を運休しての作業に国内では不満が噴出していたが、従来から輸送量が限界に達していたので、車両の高性能化は喫緊の課題であり、それが改軌で導入できるのであれば、短期的な損よりも長期的な利が大きいと判断されたのである。
改軌せずに車両を輸入、という案もあるにはあったが、実質アズガルド専用仕様となってしまうので以後の車両導入にも障害になり、しかも価格が上がる、という点で却下された。
アズガルド標準軌が、地球でいう狭軌よりわずかに広いだけだったため、狭軌への改軌が適切とされ、しかも都合がいいことに狭軌は日本の旧国鉄標準軌なので日本の車両をそのまま導入できるのである。
もっとも、日英は標準軌に改軌させれば、英国で日本企業が製造している車両を輸出できると考えていたので、標準軌への改軌が物理的に困難と判明して悶えていたが。
「改軌作業が終了した場所から順次試運転を開始しています」
日本から導入したのはディーゼル機関車である。
電化区間が一部都市間のみに留まるため、大量の中古車両導入が見込める電車、電気機関車の導入を見送ったのである。
改軌と同時に全線電化、というのも鉄道総局は目論んだのだが、さすがに資材が集まらず、工期の問題もあって断念された経緯がある。
「日本から導入した機関車の調子はどうだ?」
「試作していたディーゼル機関車が子供の工作に思えます。蒸気機関車との比較は言わずもがなですね」
アズガルドの鉄道の主力は未だ蒸気機関車である。
内燃機関や電化技術が未熟なことが主因だが、地球の1940年代だと考えれば普通であろう。
「しかし、日本に有蓋車が無いというのは驚きました」
日本における鉄道貨物輸送の主力はコンテナに移行して久しい。
というか、そもそも鉄道貨物輸送自体が、内航海運に比べるとトラック輸送に押されて著しく衰退している。
そして、その中でも大きな割合を占めていた、本州と北海道を結ぶ鉄道貨物輸送が、青函トンネルの消失によってストップしており、機関車と貨車は持て余し気味である。
結果、老朽化したディーゼル機関車の置き換え用に発注していた分も必要なくなったので、これ幸いと全てアズガルドに回されたのである。
「とはいえ、改軌が終了次第、電化を進める必要がありますね」
「並行して新縦貫線の整備にも着手したいし、横断線の改軌もある。当面工事部は多忙だな」
縦貫線もあれば横断線もあるが、アズガルド神聖帝国の本土は南北に長い島が東西に並んだ双子島である。
帝都アガルタは西側の島にあり、縦貫線も同じく西側の島を走っている。
横断線のほうは東西に走る線だが、当然真ん中には海峡があるので、そこで途切れており、海峡は日本では過去のものになった鉄道連絡船が運航されている。
「しかし惜しいですね、日本やイギリスが言うところの標準軌に改軌できれば、電化非電化区間両用の高速車両が即納できるという話だったのですが・・・」
「仕方あるまい。物理的に改軌が困難なんだから、新線を作るしかないだろう」
縦貫線の輸送容量が、もともと貨物も旅客もパンク寸前とはいえ、新縦貫線の建設には莫大な建設費がかかるので反対意見も多かった。
勿論、鉄道総局内でも新縦貫線建設よりも縦貫線電化を急ぐべき、全線の改軌を優先すべき、などの意見が多数あった。
それでも、新線建設が決定されたのは、日本や英国の鉄道会社との意見交換で
「このままだと近いうちに長距離旅客輸送は全部飛行機に持ってかれますよ」
と言われたことである。
運転距離500キロくらいまでなら高速鉄道で飛行機に勝てる、という日本の鉄道会社の意見(と実例)もあり、長距離旅客輸送を新線に振ることで現有路線の貨物輸送を増やすこともできるのも決め手だった。
もっとも、油田や化学コンビナート間の石油輸送を鉄道でやってるのをパイプラインにしたらだいぶ枠あくんじゃね?とは日英双方が思ったが、鉄道会社が作るものではないので黙っていた。
で、新線の高速鉄道について一悶着あった。
当然、「旅客輸送で飛行機に負けない」という目的を考えるなら時速300キロ運転を目指すべきで、アズガルドの鉄道プロジェクトに噛める国を考えると、新幹線方式一択になる。
が、それでは英国が何も美味しくないので、普通に標準軌で作って車両を英国から納入する方式でゴネたのである。この場合、運転速度は時速200キロになる。
とはいえ、新幹線方式は(車両価格も含めて)プロジェクト費用が膨れ上がるのも事実で、鉄道総局内でも意見が割れていた。
「えー、それと鉄道総局に労働組合を認めるかどうか、という話なのですが・・・」
実質国鉄とはいえ、部署としては交通省の一部門である鉄道総局で働く人間は全て公務員であり、場合によっては軍属にもなるので、労働組合の結成は認められていない。
その一方で、実質的には営利企業であり、ドラスト大陸全土をアズガルドが支配してからは軍属として派遣されることも無くなったので、労働組合の結成を認めるべきではないか?という意見も一部ではあった。
で、日本にボコボコに負けて、労働法規の見直しなども始まった中で、鉄道総局としてどうすべきか方々に確認していたのである。
「まず、日英の鉄道会社の意見は”絶対に止めろ!”とのことでした」
「・・・過去に何かあったのかね・・・?」
「続いて、外務省経由の日英両政府の返答は”いいか、絶対にやるなよ!?絶対だからな!”とのことです」
「え、それどっちなの?やらないとダメなの?やっちゃダメなの?」
鉄道会社が労働組合に苦しめられるのは東日本や北海道では現在進行形だし、西日本や東海でも完全に終わったわけではない。
極左系反社会勢力が浸透したことで碌な目にあっていないのが日本の旧国鉄系だし、イギリスの労働組合は・・・まぁ、そのなんだ、一時期みんな職場で焚火して紅茶飲む以外のことしなかったよね。
「続いて横断線の海底トンネル計画ですが、日本としては着手する場合は日本でのトンネル工事終了後になる、とのことです」
気象の影響を受けやすい鉄道連絡船を橋やトンネルで置き換えたい、というのはどこでも考えることである。
この手の工事について、豊富な経験を持つ企業をいくつも抱える日本だが、関門海峡と津軽海峡のトンネル消失にかかりっきりである。
イギリスのほうはユーロトンネルを再開通させてつなげる先はないので、受けられそうに見えるがユーロトンネルを掘ったのは日米の会社が主力である。
「つまり当面無理か・・・我々だけで工事を進めるのは・・・」
「以前の試掘とそれに基く試算では現実的ではないですね。まして新縦貫線の建設と並行するのは不可能でしょう」
しばらくは鉄道連絡船が現役だな、という結論に落ち着くが、トラック輸送とカーフェリーに持っていかれる可能性を考えていないあたり、モータリゼーションがまだまだこれからの国である。
急速に進むアズガルドの流通革命は、こうして鉄道分野でも進んでいくことになるのだった。
今週は話が進まないので土曜日までに2回更新したい(できるとは言っていない




