越境者たち
新世界暦1年10月21日 新大陸 旧ダスマン連合首長国ドーラン首長国 現ロシア連邦ドーラン共和国
「アイヤー、ワタシ、広東省カラ来タ陳包珪アルヨ」
実効支配していることを示すために占領地域をまわって住民情報を集めている、内務省やFSBを中心に編成されたプロジェクトチームはまたか、と頭を抱えていた。
ちなみに、今訪れている村は、ドーラン首長国王都攻防戦で逃げ出した人民解放軍の特務部隊が占拠した村である。
つまり、本来なら捜していた相手を見つけ出した、はずなのだが彼らは全く気付かない。
なぜなら、彼らはここまで嫌になるほど中国人の相手ばかりしてきたからである。
なぜロシア領のはずなのに、中国人が溢れかえっているのか?
原因は、新大陸の中国側での政策である。
大量の人員を棄民同然に一気に放り込んだ中国共産党は、1つの政策を打ち出した。
ムチだけでは人は動かない。アメが必要である。
開拓した土地の使用権を100年間認める。という単純な政策である。
一応、共産主義を標榜する国なので、土地は全て国の所有物で、私有は一切認められていない。
年限を区切って使用権を認めているだけである。それ故に、強制収用が簡単にできるのだが。
ちなみに、使用権100年というのは、中国本土では無い長さである。
(道路建設などで国に収用されない限り)基本的に自動更新されるとはいえ、実際に使用する立場からすれば長い方がいい。
まぁ、それが一般に告知される前に人民解放軍幹部が部隊を使って港湾付近を更地にして自分が開拓したと申請したりしていたのはいつものことである。
で、その政策でなぜロシア側に中国人が溢れることになるのか?
はっきり言って、中国が送り込んだ人数は、新大陸の中国側支配地域に比べて過剰である。
もともと住んでいた人間もいるのだから当たり前である。
対して、ロシア側は大半が砂漠のようなエリアとはいえ、中国よりも広大な地域を支配している。
が、ロシア自体の人口が中国に比べて少ないし、支配地域の有人地帯も狭いので、そちらの人口も少ない。
国境は、要所要所ではにらみ合いがあるものの、簡単な柵が作られているだけの場所がほとんどである。
結果、どうなったか。
中国側から大量の中国人がロシア側に流入したのである。
ロシア側で中国の法が通るわけねぇじゃん!?という当たり前の話だが、そんなことお構いなしに勝手にロシア側を開拓していた。
最初のうちは中国側も普通に越境を取り締まっていた。取り締まっていたのだが、最終的に数に押されて検問所を1つ(物理的にも)潰されてから取り締まりを諦めて、出て行く分にはフリーパスになっていた。
ロシア側も可能な限り取り締まろうとはしたものの、越境者の数がとんでもないうえ、うかつに発砲などすれば中国側と戦闘になりかねず、国境での阻止は完全に失敗していた。
一見すれば、中国側が実効支配地域を広げるチャンスだが、中央から完全に制御不能であり、ぶっちゃけ両国が抱え込んだ爆弾である。
ここも中国人かよ、とうんざりしながら帰っていく調査団を見送ると、1人が口を開いた。
「なんか心配していたのがバカらしいくらいあっさりごまかせましたね、上校」
「まぁ、神は俺たちを見放してなかったってことだな」
共産党的には神はいないけどな、としょうもないことを考える上校。
同時に、どうにか今の状況を利用すれば帰国する手もあるのではないか、と上校は考えを巡らせるのだった。
新世界暦1年10月21日 中華人民共和国 北京 中南海
12億人のかじ取りを決めるわずか数名の会議が開かれていたものの、全員が頭を抱えている。
「新大陸の状況は完全に制御不能です」
「ロシア側も完全に成り行き任せで、うちのバカどもを制御できていません」
はぁ、と深いため息を誰ともなく吐く。
「開拓地の使用権がここまで効くとはな」
「都市部でそれで何もせずに大金持ちになったのが大勢いますからな、競うように取り合っているとのことです」
墾田永年私財法とかいうどう考えても行き詰る制度で自爆した島国がかつてあったが、ルーツを辿ればその元になった制度は中国のはずなのだが、過去から学ばなかったようである。
過去は全部燃やしちゃう国だから仕方ないのだろうが。
「今更取り消すわけにもいかんし、流れに委ねるしかあるまい」
今更、やっぱ使用権の話無しで、なんて言えば新大陸で暴動が発生するのは目に見えている。
それが中国支配地域だけならただの国内問題だが、ロシア地域に出て行った奴らがロシア側で暴れる可能性がある。
そうなれば、ロシアは「中国政府が暴動を扇動し、侵略行為を行った」と言うに決まっていた。
「ロシア側の動きは?」
「今のところ軍に動員の動きは見られませんが、流入した人民の処理に苦慮しているのは明白です。はっきりいって、何がトリガーになるかわかりません。準備はするべきでしょう」
「準備?準備だと!?ロシアと戦争する準備か!?アメリカや欧州の高笑いが聞こえてくるぞ!」
ロシアと中国が戦争になれば、アメリカや欧州、多島海諸国は傍観して眺めるだけだろう。
転移によってサプライチェーンがすでにズタズタなので、世界経済への影響云々も、「もう崩壊してるし」で片付けられてしまう。
つまり、中露で利害が対立はしているものの、開戦すれば双方だけがバカを見る、という最悪の状況である。
「しかもインドはロシア側、インドの抑えのはずのパキスタンはあまり頼りにならない」
「東南アジア諸国だって、表立って敵対はせんだろうが、味方にもなるまい」
東南アジアに中国寄りの国がいくつかあるにはあるが、経済規模でいえば東南アジア内でも下位グループ、つまり軍備もお察しで、いてもいなくても人民解放軍からすれば誤差である。
「とにかく、不測の事態が発生しても対応できるよう全方面で警戒させろ」
結局のところ、処置なしとありきたりの指示でお茶を濁したのだった。
新世界暦1年10月21日 ロシア連邦 モスクワ クレムリン
頭を抱えているのはもちろんこちら側も同じである。
中国人の大量流入を新大陸の境界線で阻止できなかったのは完全な失策である。
とはいえ、新大陸における外国人の土地所有を認めない法律を作ったので、開拓だけさせて取り上げればいい、とか実に鬼畜なことを考えていたが。
「で、流入した人数は?」
「完全には把握しきれていませんが10万人は超えています。流入自体は減る傾向にありますが、国境線全てを警備するというのは・・・」
「不可能か」
ユーラシア大陸の中露国境ですら、何もない場所も多いのである。
長い陸上の線全てに人員を配置する、なんて不可能だし、サウジアラビアやイスラエルがやっているような、壁と監視カメラ、各種センサーと巡回型の警備システムによる監視、なんていうのをやるには時間も金も足りていない。
「流入は中国共産党の指示なのか?」
「各方面から集めた情報では、向こうも頭を抱えているようです。完全に不測の事態ですね」
「中国側が引き戻すような施策をとって、勝手に帰ってくれんかね」
「望み薄ですね。越境した10万を超える中国人です。最大限利用する方法を考えるでしょう」
全員シベリア送りにしてやりましょうか、とFSB長官は冗談を言ったが、今のシベリアは亜熱帯なので、元とは違う意味で過酷である。
永久凍土も溶け出しており、グズグズの泥炭地が広がり、タイガも倒れて各地で道路が寸断されている。
シベリア鉄道も地盤がダメになってしまったので、高架化や地盤改良の工事を急ピッチで進めている状況である。
「まぁ、向こうが利用するのなら、我々も最大限利用しましょう」
結局のところ、両国首脳部の思惑に翻弄されるしかない中国人民が一番の被害者なのだが、本人たちも勝手に越境して、勝手に開拓して、中露間のトラブルの原因を作っているので、あまり同情できなかったりするが。
いずれにせよ、両国は爆弾を抱えて睨み合うことになるのだった。
新世界暦1年10月25日 中華人民共和国 上海
中国経済発展の象徴ともいえる都市である上海だが、転移前と転移後では活気の性質が変わっていた。
今のこの街の活気を支えるのは、新大陸の玄関口、という交通の要衝としての地位である。
新大陸開発のために送り出される物資、人員、そして新大陸から持ち込まれる大量の資源や未知の道具などは、ほとんどがこの街の港湾を通過する。
新大陸から得られた未知の道具や機械、これらは基本的には人民解放軍が優先的に持って行ったが、一部は民間企業に引き渡されており、解析とともに製品化が試みられていた。
とはいえ、基本的にそのまま販売しても売れそうなものは、共産党が押さえてしまって独占して使用していた。
このあたりが何でもかんでも民間に渡してしまうアメリカとの差であった。
まぁ、その「そのまま使えて、販売しても売れそうなもの」は大型の飛行艇と交信の宝玉くらいなのだが。
根本的に、新大陸、というか新大陸のあった世界は、民生技術が遅れているので一般に売れそうなものが少ないのである。
それでも、新世界から流入する農作物や天然資源は、世界の転移によってダメージを受けた中国経済を回復させるには重要な役割を果たしているのだった。
次は・・・水曜日ですかね?




