第193話 戦〈三好元長軍〉08
〈三好元長軍〉
元長も、ただ手を拱いたわけではなかった。
前の戦で兵の多くが足裏を負傷した原因は、河原一帯に撒かれた竹屑や折れ枝、菱の実にあると見抜くと、すぐさま堺へ早馬を走らせた。
「草鞋を集めよ。筵も、あるだけ買い集めるのだ」
足裏を守るため、河原へ筵を敷きながら進軍するしかない。だが、その調達は容易ではなかった。
急ぎで集めたため値は平時の倍近くまで吊り上がり、それでも十分な数は揃わない。馬の購入も思うようには進まず、兵糧までも高値で買い付ける羽目になった。
この頃の堺は、まだ三好家の意のままに動く町ではない。商人たちは相手が誰であろうと利を優先し、急を要する軍ほど高値を吹っかける。
報告を聞いた元長は、苦々しく拳を握った。(やはり堺は押さえねばならぬな……)
阿波を本拠とする三好家が畿内へ勢力を広げる以上、本州への玄関口である堺との関係は避けて通れない。協力関係を築くか、いずれは手中に収めるか。
今回の戦は、その必要性を骨身に染みて教えていた。もっとも、それは戦が終わってから考えるべきことだった。
今は目の前の敵を突破しなければならない。
昨夜の怪異騒ぎで兵の動揺はいまだ収まっていない。
「閻魔大王を見た」「青白い火が動いていた」「地獄へ連れて行かれる」――そんな噂が陣中を巡り、逃亡兵まで出始めていた。
しかし、このまま動かなければ士気はさらに下がる。
元長は兵へ食事を与え、戦功を挙げた者には褒美を取らせると約束し、どうにか千数百ほどの足軽と百騎ほどの騎馬をまとめ上げた。
やがて軍勢は宇治川を渡る。敵の矢は今日も散発的だった。まるで渡河を妨げる気がない。
兵たちは難なく対岸へ上陸していく。
「筵を敷け!」
命令が飛ぶ。先頭の兵が河原へ筵を広げ、その上を後続が進む。
さらに前では別の兵が新しい筵を敷き、歩みを止めることなく道を延ばしていく。
竹屑も、折れ枝も、菱の実も、厚く敷かれた筵の下へ埋もれ、足裏へ届かない。
昨日のような悲鳴は上がらなかった。進軍速度こそ遅いものの、隊列は乱れず、着実に前へ進んでいく。
「効いておるぞ!」
足軽大将たちの表情にも、ようやく安堵の色が戻る。騎馬隊も無事に渡河を終え、敵陣まではもう目前だった。
元長は槍を高く掲げた。兵たちの視線が集まる。
「見よ! もはや足元を恐れる必要はない! 敵の小細工は破った!」
兵たちから歓声が上がる。
「ここからは押し潰すのみだ! 進めぇーーっ!」
鬱憤を晴らすような雄叫びが河原へ響き渡り、三好軍は一斉に前進を始めた。
その時だった。
孫三郎軍の陣から、いくつもの竹筒が放物線を描いて飛んできた。
「何だ?」
兵たちは思わず足を止める。竹筒は地面へ落ちると同時に砕け、中から白い煙が勢いよく噴き出した。
風に乗った煙は瞬く間に広がり、進軍路一帯を徐々に白く覆っていく。
「げほっ!」「ごほ、ごほっ!」
兵たちは次々と咳き込み始めた。煙は鼻と喉を強く刺激し、涙があふれ、目を開けていられない。
「目が……!」「息が……苦しい!」「煙だ! 煙を避けろ!」
隊列はたちまち乱れた。その中で、誰かが恐怖に震えた声を上げる。
「閻魔大王の瘴気だ!」
その叫びは、貴丸へ小言を言うときの声によく似ていたが、それに気づいた者はいなかった。
その一言が、すべてだった。
昨日一晩中聞かされた怪異。青白い炎。白い亡者。読経。法螺貝。そしてあの異臭騒ぎ。あの悪夢が兵たちの脳裏によみがえる。
「吸うな!」「地獄へ連れて行かれるぞ!」「逃げろ!」「後ろへ!」
混乱は一気に広がった。
「違う! 煙だ!」「ただの煙だ!」
足軽大将たちは必死に叫ぶ。
「怯むな! 進め!」
しかし、その声は恐怖に飲み込まれていく。
後方の兵から一人、また一人と隊列を離れ始めると、その流れは止まらなかった。
逃げる者を見れば、自分も逃げたくなる。戦場では、それだけで十分だった。やがて後退は潰走へ変わる。
まだ刀すら交えていない。それなのに三好軍は、自ら崩れ始めていた。
元長は歯を食いしばった。敵は兵を殺そうとしているのではない。
兵の心を折りに来ている。そのことを、嫌というほど思い知らされていた。
その夜もまた、青白い人魂が闇を漂い、読経と法螺貝の音が夜風に乗って響き続けた。
眠れぬ夜は三日続き、朝になるたびに陣から姿を消す兵が増えていく。
元長はついに攻勢を断念した。
「…増援が来るまで陣を固める…」
それが今、取り得る最善だった。
その二日後――。
細川澄元・三好之長の本隊がおよそ一万の兵を率いて宇治へ到着した。
しかし、その頃の元長軍は、連日の戦いと夜ごとの攪乱によって、すでに疲弊しきっていた。
夜陰に紛れて逃亡する兵は後を絶たず、足裏を傷めた兵も満足に歩くことすらできない者が多く、戦列へ戻れる者はごく少数だった。
その結果、実際に戦える兵は二千ほどにまで減っていたのである。
一方、その日の午後になると、孫三郎の陣営の高国方にも各地から援軍が続々と到着した。細川高国をはじめ、六角勢、土岐勢が次々と布陣し、さらに瓦林正頼、一宮三郎、細川尹賢、伊丹国扶ら諸将も軍勢を率いて戦場へ姿を現す。
宇治・木津川の河畔には無数の旗指物が立ち並び、これまで小勢で戦ってきた孫三郎軍の周囲も、いつしか大軍の陣で埋め尽くされていた。
その壮観な光景を目の当たりにした高国方の兵たちは、大いに士気を盛り返す。孫三郎軍もまた、その大軍の一翼として持ち場を固め、迫り来る決戦へ備えていった。
こうして宇治・木津川の戦いは、貴丸と孫三郎が小勢で知略を尽くした戦いから、両軍合わせて二万五千を超える兵が激突する大戦へと、その姿を変えていくのであった。
しかし、当の貴丸は、その場にはいなかった。
三兵衛が八田屋の治兵衛のいる海老根屋へ託した伝言は、ようやく万里小路家へ挨拶に赴いていた元伯と忠家のもとへ届いていたのである。
知らせを受けた元伯は顔色を変えると、京から急いで宇治の孫三郎軍へ一直線に駆けつけた。
そして――。
陣中での再会は、感動とは程遠いものだった。
「この大馬鹿者がぁぁぁ!」
怒声が陣中に響き渡る。
貴丸は頭を下げる暇もなく、猫の子でも捕まえるかのように首根っこを掴まれ、そのまま引きずられていった。
周囲の兵たちは、あれほど敵を翻弄した知略の童が、祖父の前では何一つ抵抗できず連れて行かれる姿を、何とも言えない表情で見送るしかなかった。
元伯は孫三郎をはじめ諸将へ何度も頭を下げ、平身低頭で詫びた。
「このたびは孫が皆様にご厄介をお掛け申した。本来、戦場へ出すべき齢でもございませぬ。すべて老夫の不覚にございます。どうか、お許しくだされ」
孫三郎たちも苦笑しながら見送るしかなく、こうして貴丸の孫三郎軍参戦は、何とも締まらない形で幕を閉じることになった。
……なお、その後。
貴丸だけでなく、戦場へ連れてきた泰能と三兵衛も、元伯からたっぷりと説教を受けたことは、言うまでもない。
貴丸くんの、細川京兆家の家督と幕府管領職を巡る
「両細川の乱」編、これにてお終いDeth。。かな?
ただ、この後も?。。
(あ、Dethはわざとですよ? 念の為)
いかがでしたでしょうか? へへっ。
きっと、こんな戦の物語。。他では誰も書かないはず!!
馬鹿らしすぎてね。。ほほほ。
実際に実現可能かどうかは、問題じゃないんです!
彼の方も言ってます!「書いていいのは、嘲笑われる覚悟がある奴だけだ!」と!
あとは、後日談?が一話ほど。。




