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第五話 嘘は短く

「……開いてました」


俺は、ドランさんに言ったのと同じ嘘をついた。


「開いてた」


「はい。着いたときには、もう扉が少しだけ開いてて。隙間から、風が来てました」


「それで、中に入ったのか」


「怪我をした人が、先にいて。その人を連れて、上へ戻りたくて」


嘘に、本当のことを混ぜた。


全部が嘘より、崩れにくい気がした。


「怪我をした人というのは、探索者のセナのことか」


「はい」


「扉は、どのくらい開いていた」


「……人が一人、通れるくらいです」


男は、腕を組んだ。


「扉は、自重で閉じるように作ってある。開いたままのはずがない」


「俺には、分かりません。着いたときが、そうだったので」


「ふむ」


沈黙が落ちた。


喉の奥が、からからに乾いていた。


「オルトだ。組合で、昇降路の管理をしている」


「カイです。……荷運びの」


「知っている」


オルトは、それ以上、追及しなかった。


追及されない方が、ずっと怖かった。


「明日の朝、組合へ来い。昇降台の確認に立ち会ってもらう」


「……はい」


「今夜は、休め。顔色が悪い」


それだけ言って、オルトは背を向けた。


人ごみの中へ消えていく背中を、俺は見送ることしかできなかった。




治療所へ戻ったときには、日が完全に落ちていた。


ドランさんは、部屋の隅の椅子で腕を組んだまま、いびきをかいていた。


その向こうのベッドで、セナが目を開けていた。


「……起きてたんですか」


「少し前に」


声は、まだかすれていた。


でも、昼間よりずっとはっきりしている。


「ギルドに、行ってくれたのね」


「はい。報告しました。仲間が下に残ってるかもしれない、って。ちゃんと、記録してもらいました」


「……ありがとう」


セナは、天井を見た。


「あなたに、頼むことじゃなかった」


「頼まれなくても、行きました」


「そう」


少しの沈黙のあと、セナが言った。


「二人。弓を使う子と、盾を持つ子。崩落ではぐれた」


「……」


「生きてるか、分からない」


「俺には、何も言えません」


「いい。聞いてくれれば」


セナは、短く息を吸った。


「私が一人で帰ってきたのは、私が弱いから」


「それは違います」


「違わない」


「違います。セナさんは、あの脚で、立って、剣を構えて、俺を引き上げてくれました」


言ってから、少し恥ずかしくなった。


でも、引っ込めなかった。


セナは、俺を見た。


何も言わなかった。


ただ、ほんの少しだけ、目の力が抜けたように見えた。


「それより、セナさん。報告があります」


俺は、オルトのことを話した。


扉に鍵の記録がなかったこと。嘘をついたこと。明日の朝、立ち会いを求められたこと。


セナは、黙って聞いていた。


聞き終わると、静かに言った。


「嘘は、短く」


「え?」


「長く話すほど、どこかで食い違う。聞かれたことだけ答えて、あとは、知らないで通す」


「……はい」


「それと、嘘が苦手なら、あなたは黙ってる方が向いてる」


「ひどいです」


「事実」


セナの口の端が、小さく上がった。


俺は、膝の上で手を握った。


言うなら、今だ。


「セナさん」


「何」


「俺を、雇ってください」


「……は?」


「荷運びとして。歩けるようになったら、また下へ行くんですよね。仲間を、探しに」


セナは、答えなかった。


それが、答えだった。


「荷物は、俺が持ちます。足場も、見ます。罠が、見えるので」


「……」


「それに、二人分の帰り道は、まだ半分しか終わってません」


「上手いこと言ったつもり?」


「少しだけ」


セナは、ふっと笑った。


それから、真顔になった。


「危ないのよ。今日よりも、ずっと」


「はい」


「私の仲間を探すのに、あなたを巻き込むことになる」


「俺が、決めました」


セナは、しばらく天井を見ていた。


「……給金は、今は出せない」


「後払いでいいです」


「回復して、ギルドの許可が出たらの話」


「はい」


「それと」


セナは、俺の方を向いた。


「あの力は、人前では使わない。それが守れるなら……考えておく」


「ありがとうございます」


「まだ、決めてない」


「はい。待ちます」


セナは、また天井へ視線を戻した。


長い息が、ゆっくりと吐き出される。


その横顔が、さっきより少しだけ、軽く見えた。




翌朝。


荷運び組合の建物は、荷役場のすぐ隣にあった。


ドランさんと一緒に、荷役場の隅にある、昇降台の管理所へ向かった。


石造りの小さな部屋だった。


壁際に、鎖を巻き上げる大きな機械。棚には、分厚い帳面が並んでいる。


奥の窓からは、荷役場の端にある縦穴の口が見えた。


昨日の昇降台は、まだその上端で止まったままだ。


オルトと、組合の男が三人、すでに待っていた。


「来たか」


オルトは、机の上に二冊の帳面を広げていた。


「こっちが、昇降台の運行帳。こっちが、鍵の貸出帳だ」


指で、紙の上を叩く。


「迷宮側の扉の鍵は、この部屋の箱に一本だけ入っている。持ち出せば、貸出帳に名前が残る。昨日は、誰も借りていない。箱も、閉まったままだ」


「……」


「それなのに、昨日の夕方、昇降台が地上へ上がった。運行帳には、上げ下げの記録がない。ドランが、その場で見ている」


「ああ。俺が、見ました」


ドランさんが答えた。


「迷宮側の扉は、鍵を持たない者が開けようとすれば、仕掛けが働くと聞いている」


オルトが、続けた。


「だが、お前たちは、無傷で戻った」


「仕掛けが、働く?」


ドランさんが、眉を寄せた。


「撃たれる、ってことか。じゃあ、カイは」


「撃たれなかった。だから、聞いている」


オルトが、ゆっくりとこちらを向いた。


「カイ。迷宮側の扉を通ったときの状況を、もう一度、話せ」


セナの言葉が、頭の中に浮かんだ。


嘘は、短く。


聞かれたことだけ、答える。


「……着いたときには、もう少し開いてました。人が一人、通れるくらいです」


「それだけか」


「はい。怪我をした人が、先にいたので。俺は、それどころじゃなくて」


オルトは、俺をじっと見つめた。


長い沈黙。


胸の奥の重さは、動かなかった。


動かないことが、かえって怖かった。


やがて、オルトが口を開いた。


「そうか」


それだけ言って、視線を帳面に戻した。


「迷宮側の扉の扱いは、こちらで調べる。お前も、組合の許可なしに、昇降路へは入るな」


「……はい」


人の輪が、ゆるんだ。


帰り道、ドランさんは、前を向いたまま歩いていた。


しばらく、何も言わなかった。


通りを一つ越えたところで、ぽつりと言った。


「俺は、何も聞かねえからな」


「……ドランさん」


「お前が話したくなったら、聞く。それまでは、聞かねえ」


大きな背中が、ゆっくり遠ざかっていく。


俺は、立ち止まったまま、その背中を見ていた。


嘘をつくのは、苦手だ。


でも、この人にだけは、いつか本当のことを話したい。


そう思った。


胸に、手を当てた。


重さは、まだそこにある。


正体も、使い方も、分からない。


でも、もう、前と同じ荷運びの暮らしには、戻れない気がした。


セナの仲間は、まだ下にいるかもしれない。


セナは、まだ答えを出していない。


それなら、俺は俺で、この力のことを知っておかなきゃいけない。


確かめられる場所は、たぶん、一つしかない。


迷宮だ。


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